それでも恋せよアマデウス~救世主の父親と預言された少年は、自分の婚約者を育成する学校に通い……だけれど本当に好きな人には振り向いてもらえない

天羽伊吹清

第1話 失恋と、花の竜

 ――僕にとって、間違いなく一世一代の告白だった。

『僕は……貴方のことが、好きです! 愛している! 僕の伴侶になって、ずっと……ずっと一緒に……生きて下さい!!』

 ……それに対し、彼女は……紫水晶アメジストを思わせる瞳を少し困った風に揺れさせて、こう、返したんだ――


『――申し訳ありません。わたくしはあなたの気持ちに、応えるわけには参りません』


『……っっっっ……!! ……な……何で……!?』

 食い下がる僕に、彼女は本当に申し訳なさそうに、こう語ったんだよね……。

『わたくしは下賤の身です。あなたと釣り合うような女ではありません。……何より、この身に流れる穢らわしき血を、あなたの子へと与えるわけには絶対にいかないのです。わたくしのような者へ、あなたが想いを寄せてくれたこと……本当に、本当に嬉しく思います。ですが、あなたには、わたくしなどよりも相応しい女性がきっと居られます。いずれ、その方と出逢えます。ですから……わたくしなどへの気持ちは、忘れて下さい。そして、いつか出逢う本当に相応しい女性と、一緒になって下さい。それが……わたくしの心からの願いです』

 ……納得なんて、出来るはずがなかった。

 僕は、今まで生きてきた一五年の人生で得た言葉を尽くして、尽くして、彼女に訴えたよ。僕に相応しい女性が居るとしたら、貴方以上にそうである女性なんて居ないって。何より、僕が知る限り最も気高く、一番清廉で、何よりも綺麗な彼女が……下賤の身なんて、穢らわしき血の持ち主だなんて、あり得ないって!

 ……だけど、僕のどんな言葉を以ってしても、彼女の首を縦に振らせることは出来なかったんだ……。彼女に、僕の告白を受け入れてもらうことは、出来なかったんだ……!!


 ――そうして、僕の生まれて初めての、同時に人生最後にしたかった恋は、無惨にも砕けて散ってしまったんだ……。


    ♣    ♣    ♣


 前も、後ろも、右も左も、地平線に到るまで真っ白な粒子に埋め尽くされていた。時折吹く風がその粒を舞い上げて……塩の、匂い。

 砂ではなく塩で満たされた異形の砂漠の上を、一隻の船がひた走る。広げた幾枚もの帆に風を浴び、塩の粒子の中へと沈んだ船底後部には推進器も見られるだろうフリゲート。その甲板は今――阿鼻叫喚に包まれていた。

「乗客は残らず船内へ入れろ! 急げ、一分一秒でも早くだ!!」

「こちらだ、急いでくれ! 接触するまでもう時間が無いんだよ!!」

「子供が、子供が居ないの!! さっき、船首の方を見に行くって……! ああ、〝大予言者メサイヤ〟様……!!」

「パパぁー!? ……っ、ぅええええっっ……!! パパが居ないよぉー!!」

 揃いの制服を纏った船員たちが乗船客たちを誘導しようとするが、子とはぐれた母が蒼白な顔色でさ迷い、親とはぐれた子がこの世の終わりのように泣き叫ぶ。一向に進まない誘導に、船員の一人が焦れた様子で怒鳴った。

「護衛の『光焔術士ソラリス』と『凍牙騎士クルセイダー』はどうなってる!? 乗ってるんだろ!?」

「ああ……前の港で乗せた若い女と、まだガキのが! ただ、何処で油売ってやがるのか……」

「この期に及んで逃げたんじゃねえだろうなぁ!?」

「――ああぁぁああああっっ!? 来るぞぉおおおおおおおおっっっっ!!」

 船員たちの吐き捨てるような会話を遮って――激音。船が真っ二つに折れるかと思えるほどの衝撃が襲い掛かってきた。……幸いにも、塩の砂漠の上を走るこの『砂走船サンド・ランナー』は、それに耐えられるだけの強度と安定性を有していたが……その事実は、彼の船に乗る誰にも安心感をもたらしてはくれなかったのである。

 ……何せ――

「…………ぅ……ぁ………………っぎゃああああああああああああああああああっっっっ!?」

「ヤバい!! まずいまずいまずい! 取り付かれたぞ!!」

「……デ、デカ……! ば、化物ぉ……!!」

 ――船の後部甲板に爪を立て、緑色の竜が取り付いていたのである。前肢と一体化した翼を広げれば、このフリゲートすら傾きそうなサイズ。蛇の如く長く伸びた首の先の頭部が、どの帆柱よりも高い位置から甲板上の人間たちを睥睨した。

 ……否。『睥睨』という表現は間違いである。その竜の頭部に。厳密には、あるのは――

 ――鮮やかなオレンジ色の花弁と。

 ――それを支えるがくと。

 ――花弁の中央から伸びる黄色の雄しべと雌しべ……。

 ……良く見れば、今は畳まれている翼には葉脈が浮かび、後部甲板に爪を刺している足は、むしろ根と表現した方が正しく見えた……。


 ――『竜』ではない。


『それ』は、竜の形をした――『植物』であった。


「――『ソーマ』だ! ソーマが来たぞぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「駄目だ! あの規模のソーマ……対抗、出来る……わけがねえ……」

「お母さぁぁああああああああああああんっっ!! うわぁぁああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~!!」

 眩い太陽の光の下、緑の巨躯をますます萌えさせる花の竜に、砂走船サンド・ランナー上の人々は絶望の悲鳴を唱和させるしかなかった……。


 人類が塩で構成された砂漠地帯・『神砂海ニルヴァーナ』へ生存圏を移して幾星霜。

 かつてはこの惑星せかいのありとあらゆる場所で覇を唱えた万物の霊長が、その面影を失ったのは何故か?

 その原因こそが、動物のように自立して動き、魔法のような超常的な力を振るう……人間に匹敵する知性を有した個体さえも存在する植物の怪物・ソーマに他ならない。

 いつ、いずこより現れたのかは……今となってはもう、解らなかった。ただ、一つだけ確かなのは、植物特有の爆発的な繁殖力で一気に数を増大させたソーマたちが、遥か過去に世界のほとんど全ての場所を蹂躙し、席巻し、制圧していったこと……。

 ……ソーマ以外の生物が生きていける場所は、最早神砂海ニルヴァーナの他には何処にも無いのである……。

 けれど……植物の多くが苦手とする塩で成り立ち、同じく苦手とする乾燥を内包する砂漠でもある神砂海ニルヴァーナも、完全にソーマの侵入を防げるわけではない。

 昼は灼熱地獄、夜は極寒地獄と化す神砂海ニルヴァーナにさえも、植物故の優れた環境適応能力で侵入を果たせるようになったソーマが、少数ながら断続的に姿を現すのだ。

 その頻度は、年々増加傾向にある……。

 ……真綿で首を絞められるように、人類の滅亡のカウントダウンは刻一刻と進んでいるのであった……。

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