第25話 初めてのナンパ(される方)
――始まりこそそんな感じではあったものの、三姉妹の案内によるマティアスのザ・ワンの街の観光は、概ね楽しいものとなった。
マティアスは、大道芸人たちの粗削りながらも力強いパフォーマンスに惜しみの無い拍手を送り、喫茶店でこの時期限定のメニューとして提供されていた山のようなパフェを、ラーン、ニーテ、ホリーと協力して完食。今は大通りに立ち並んだ多様な出店を覗いて回っている。
……なお、ここまでの間に、四人は両手の指の数ではとっくに足りなくなる回数、男性たちからナンパ目的で声を掛けられていた。ラーンたちは、三人とも相当なランクの美少女である。今のような浮かれた時期には、そんな美少女たちとお近付きになりたいと情熱を燃やす男性が一定数居ることは、マティアスにもまあ……理解出来た。
(……。理解出来ないのは――)
その内の決して少なくない回数、真っ先に
(……僕、今はこんな格好してるけど男だから!?)
複雑さと困惑が、マティアスの胸の許容量を超えそうなほどに溢れてくる……。
……ぶっちゃけるとたった今だって、他の三人がお目当ての露店の行列に並び、マティアスが一人で彼女たちの帰還を待っていたところ――これ以上ないほどストレートにナンパされてしまっていたのであった。
「……キミ、今一人? 良かったらオレと一緒に露店を見て回らないかい? いや、正直言うと――一目惚れしちゃったんだ。こんな雑踏の中でも光り輝いているみたいで、目が奪われて……離せなくなった。ねえ、どうかなっ?」
(……こういう時、世の女性たちはどうやって乗り切ってるんだろう……!?)
顔には〝
「その……今、連れを待っていますので。申し訳ありません……」
「その連れって、女の子?」
「あ、はい、そうですけど――」
「なら、その子も一緒に案内するから。それなら問題無いよね?」
(しまったぁぁああああああああああっっ!!)
選択すべき台詞を間違えてしまい、マティアスは胸中で頭を抱える。
(連れは男性だって嘘を吐いておけば! ……それ以前に、待ってるのは『連れ』じゃなくて『彼氏』だとでも言っておけば、この窮地を脱せたかもしれないのに……!!)
いくら嘆いても覆水盆に返らず。一度言ってしまった言葉は覆らない。マティアスよりも頭一つ分以上背が高い、流行の最先端のファッションを粋に着こなした青年は、細いフレームの眼鏡越しに燃えるような瞳で
(……「僕は男なんです」と暴露出来ればどれほど楽だろう……!!)
……しかし、もっと人通りの無い所であればともかく、このような人口の密集率が高い場所でそれをやるのは、〝
(ラーンさんは大丈夫だって太鼓判を押してくれたけど……!)
それでも、
……その上、問答が長引いてきたせいか、周囲の人々もマティアスと青年の攻防へと注目し始めていた。それだけならばまだしも――何名かの男性が足を止め、身体をこちらへと向け、眼光も鋭く介入のタイミングを推し量り始めている……。
困っている様子のマティアスに、義憤に駆られたという可能性も無くはないが――恐らくは、ナンパから助けたことを盾にし、自分たちこそティアをナンパしようという下心持ちだろう。……彼らの介入を許せば、事態はより自分の望まぬ方へと流れていくことは、マティアスにも絶対的に解った。
(うぅ、どうすれば――)
――その時、やっと救いの手が現れる……。
「お待たせしました、マ……ごほん、ティア。……そちらの方は?」
紙製の手提げ袋を手に戻ってきたのは、ニーテだ。この時ばかりは、彼女がソルアート以上の聖女に見えたマティアスである。
(……後で「情けない」とか言われるかもしれないけど、今日はその評価を甘んじて受けるっ)
「……えっ?」
マティアスは電光石火の速さでニーテの後ろに隠れた。状況が呑み込めない顔をする彼女へ、小声で事情を説明する。
「皆を待ってる間に、ナンパされちゃったんだよ……」
「…………。相手の方、男性ですよね? それは……ご愁傷様です。……お互いに」
「ニーテさんが言いたいことは本当によく解るけど――とにかく、上手く断って、お願い!」
「そ、そうは言われましても……」
ニーテは、マティアスと彼をナンパしようとした青年の間で視線を往復させ……引き攣った表情で申し訳なさそうに囁く。
「あの……大変、申し上げ難いのですが…………私もこういう時、どう対処すれば良いのか、解らないんです……」
「何でぇええええ!? ここまでの道中のナンパは上手く切り抜けてきてたのに!?」
「思い返して下さいっ。そういう時、相手をあしらっていたのは――姉さんとホリーです……!!」
「……あ――」
(言われてみれば、そうだったような……?)
ラーンが穏やかな……けれども暖簾に腕押しな態度でやり過ごしたり、ホリーがテンション高くまくし立て、相手を引かせて退かせたり。……対処方法は様々であったが、どのナンパの場面でも、直接の対応は長女と三女が担い、次女は終始無言であったことをマティアスは思い出す。
(まさかの……まさかの、ニーテさん役立たず……!?)
「ちょっ、じゃあ、ラーンさんやホリーが居ない時にナンパされたら、今までどうしてたの!? 一人の時はナンパされたことが無い……とか……?」
「失敬なっ、ありますよ! ……そういう時は全速力で逃げるか……『私は実は男です!』と嘘を吐いて……。ふ、ふふっ、案外信じてもらえるんですよ……くっ……!」
「………………」
ナンパへの対処能力が自分と同程度であった辺境伯令嬢を前に、マティアスは今度こそ途方に暮れる。――そして、そんな
「連れの子も来たみたいだし――さあっ、行こうか。キミもヨロシク!」
「ひぇっ!?」
相手に強引に引き寄せられて、マティアスの口から怯えの声が漏れた。それを無視し、青年はニーテも促して歩き出そうとする。……彼の方も、周囲の注目を集め、介入者が現れそうな現状に気付いていたのだ。とにかく場所を変えようと焦っている様子が見て取れる……。
(ああ、もう、どうしよう――)
マティアス本来の実力であれば、青年の手を振り解くことも、振り解かずともその場に押し留まることも余裕であったが……嫋やかな少女の姿でそれをやれば、流石に不自然さが際立つ。正体を隠したい彼に、その選択肢は選べない。行動の取捨選択の余地が無い己に、マティアスの胸に不甲斐なさが沸き立った。夕焼け空色の双眸も若干潤んでくる。――その瞬間だった。
「ま――待って頂けますか!」
凛とした声で、ニーテがマティアスの腕を引っ張る青年を呼び止めた。彼女は、金髪赤眼の少女……本当は少年のもう片方の腕を、自らの胸へと抱き締める。生憎、柔らかさや弾力などはマティアスにはほぼ伝わってこなかったが――服越しに感じる体温が、何だか心強かった。
「ニ、ニーテさん……」
マティアスに名を呼ばれ、ニーテは硬い表情で頷き返す。
今は、ニーテたちがマティアスをエスコートする役割を与えられているのである。なのに、マティアスが望まぬトラブルに巻き込まれては、それはニーテたちの責任だ。真面目な彼女は、そのことを看過出来なかったのかもしれない。
「彼女は嫌がっています! そういう強引なナンパはやめて頂けますか!? ……それに……う、くっ――」
ニーテの視線が素早く辺りを巡った。今こそ好機と、こちらへ一歩を踏み出し掛けている他のナンパ男性たちの動きを認識したのである。彼らの介入を許せば、状況はますます混沌へと陥ると、ニーテの方もマティアスと同じ結論に達したようだった。それを望まないのは、彼女もまた同じ。……けれど、阻止する方法を模索出来る時間的猶予は、極めて僅かであった……。
……故に、直後にニーテが行ったことは、真に、誠に、深く考えない咄嗟のものであったのだろう――
藍色髪の辺境伯令嬢は――微かに震える唇を、
……ナンパ青年の、介入しようとしていたナンパ男性たちの、周辺の野次馬たちの、何よりマティアスの
「――んにゃああああああああああああああああああああっっ!?」
……本当に女の子のような悲鳴を響かせ、マティアスの首から上が真っ赤に炎上した。その彼の腕をさらに強く抱き寄せて、ニーテの方も負けじと顔を赤熱化させて叫ぶ。
「こ――こういうことですので! 彼女と私の間に割って入るのは、その、ご遠慮願います!!」
「……ぇ……ぁ……………………あ、はい…………」
するりと、青年の手がマティアスの手首より離れた。魂が抜けたような表情で回れ右をした彼は、フラフラとした足取りで人混みの中へと紛れていく……。
他のナンパ男性たちも、彼の背を見送って……何処か肩を落とした様子でその場を後にしていった……。
野次馬たちの目は、驚愕だったり興味深そうだったり生温かかったりと様々で……。
――その野次馬たちの中に、目を真ん丸にした侯爵令嬢の長女とケラケラと笑う公爵令嬢の三女の姿を発見し、マティアスもニーテも崩れ落ちるようにしゃがみ込んで、肩を震わせつつ呻き声を上げるのであった……。
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