第15話 マティアスのイカサマ

「今度は……今度こそ、妾が命令してやるのじゃ……!」

聖父アマデウス〟様から命令を受けた者(複数居た場合は番号が最も大きい者)が次の手番でカードを配る役を担う。ソルアートは意気込みながら六枚の札を配ったが――

(……ソルアートさんには残念だけど、今度の〝聖父アマデウス〟様はラーンさんか。僕の番号は5、と)

 ――カードがまだテーブルの上で裏返しの状態で、マティアスはそう看破する。……ニーテが、ここまでに最も多く〝聖父アマデウス〟様になっているホリーのイカサマを疑っていたが、彼女のそれは完全に強運の賜物だとマティアスは推測していた。

(イカサマをやってるのは、だしね)

聖母マグダレナ〟候補の少女たちは、誰も気付いていない模様だが……マティアスはトランプの札のそれぞれに、異なる印をこっそりと付けていた。パッと見ただけでは当然、詳細に観察しても簡単には見破られないと自負している目印である。それを利用して、彼は今の段階で既に誰が〝聖父アマデウス〟様で、他の皆もどの番号なのかを知り尽くしていた。

(別に、ズルをしてまでゲームに勝ちたいわけじゃない。ただ……勝ち過ぎない、そして負け過ぎないことも〝聖父アマデウス〟としては大事だから。……はぁ……)

 マティアス自身、面倒に思わなくもないが……こういった何気ないゲームであっても、負けが過ぎれば〝聖父アマデウス〟の神秘性が薄れるし、逆に勝ち過ぎれば変な反感を買ってしまうのだ。些細な一幕であっても、勝敗のバランスを調整することはマティアスの立場としては必須なのである。その為に、彼はクアドラからありとあらゆるゲームのイカサマの技法を叩き込まれていた。

 今使っているのも、そんな技法の一つである。……本来は〝聖父アマデウス〟様ゲームなどではなく、ポーカーやブラックジャックなどのトランプゲームの為のテクニックなのだが。

 ここまでの何回かに亘る〝聖父アマデウス〟様ゲームの中で、マティアスも五回ほどキングのカードを引き当てていたのだが……内二回は、札の確認が行われる前に両隣に座るラーンやニーテと札を入れ替えていた。他五名の隙と死角を突き、早業で。これまでに〝聖父アマデウス〟様になったのはホリーが最多だが、何もしなければマティアスもそれに並んでいたのである。

(ソルアートさんやニーテさんのホリーさんへの反応を見ても、やっぱりそれだと勝ちが過剰だったと思うし。調整しておいて良かった……)

 流石に、本物の〝聖父アマデウス〟のマティアスが〝聖父アマデウス〟様ゲームで最多勝利者になったところで、〝聖母マグダレナ〟候補の少女たちが不満を言い出すはずも無いだろうが……。

(……何というか、そんなネタっぽい展開は要らない!)

 やはり、このゲームには色々と思うところがある〝聖父マティアス〟なのである。

 そんなこんなしている内に、少女たちは自分の札を確認し始めた。マティアスも、自分は5のカードだと解ってはいるものの、実際に札を手に取って我が目で確かめる。

(うん、5。僕の手腕に曇り無し)

「……あ。えぇと、今度はわたしが〝聖父アマデウス〟様ね。じゃあ……5番の人は〝聖父アマデウス〟様の肩を揉む、で」

「「「――を揉む!?」」」

「肩! 肩だから!!」

 ……何故かラーンの命令を聞き間違えたソルアート、ニーテ、ホリーが、目をカッと開いた。特にニーテの眼光が……尋常ではない……。

(……ここで自分が5番だと名乗り出るのは、何か凄く嫌だけど……)

「……5番は僕ですね。それではラーンさん……その……失礼します」

「あの、えぇと……は、はい、マティアス様。お願いしますねっ」

 立ち上がり、ラーンの後ろへと回り込んだマティアスは、ラーンの両肩へ己の両手を添える。ラーンが小さく「んっ」と言って、身体を震わせた。

 ――その動作に、赤髪ポニーテールの一七歳の少女の胸部で、年齢にそぐわない膨らみが波を打つ。

「「「「…………」」」」

 ……他四名の少女の眼差しが、その一点に集中していた……。

(……や、やり難い……)

 そう感じつつも投げ出すわけにもいかず、マティアスはラーンの肩を揉み始めた。彼の指が彼女の肩の肉へ、僅かに喰い込む。

「どうですか、ラーンさん?」

「……んっ……ぁ……ぅんっ……もう少し強くても大丈夫、ですっ……はっ……」

「…………りょ、了解です……」

 ラーンが吐き出す息が何やら色っぽくて、マティアスは何だかいたたまれなくなってきた。思わず、指に籠める力が一際強くなってしまう――

「――んぁうんっ……!」

「あ――も、申し訳ありません、ラーンさんっ。……痛かった、ですか?」

「……はっ……んっ……へ、平気です。だ、大丈夫ですから、もっとマティアス様の思うように……して、下さい……ぁ……」

 頬が上気してきたラーンの健気な返答に、マティアスは殊更慎重に己が分身ゆびを動かしていく……。

 それに、ソルアートがこちらも頬を赤らめながら呟いた。

「……これ、肩揉んどるだけじゃよな?」

 兎夜に至っては、耳や首筋まで真っ赤になっている。自身の熱を確認する風に、頬へ両手を当てて目を伏せていた。

「な、何だか、大変イケナイものを見ている気分です……」

 ホリーは、真剣な表情で何かを検討していた。

「……この声、録音して販売したら結構売れるかも……?」

 そして、ニーテの光を一切反射しない双眸は、赤毛の姉の胸元に釘付けになっている――

「……んっ……んんっ……あっ……はぁっ……」

 マティアスの肩揉みに合わせ、ラーンの口からは艶めいた吐息が零れ落ち……彼女の肢体はピクン、ピクンッと揺れる。その揺れに連動し、ラーンの鎖骨の下で豊かに実った二つの果実が、瑞々しくも妖艶な舞踏を繰り広げていた。

「うぅん……? ラーンさん、かなり凝っていますね。もしかして、肩が凝り易い体質ですか?」

「えぇと、は、はいっ。んっ、その……お、……」

「……あ。も、申し訳ありません、変なことを訊いてしまって……」

「お、お構いなく……」

 ラーンの『何』が重くて肩に負担が掛かっているのか、マティアスも思い至ってしまった。

(失敗した……。もう、完全にセクハラじゃないかっ)

 頭から湯気を上げそうなラーンの様相に、マティアスは自分で自分を殴りたくなる。

 ところで――そんな二人をじっと見ているニーテには、肩に負担が掛かりそうな胸の重みは一切合財見受けられない……。

「……同じ遺伝子を受け継いでいるはずなのに、私と姉さんのこの違いは、何故……?」

「? ニーテお姉ちゃ――ひぃっ!?」

「ニ、ニーテ様のお顔が……!?」

「ニニニニーテ殿、落ち着け! 落ち着くのじゃ!!」

「………………」

 ホリー、兎夜、ソルアートたちの怯えた声を聞きながら、マティアスはニーテの方へと目を向けることが出来ないのであった……。


「――それでは、配りますね」

 ラーンへの肩揉みを終えたマティアスは、慣れた手付きでトランプのカードを混ぜ、それを自分を含めた皆へと配っていく。

(……これくらいのことなら、いいよね?)

 実は、彼はまた別のイカサマを行っていた。。裏返しにしていても全ての札が何なのか把握している、マティアスだからこそ出来る芸当だ。

 そうした理由は他でもない。ここまで行われてきた〝聖父アマデウス〟様ゲームで、兎夜だけが未だに〝聖父アマデウス〟様になったことが無かったのだ。命令されるばかりだった彼女にも、一度くらいは花を持たせてあげたいとマティアスが思ったのである。

「〝聖父アマデウス〟様だ~れだっ!? ――あ! 初めて兎夜お姉ちゃんだねっ」

 ホリーの掛け声の後、おずおずと手を上げてキングのカードを見せた兎夜に、皆の視線が集束する。それに……黒髪黒瞳の〝聖母マグダレナ〟候補は目線をテーブルへと落とした。

 命令を告げず、黙り込む……。

(……しまったな。迷惑だった……?)

 一向に命令を口に出さない兎夜に、マティアスは内心でばつが悪くなる。自分がしたことはただのエゴで、兎夜にとっては大きなお節介だったかもしれない……。そんな思考が彼の脳裏に浮かんだ。

 場が変な空気に包まれる――寸前で、ソルアートが口を開く。

「別に何でもええんじゃよ――って、待った、今のは無しじゃ! 接吻じゃとか、それ以上のことじゃとか、そういうのは不健全じゃし!!」

「えー? そんなこと言わないでよソルアートちゃん! あたしと……不健全なこと、しよ?」

「に・じ・り・寄・っ・て・く・る・で・な・い・!!」

 漫才の如きソルアートとホリーのやり取りに、他の皆が――兎夜も含めて噴き出した。各々の笑い声が唱和し合う中で、兎夜は、意を決した様子で声を奏でる。

「楽しい……ですね。私、〝聖母こんな〟クラスですから、もっとギスギスしてしまうんじゃないかって、想像していました……」

「まあ……他の生徒たちは、自分たちの授業中に〝聖父〟様こんなゲームをしているなんて、想像もしていないと思いますよ」

 ニーテが肩をすくめながら言う。ニーテと兎夜は同じ第四学年であるし、雰囲気もそこはかとなく近いので、話し易いのかもしれない。

 そんな藍色髪の少女に微笑んだ後、兎夜は緊張した面持ちで命令を口にした――

「差し出がましいお願いですが……私、もっと皆様と仲良くなりたいです。ですから、それの第一歩として――この〝聖母マグダレナ〟クラスの中では、敬語を無しにしませんか? ……あ、だ、駄目でしょうか? 〝聖父アマデウス〟様ゲームが終わってからも続く命令なんて……」

「――良いのではないかの? 妾は賛成じゃ」

 真っ先に了承を口にしたのがソルアートだったことに、マティアスは心中で舌を巻く。兎夜の提案は、この場の誰もが〝聖父アマデウス〟たるマティアスに敬語を使わなくても良くなり、マティアスの側も敬語を使えなくなるということだ。ソルアートが巨大蜂型のソーマとの激闘を経て手に入れた、〝聖母マグダレナ〟の座争奪レースのリードが一気に失われるということである。それなのに……彼女は他の皆に気が付かれぬように、マティアスに向かってウインクしてみせたのだ。

(……何だか、ソルアートさんには敵う気がしないなぁ……)

「――僕も賛成します。いや、賛成するよ。これでいいかな、兎夜さん?」

「えぇと、じゃあ、わたしも。……兎夜ちゃん」

「……私は、口調については染み付いていますので……そこは勘弁して頂けるとありがたいのですが。ただ、名前の呼び方は善処します。……と、兎夜っ」

「あたしは最初から大賛成~! ソルアートちゃん、あたしもソルアートちゃんのこと、呼び捨てにしていいっ?」

「ニーテ殿には許そう――じゃが、ホリーお主は駄目じゃっっ!!」

 マティアス、ラーン、ニーテと続いて、ホリーとソルアートがオチを付ける。そんな流れにクスクスと笑って……兎夜は口にした。

「ラーンさん、ニーテさん、ホリーさん、ソルアートさん、マティアス……さんっ。今日からクラスメイトとして、よろしくお願いね」

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