第19話 兎夜への評価

 気まずい沈黙が支配した船室で……ふと、マティアスの脳裏をのことが過ぎった。――兎夜。ほとんど無意識に、その言葉はマティアスの口を突いて出る。

「そういえば、今日……というか、もう昨日だけど。兎夜さんにも初めて会ったよ。クアドラ的には、彼女はどんな感じなの?」

 マティアスとしては、世間話のような感覚で言ってしまった内容だった。それに対して……クアドラの方は逆に、表情の真剣味を増す。

 しばらく考え込んで……クアドラは慎重な声音で返答した。

「……わたくしとしては、最終的に〝聖母マグダレナ〟に最も求められるのは、マティアスとの相性だと思います。ですから、マティアスが兎夜嬢を選び、絶対に彼女でなければ駄目というのなら、異論を挟むつもりはありません。ですが……………………積極的に推挙したい候補者では……ありませんね。正直なところ……」

 クアドラの兎夜に対する低評価に、却ってマティアスは興味がそそられた。

「何で? 今日一日話しただけだけど……まあ、悪い子ではなさそうだったよ?」

 マティアスは昼間のことを思い返す。……〝聖父じぶん〟を前にやや緊張気味だったのは、仕方が無いだろう。むしろ……〝聖母マグダレナ〟クラスの他の四名が全く物怖じしていないことの方こそ、世間一般的にいえば異常なのである。人類統一王国ワン・フォー・オールの王家の姫だって、相対すれば緊張するのが本来の〝聖父アマデウス〟なのだから。

(ずっと登校出来てなかったのは、何人も居る弟さんや妹さんが揃って熱を出して、その看病をしてたからだって言ってたっけ……。優しいお姉さんなんだろうな)

 その辺りだけでも、マティアスは好印象を受けたのだが。……もちろん、という意味ではなく、人間的に。

 それ故のマティアスの疑問を氷解させるべく、クアドラは情報を語っていく。

「兎夜嬢は、アイシア聖母学院の序列上位一〇名の中で、唯一のです。……その点は存じていますか、マティアス?」

「ザ・ワンに来る前夜に、徹底的に読み込まされた資料に書いてあったからね」

 そこもまた、マティアスは凄いと感じていた。

(教養科は、端的に言えば騎士科から凍牙騎士クルセイダーとしての、術士科から光焔術士ソラリスとしての授業を無くした学科だ。だから、最も楽な学科ではあるんだけど……反面、騎士科や術士科と比べて。その分、学科なんだよね……)

 実際、アイシア聖母学院内の序列を詳細に見てみると、ある一定の順位から上は騎士科生や術士科生ばかりになって、教養科生の存在は見られなくなる。……兎夜を除いて。それだけ、騎士科や術士科が有利になるシステムなのだ、アイシア聖母学院の序列制度は。

(裏を返せば、三つの学科が共有する科目について、それだけ兎夜さんが抜きん出てるって話だよね。並大抵の努力や才能ではないんだと思う……)

 恐らく、それらの教科においては、ソルアートすらも遥か後塵を拝しているのだろう。……能力面でもクアドラのお眼鏡に適わないとは、マティアスには思えないのだが……。

「……いえ、そこの部分に大きな見解の相違があるのですよ、マティアス」

 クアドラは、気付けば空になっていたマティアスのカップに二杯目の紅茶を注いで、淡々と述べていく。

「兎夜嬢は教養科生です。つまり、凍牙クレセント光焔コロナも、扱えないのです。……そこが何よりも致命的なのですよ……」

「……。まあ、〝聖母マグダレナ〟に対ソーマの戦闘力も求められるのは、解るけどさ……」

 いつか前述した通り、〝聖母マグダレナ〟は〝聖父アマデウス〟の伴侶として、共にソーマとの戦線にも立つことが想定される。また、〝救裁者メギド〟が覚醒を迎える日まで、母としてそれを守り抜く使命も与えられていた。……それに加え、人類の対ソーマ最終兵器たる〝救裁者メギド〟に、母の側からも凍牙騎士クルセイダーとして、或いは光焔術士ソラリスとして、優秀な才が遺伝するに越したことはない。凍牙クレセント光焔コロナも使えない少女が〝聖母マグダレナ〟になるよりも、凍牙騎士クルセイダー光焔術士ソラリスとして実績がある少女が〝聖母マグダレナ〟になった方が、事実として都合が良いのではあろうが……。

「……実際、わたくしが推す方はソルアート様だけでなく、レナ王女殿下も〝双頭竜アンフィスバエナ〟の異名を持つ当代有数の凍牙騎士クルセイダーですからね。――ですが、わたくしが兎夜嬢を推さない理由は、マティアスの認識とは少しずれています」

「……? どういうこと?」

 疑問符を頭上に浮かべるマティアスに、クアドラは自分も二杯目の紅茶に口を付け……その後に説明した。

「『ノブレス・オブ・リージュ』という言葉は、マティアスも知っていますね? 『高貴な立場にある者には、それ故の義務も生じる』という……」

「まあ、一応はね」

 マティアスは首を縦に振る。

(人類の歴史上、王侯貴族制度を取り入れてた国家では少なからず掲げられてた言葉だ。そこで語られる『義務』は多くの場合、『国が外敵に襲われた時、王侯貴族が率先して戦場に立ち、平民以下の民衆を守る』こと……)

 それを対価とするからこそ、王侯貴族は平民以下の身分の者には無い様々な特権を得られるのだと、『ノブレス・オブ・リージュ』という言葉は教えている。

「……まあ、実践出来ていた国家がどれほどあったかは疑問だけどね」

 人の歴史を顧みてみれば、守るべき平民以下の民衆を盾とした王侯貴族がなんと多いことか。

「でも――人類統一王国ワン・フォー・オールその言葉ノブレス・オブ・リージュをかなり重要視してるよね。そこに関しては、僕も認めざるを得ない」

「その通りです」

 マティアスの評価に、クアドラも頷いてみせる。人類統一王国ワン・フォー・オールの王族や貴族たちは、短くはないその歴史の中で、必ず外敵に対しては率先して立ち向かい、平民以下の者たちを守護してきた。

 そして――

 即ち、。……生まれが王族や貴族であっても、光焔炉リアクターを宿さず、凍牙クレセントを扱う修行にも挫折した者は、遅くとも一〇代の内には平民以下の身分へと降格され、家から放逐されるのだ。

「……それについては、本当に徹底してるよね。確か、今の国王陛下の――」

「――国王陛下の、そしてアーノルド公爵閣下の同腹の弟君は、凍牙騎士クルセイダー光焔術士ソラリス、いずれにもなれなかった為、王族籍を抹消されています。貴族籍も与えられていません」

 マティアスの解説をクアドラが継いだ。……なお、ここだけ聞くと不穏な空気が漂うが、当の元第三王子殿下は、荒事よりも詩や絵画、そして演劇などを好む穏やかな気質であった為、逆にそれが高じて芸能の世界へと足を踏み入れている。今は、銀幕の世界にて燦然と輝く星の一つとなっており、命懸けの義務を背負わなければならぬ王族の座は、むしろ喜々として返上したとして有名だった。

(まあ、それは閑話休題として……)

 ……ここまで話されると、マティアスもクアドラの言いたいことが何となく読めてくる……。

「……兎夜さんは凍牙騎士クルセイダーでも光焔術士ソラリスでもないというだけでなく、。クアドラが問題視してるのは、そこ……?」

「はい」

 ごまかすこと無くマティアスに肯定し、クアドラは真相を語り出した。

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