第8話 〝金翅蝶の聖女〟

「……とは、流石に思わないけど……」

 名乗りを上げた当人に聞こえない声量で、マティアスは呟く。

 マティアスよりも小柄で細い体格。男性としては低身長で華奢なマティアスと比べてもそうなのだから、小さ過ぎる少女だ。身の丈など、一四〇cmにも届いていないかもしれない……。

さん……で、いいですね? 初めまして。後ほど改めて挨拶に伺うはずだったんですが――こんなことになったもので!」

「名高き〝聖父アマデウス〟殿に知ってもらえておったとは……恐悦至極じゃな! このような無粋な場じゃ……。事が片付いた後、改めて挨拶させてもらえると助かるのう」

 マティアスに名を呼ばれ、小さき少女はリスを連想させる愛らしい美貌を微笑ませた。

 小さな闖入者に突貫しようとした巨大蜂の一体を、マティアスは割り込んで斬り伏せる。目の前で旋回した〈北兎丸〉にも、ソルアートなる少女は明るい金色の眉をピクリともさせない。……外見に似合わぬ、巨岩の如き胆力を感じさせた。

 眉と同じで髪も瞳も金色、肌は透けるような白磁である彼女のことをマティアスが記憶していたのは、アイシア聖母学院の生徒の中で人類統一王国ワン・フォー・オールの第二王女たるレナにも並ぶ重要人物だと、クアドラから耳にタコが出来そうなほど言い聞かされていたからである。

月虹教カレイド・ムーンと共に、人類統一王国ワン・フォー・オールの二大宗教である『幻陽教ミラージュ・サン』。それの教皇であるスゥ・ビナーの娘……!)

 その立場は、〝聖父アマデウス〟たるマティアスに近いかもしれない。太陽と、〝大預言者メサイヤ〟が人類にもたらしたを神格化した幻陽教ミラージュ・サンにおいて、最高位の聖女として信者たちの精神的支柱になっている少女なのだから。

 金糸のようなロングウェーブヘアと、肩から背中に掛けてを覆うケープを風になびかせて、ソルアートは大講堂の屋根に悠然と立つ。……アイシア聖母学院の白き女子制服に本来ケープなど無かったはずだが……。

(制服の自由な改造を許可されてるのが、アイシア聖母学院の第三の学科の特徴だったよね)

「……援護、お願い出来ますか? 僕も隙が欲しいので」

「〝聖父アマデウス〟殿たっての頼みとあらば、断るなど以っての外じゃ!」

 マティアスの依頼に、呵々と笑ってソルアートが応じる。――その彼女の真後ろから、巨大なる蜂の羽音。死角へと回り込んでいたソーマの奇襲が、幻陽教ミラージュ・サンの聖女へ迫る……が。

「……知っておるかのう? スズメバチの天敵は、オオムラサキというなんじゃぞ――」

『殺人蜂』と称されるほど凶暴なスズメバチを逆に撃退してみせる蝶の名を挙げて――直後、ソルアートの背後の巨大蜂ソーマがに炎上した。

 ケープを取り払ったソルアートの背中は、制服の生地が大胆に取り除かれている。そこから、波打つ金髪を搔き分けてが顕現した。背が極めて低い彼女の肢体を丸々包み込み、それでも余りありそうなその翅は、黄金色に輝く炎にて構成されている。

「〝聖父アマデウス〟殿のご期待に沿おう! 巨大蜂ソーマの天敵たる〝金翅蝶の聖女セインテス・バタフライ〟――その飛翔、刮目して見るのじゃ!!」


 ――『光焔コロナ』と呼ばれる現象がある。


 この世界の生き物には、決して高くない確率で『光焔炉リアクター』という器官を内在して誕生する者が居た。光焔炉リアクターは内部に途轍もない高エネルギーを発生させる性質を持ち、その高エネルギーは、光焔炉リアクターを生まれ持つ者の身体の何処かに存在する『光焔孔ノズル』という通路を介し、外部へと放出することが可能である。

 そうやって放たれる光焔炉リアクターより生じた高エネルギーはの形態を取り、それの熱量は、ソーマであっても再生が追い付かないほどの速度で彼の植物の怪物たちを焼き尽くす。

 それこそが光焔コロナ――〝大預言者メサイヤ〟アマデウスが凍牙クレセントと共にもたらした、人類がソーマへと対抗する為のもう一つの手段……。


 ――その威力は折り紙付きであった。


「妾の光焔コロナを喰らうが良い……! 《叢雲の如くゴルド・クラウド》!!」

 ソルアートの背中の光焔孔ノズルから巨大な蝶の翅の形で噴出された光焔コロナより、通常のサイズの蝶たちが分離する。当然、それらもまたソルアートの光焔コロナにて構築されたものだが――数が多い。数百、否、数千に及ぶ金焔の蝶たちが、まさに叢雲が空に広がるように巨大蜂のソーマ共へと向かっていった。

 警戒し、距離を取ろうとした巨大蜂の群れだが……何体かが逃げ遅れる。その中の一体に、たった一匹の金色の蝶が触れた刹那――


 ――ゴォウゥッッ!!


 ……瞬間的に金色の火柱と化した蜂型ソーマの巨体が、灰も残さずに蒸発した。見た目には幻想的ですらあるソルアートの光焔コロナ……。だが、その威力はマティアスの〈北兎丸〉の斬撃に増しても劣らない。

 危機感を覚えたらしき巨大蜂群が、翅で大気を叩くスピードを上げるが……指先に蝶の一匹を止まらせたソルアートは、焦る様子も無く「ふふん♪」と鼻を鳴らした。

「その程度で最速かのう? ――《雷雨の如くゴルド・テンペスト》!」

 大講堂の上で舞い踊る光焔コロナの蝶の群れが――閃光に変じた。稲妻のようなジグザグの軌跡を描いて飛ぶその蝶たちは、まさしく雷速。あっさりと蜂のソーマたちへ追い付き、その巨躯へ優雅に翅を下ろして……爆炎を花開かせる。

「……ああは言ったけど……これは僕、もう必要無いんじゃないかな……?」

 戦線から一時退いたマティアスは、驚嘆半分、自虐半分でポツリと言った。

 硬く凝縮し、研ぎ澄まされた凍牙クレセントに対し、光焔コロナの強みはこの変幻自在さである。元が形の無い炎であるが故に、光焔コロナは使い手……光焔術士ソラリスの発想次第でどのような戦局にも対応出来る柔軟さがあった。その応用性の高さを活かせば、凍牙マティアスが苦戦した巨大蜂型ソーマの大群とて容易に対処出来るのである。

 ……もっとも――凍牙クレセントに弱点があるように、のだが……。

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