第7話 凍れる牙の弱点

 凍牙クレセントは武器の形をしている。

 必然的に――

 ……それこそが、凍牙クレセントの最大の弱点に他ならない。

 凍牙クレセントが帯びる強大な……時として物理法則すら捻じ曲げるレベルの冷気は、多少の相手であれば、その凍牙クレセントの本来の間合いの外に居ようと凍り付かせる。電気でさえも氷漬けにする極低温は、伊達ではないのだから。

 だが――

 結果……のだ。

「はああああっ……!!」

 気炎を上げて空気中を泳いだマティアスが、最も近くを飛ぶ巨大蜂型ソーマへ〈北兎丸〉を一閃。胸と腹の境目で両断されたその個体は、瞬間的に蒼白く凍り付く。

 ――その巨大蜂の氷像を蹴り砕くと同時、蹴撃の反動を利用してマティアスは宙を翔けた。

「っっちぇいっっ……!!」

〈北兎丸〉が轟かせた斬撃音は一つや二つではない。さらに一体の植物の巨大蜂が氷結・粉砕され、続けてもう一体、同様の姿のソーマが変わらぬ末路を辿る。……またも続けてもう一体……もう一体、もう一体、もう一体、もう一体もう一体もう一体もう一体もう一体……!

 ……が――

「…………っっ!? また、増えた……!!」

 ――残り二体というところで、マティアスを嘲笑うかのように蜂型ソーマはその巨躯を縦に割り開いた。再び溢れ出た無数の種子が同等の巨大蜂へと成長したのは、まばたきの間。……一体から増殖した先刻より、単純計算で倍の数の群れ……。

 ――それらが、宙を漂う〝聖父アマデウス〟へ一斉に躍り掛かった。

「……舐めないでほしいねっ!」

 打刀の凍牙クレセントが虚空を薙げば、そこの部分の大気が凍て付き、硬化する。それを蹴り付け、マティアスは空中を疾駆した。……再度、緑の巨大蜂の一体を斬り付け、凍結したそれを足場にまたも跳躍。次の巨大蜂のソーマを迎撃……という構図を繰り返すが――

「――ああぁぁああああああっっ!? また、間に合わなかった……!!」

 ……マティアスが全個体を倒し切る直前で、巨大蜂型のソーマは三度増殖した。〝聖父アマデウス〟の奮戦が、二回目の無駄となる……。

 一旦、大講堂の屋根へと舞い戻り、銀髪猫っ毛の少年はその髪をガリガリと搔いた。

「ああっ、もぅ……埒が明かない……!」

 ……これこそ、凍牙クレセントを振るう戦士……凍牙騎士クルセイダーの不便なところである。今回の巨大蜂群のように、多数のソーマを単独で相手取らなければならない時、手数が足りなくなり易いのだ。敵個体を全て倒し切る前に相手に増殖を繰り返されて……じり貧になるケースが多い。

(……もちろん、こういう場面での対処法も、クアドラから教えられてるけど……)

 ……一番有効な対策である『味方の増援』は、今回何処まで期待して良いのか、マティアスには解らなかった。

 ――アイシア聖母学院には、三つの学科がある。

 先にクアドラが名を挙げていた『教養科』は……純粋に淑女教育のみを行う学科なので、今は関係無い。

聖父アマデウス〟の伴侶=〝救裁者メギド〟の母は、必然的にソーマとの激突を避けられない運命となる。〝聖父アマデウス〟と共にソーマとの戦線に立つこともあるだろうし、幼き〝救裁者メギド〟が真の力に覚醒するまで、その身を守らねばならないのだから。

 であるからして、〝聖父アマデウス〟の妻となる女性には高い対ソーマ戦力も求められるのだ。

 結論を言おう。アイシア聖母学院の二つ目の学科は『騎士科』……だ。大講堂に集まっていた女生徒たちの三分の一以上は、マティアスやクアドラと同じく凍牙クレセントを扱える。……即ち、今の苦戦するマティアスを救援する戦力、厄介な巨大蜂型ソーマに対する援軍になり得るのだ。

(……そう、素直に考えられたなら楽なんだけど……)

 植物の巨大蜂の三度目の殲滅失敗、四度目の増殖を体験しながら、マティアスは苦悩する。

 ……〝聖父アマデウス〟であるマティアスとその側近であるクアドラが例外なだけで、本日の式に、アイシア聖母学院の生徒たちは誰も凍牙クレセントを帯びていなかったのだ。

(そりゃあ、ね……〝聖父アマデウス〟の婚約者を育てる学校の生徒たちが、その〝聖父ぼく〟を武装して出迎えるなんて、不穏過ぎるもの!)

 ただ、それ故に……今の事態に騎士科の生徒たちは即戦力足り得ないわけである。彼女たちが一度大講堂を出、自分たちの凍牙クレセントを手に戻ってくるまでには、相応の時間が掛かるだろう。

(……それよりも、非戦闘員の避難を終えたクアドラが助っ人に来てくれる方が早いと思う)

 なので、マティアスは申し訳なく思いつつも、騎士科の少女たちには期待をしない。現状で彼がすべきは、クアドラが来てくれるまでの間、ソーマが余所に移動して被害を広げぬよう、引き付けること。

 ……或いは、の生徒から支援があるのならば――


「待たせたのう、〝聖父アマデウス〟殿! 妾が来た……のじゃ!!」


 ――大講堂の屋根の上に、唐突に響いた少々舌足らずな声に、マティアスは目を白黒させる。

(…………。――誰っ!?)

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