第20話 一番の、冴えたやり方

「例えばの話ですが、マティアスがホリー様かラーン様、ニーテ様を伴侶に選んだとします。……そのことを、ダルタニアン王家はどう思うでしょうか?」

「……面白くは感じないだろうね」

 眉間に皺を刻みつつ、マティアスは想像する。

(アーノルド公爵家もアンシャリア侯爵家も、ミラード辺境伯家も、本来はダルタニアン王家の臣下だ。……臣下の家が主君の家を差し置いて〝聖父アマデウス〟と縁戚関係になったら……主君の顔を潰すことになるよね……)

 流石に、表向き何かがあることは無いだろうが……人類統一王国ワン・フォー・オールの上層部は、色々と緊迫感に満ちることになるはずだ。

 ……アーノルド公爵家もアンシャリア侯爵家も、ミラード辺境伯家だってその辺りが解らぬはずは無いだろうが――それを踏まえてでも、〝聖父アマデウス〟と婚姻を結ぶのは魅力の方が大きいのであろう。

 とはいえ……マティアス、そしてクアドラの立場からすれば、そんなことで人類統一王国ワン・フォー・オールが一枚岩でなくなるのは笑えない……。

「要するに……そういった不穏な事態を最小限に抑えて、万事を納まるところへ納められるのが、レナ王女殿下やソルアートさんを〝聖母マグダレナ〟に選んだ場合なの?」

「理解してもらえて何よりです」

「……納得はしてないよ」

 我が意を得たりという態度のクアドラを、マティアスは軽く睨む。

 現在の人類統一王国ワン・フォー・オールで、最も大きい力を有している組織が何処かと言えば、二大宗教である幻陽教ミラージュ・サン月虹教カレイド・ムーン、そして、ある意味人類統一王国ワン・フォー・オールそのものと言えるダルタニアン王家だ。……素直に考えて、その三つのどれかが推す少女をマティアスが〝聖母マグダレナ〟とすることこそ、事態を一番収め易いのは明白である。

聖父アマデウス〟の存在が絡んで人類統一王国ワン・フォー・オール内のパワーバランスが崩れることこそ、最大の問題なのだから。……元から最も大きな力を持っている組織がさらに力を得たところで、バランスはそこまで大きくは崩れない……。

 そして、現状月虹教カレイド・ムーンはどの〝聖母マグダレナ〟候補も後援しておらず、中立である為、幻陽教ミラージュ・サンが後援するソルアートかダルタニアン王家が後援するレナの二択となるわけだ。

「……クアドラがレナ王女殿下とソルアートさんを推す理由は解ったけど……じゃあさ、何で兎夜さんだけそこまで低評価なの? ここまでの話だと、レナ王女殿下とソルアートさん以外の候補者は皆どんぐりの背比べじゃない?」

「……兎夜嬢だけが完全な平民で、支援する人も組織も実質上皆無というのが一番の問題なのです」

 クアドラは、マティアスの考えに頭を振って訂正を述べた。

「今、後援者が皆無ということは、逆を言えば兎夜嬢が〝聖母マグダレナ〟になることが確実になった場合、その段階で誰でも、どの組織でも彼女の後援者に手を上げられるということです。……甘い汁を吸う為に、人も組織も殺到しますよ? それらを無作為に、或いはことごとく後援者にしていては……人類統一王国ワン・フォー・オール内のパワーバランスは無茶苦茶になってしまいます」

「……あぁー……」

 マティアスも、やっとクアドラの懸念が理解出来た。

(王族や貴族、或いは聖女である他の〝聖母マグダレナ〟候補者たちには、既に後援者が居る。だから、それらの人や組織が睨みを利かせる分、〝聖母マグダレナ〟になるのが確実になっても、新たな後援者の増加は最小限に留められるんだ。そのおかげで、人類統一王国ワン・フォー・オール内のパワーバランスの変動も読み易い。事前にそれによる混乱への対応を準備しておくことも、充分に可能になるんだ……)

 ――が、兎夜が〝聖母マグダレナ〟になる展開だとそれが読み難い。混乱は、他の候補が〝聖母マグダレナ〟選ばれた場合よりも大きくなるだろう……。

「……もちろん、たとえそのような事態に陥っても、混乱を早期に収める為に各方面が全力を尽くすでしょう。わたくしだって奔走します。ですが……マティアスの、〝聖父アマデウス〟の本分は、あくまでも『人類の救済』なのです。直接的にではありませんが……間接的にでも〝聖父マティアス〟が人類に混乱をもたらしてしまう事態は、わたくしは避けたいと考えます」

「…………」

 クアドラが兎夜を〝聖母マグダレナ〟に推さない理由が納得出来てしまい、マティアスもそれ以上は口を噤むしかない。船室内が微妙な空気になってしまったことを察し、クアドラは再び空っぽになっていた自身とマティアス、双方のカップを回収する。

「……休憩も存分に出来たことですし、茶器を片付け次第、ザ・ワンへと戻ります。砂走船サンド・ランナーの操縦はわたくしがやりますから、マティアスは寝ていて下さい。朝になれば、アイシア聖母学院へまた登校するのですから」

「……そうだね。よろしく、クアドラ」

 クアドラが船室内の照明を落とし……マティアスはソファーに横になった。一応、この船には寝台も完備されているが……。

(ザ・ワンの港に着いたら、起きて屋敷まで帰ることになるし……今はここでいいや)

 クアドラも同じ認識なのか、何も言わない。……やがて、震動から船がザ・ワンへの移動を開始したことをマティアスは悟る。

 眠っているのか起きているのか、曖昧な精神でマティアスは囁いた。

(……クアドラは、僕にバレてないって思ってるのかもしれないけど……知ってるよ)

月虹教カレイド・ムーンが、クアドラにって打診してたこと……」

 月虹教カレイド・ムーンだって、独自の〝聖母マグダレナ〟候補を立てたい気持ちはあったのだ。そして、凍牙クレセントを神格化する彼の宗教は、当代一の女凍牙騎士クルセイダーである〝至高の戦姫ブリュンヒルデ〟クアドラ・アリエッティに白羽の矢を立てたのである。

 ……それを、クアドラは丁重に辞退してしまったが……。

(……僕にだって解る……)

「……クアドラが月虹教カレイド・ムーンの後援を受けて〝聖母マグダレナ〟になれば、それこそが他のどの候補者を〝聖母マグダレナ〟にした時よりも全てを丸く収めるって……」

 クアドラの能力も人格も、レナやソルアートに劣っているとはマティアスには思えないのだ。そこに両名と同等の後援者が加われば、まさしくクアドラこそが〝聖母マグダレナ〟の最有力候補へと躍り出る。何せ――クアドラ自身が〝聖母マグダレナ〟に最も重要であると言い切った、マティアスとの相性。一〇年以上仲睦まじく過ごしてきたマティアスとクアドラの相性が、ソルアートにもレナにも他の〝聖母マグダレナ〟候補者の誰にも負けるわけが無いのだから。

「……そんなこと、クアドラだって解ってるはずなのに……」

 マティアスの声は、ひたすらに切ない。……その声は、今は砂走船サンド・ランナーの操舵席に居るはずのクアドラには聞こえないのだ。

(そういう理屈立てた根拠を理解してるはずなのに、クアドラが〝聖母マグダレナ〟なってくれないってことは――)

「――感情的に僕を男として受け入れられないってこと……!?」

 その事実に辿り着いた瞬間、マティアスの意識は一気に覚醒する。

(……あ、駄目だ。本気で泣きそう……)

 夜の神砂海ニルヴァーナの極寒地獄より遥かに耐え難い胸の痛みを覚え、結局マティアスは、ザ・ワンの港に到着するまでに一睡も出来なかったのであった……。

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