第15話 マティアスのイカサマ
「今度は……今度こそ、妾が命令してやるのじゃ……!」
〝
(……ソルアートさんには残念だけど、今度の〝
――カードがまだテーブルの上で裏返しの状態で、マティアスはそう看破する。……ニーテが、ここまでに最も多く〝
(イカサマをやってるのは、むしろ僕だしね)
〝
(別に、ズルをしてまでゲームに勝ちたいわけじゃない。ただ……勝ち過ぎない、そして負け過ぎないことも〝
マティアス自身、面倒に思わなくもないが……こういった何気ないゲームであっても、負けが過ぎれば〝
今使っているのも、そんな技法の一つである。……本来は〝
ここまでの何回かに亘る〝
(ソルアートさんやニーテさんのホリーさんへの反応を見ても、やっぱりそれだと勝ちが過剰だったと思うし。調整しておいて良かった……)
流石に、本物の〝
(……何というか、そんなネタっぽい展開は要らない!)
やはり、このゲームには色々と思うところがある〝
そんなこんなしている内に、少女たちは自分の札を確認し始めた。マティアスも、自分は5のカードだと解ってはいるものの、実際に札を手に取って我が目で確かめる。
(うん、5。僕の手腕に曇り無し)
「……あ。えぇと、今度はわたしが〝
「「「――胸を揉む!?」」」
「肩! 肩だから!!」
……何故かラーンの命令を聞き間違えたソルアート、ニーテ、ホリーが、目をカッと開いた。特にニーテの眼光が……尋常ではない……。
(……ここで自分が5番だと名乗り出るのは、何か凄く嫌だけど……)
「……5番は僕ですね。それではラーンさん……その……失礼します」
「あの、えぇと……は、はい、マティアス様。お願いしますねっ」
立ち上がり、ラーンの後ろへと回り込んだマティアスは、ラーンの両肩へ己の両手を添える。ラーンが小さく「んっ」と言って、身体を震わせた。
――その動作に、赤髪ポニーテールの一七歳の少女の胸部で、年齢にそぐわない膨らみが波を打つ。
「「「「…………」」」」
……他四名の少女の眼差しが、その一点に集中していた……。
(……や、やり難い……)
そう感じつつも投げ出すわけにもいかず、マティアスはラーンの肩を揉み始めた。彼の指が彼女の肩の肉へ、僅かに喰い込む。
「どうですか、ラーンさん?」
「……んっ……ぁ……ぅんっ……もう少し強くても大丈夫、ですっ……はっ……」
「…………りょ、了解です……」
ラーンが吐き出す息が何やら色っぽくて、マティアスは何だかいたたまれなくなってきた。思わず、指に籠める力が一際強くなってしまう――
「――んぁうんっ……!」
「あ――も、申し訳ありません、ラーンさんっ。……痛かった、ですか?」
「……はっ……んっ……へ、平気です。だ、大丈夫ですから、もっとマティアス様の思うように……して、下さい……ぁ……」
頬が上気してきたラーンの健気な返答に、マティアスは殊更慎重に己が
それに、ソルアートがこちらも頬を赤らめながら呟いた。
「……これ、肩揉んどるだけじゃよな?」
兎夜に至っては、耳や首筋まで真っ赤になっている。自身の熱を確認する風に、頬へ両手を当てて目を伏せていた。
「な、何だか、大変イケナイものを見ている気分です……」
ホリーは、真剣な表情で何かを検討していた。
「……この声、録音して販売したら結構売れるかも……?」
そして、ニーテの光を一切反射しない双眸は、赤毛の姉の胸元に釘付けになっている――
「……んっ……んんっ……あっ……はぁっ……」
マティアスの肩揉みに合わせ、ラーンの口からは艶めいた吐息が零れ落ち……彼女の肢体はピクン、ピクンッと揺れる。その揺れに連動し、ラーンの鎖骨の下で豊かに実った二つの果実が、瑞々しくも妖艶な舞踏を繰り広げていた。
「うぅん……? ラーンさん、かなり凝っていますね。もしかして、肩が凝り易い体質ですか?」
「えぇと、は、はいっ。んっ、その……お、重くて……」
「……あ。も、申し訳ありません、変なことを訊いてしまって……」
「お、お構いなく……」
ラーンの『何』が重くて肩に負担が掛かっているのか、マティアスも思い至ってしまった。
(失敗した……。もう、完全にセクハラじゃないかっ)
頭から湯気を上げそうなラーンの様相に、マティアスは自分で自分を殴りたくなる。
ところで――そんな二人をじっと見ているニーテには、肩に負担が掛かりそうな胸の重みは一切合財見受けられない……。
「……同じ遺伝子を受け継いでいるはずなのに、私と姉さんのこの違いは、何故……?」
「? ニーテお姉ちゃ――ひぃっ!?」
「ニ、ニーテ様のお顔が……!?」
「ニニニニーテ殿、落ち着け! 落ち着くのじゃ!!」
「………………」
ホリー、兎夜、ソルアートたちの怯えた声を聞きながら、マティアスはニーテの方へと目を向けることが出来ないのであった……。
「――それでは、配りますね」
ラーンへの肩揉みを終えたマティアスは、慣れた手付きでトランプのカードを混ぜ、それを自分を含めた皆へと配っていく。
(……これくらいのことなら、いいよね?)
実は、彼はまた別のイカサマを行っていた。Kのカードを兎夜へ配る。裏返しにしていても全ての札が何なのか把握している、マティアスだからこそ出来る芸当だ。
そうした理由は他でもない。ここまで行われてきた〝
「〝
ホリーの掛け声の後、おずおずと手を上げて
命令を告げず、黙り込む……。
(……しまったな。迷惑だった……?)
一向に命令を口に出さない兎夜に、マティアスは内心でばつが悪くなる。自分がしたことはただのエゴで、兎夜にとっては大きなお節介だったかもしれない……。そんな思考が彼の脳裏に浮かんだ。
場が変な空気に包まれる――寸前で、ソルアートが口を開く。
「別に何でもええんじゃよ――って、待った、今のは無しじゃ! 接吻じゃとか、それ以上のことじゃとか、そういうのは不健全じゃし!!」
「えー? そんなこと言わないでよソルアートちゃん! あたしと……不健全なこと、しよ?」
「に・じ・り・寄・っ・て・く・る・で・な・い・!!」
漫才の如きソルアートとホリーのやり取りに、他の皆が――兎夜も含めて噴き出した。各々の笑い声が唱和し合う中で、兎夜は、意を決した様子で声を奏でる。
「楽しい……ですね。私、〝
「まあ……他の生徒たちは、自分たちの授業中に
ニーテが肩をすくめながら言う。ニーテと兎夜は同じ第四学年であるし、雰囲気もそこはかとなく近いので、話し易いのかもしれない。
そんな藍色髪の少女に微笑んだ後、兎夜は緊張した面持ちで命令を口にした――
「差し出がましいお願いですが……私、もっと皆様と仲良くなりたいです。ですから、それの第一歩として――この〝
「――良いのではないかの? 妾は賛成じゃ」
真っ先に了承を口にしたのがソルアートだったことに、マティアスは心中で舌を巻く。兎夜の提案は、この場の誰もが〝
(……何だか、ソルアートさんには敵う気がしないなぁ……)
「――僕も賛成します。いや、賛成するよ。これでいいかな、兎夜さん?」
「えぇと、じゃあ、わたしも。……兎夜ちゃん」
「……私は、口調については染み付いていますので……そこは勘弁して頂けるとありがたいのですが。ただ、名前の呼び方は善処します。……と、兎夜っ」
「あたしは最初から大賛成~! ソルアートちゃん、あたしもソルアートちゃんのこと、呼び捨てにしていいっ?」
「ニーテ殿には許そう――じゃが、ホリーお主は駄目じゃっっ!!」
マティアス、ラーン、ニーテと続いて、ホリーとソルアートがオチを付ける。そんな流れにクスクスと笑って……兎夜は口にした。
「ラーンさん、ニーテさん、ホリーさん、ソルアートさん、マティアス……さんっ。今日からクラスメイトとして、よろしくお願いね」
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