第11話 マティアスくん家のメイド事情・前編
「……て下さい……えぇと、起きて下さい、マティアス様。そろそろ起床のお時間ですよ?」
「……ぅん……あ……?」
丁寧な声に促され、マティアスは急速に意識を浮上させる。柔らかく暖かな布団の感触に、ここがベッドの中だと彼は理解した。
(……ああ、そうか……。今朝は訓練が休みになったから、少し寝過ぎたんだ……)
普段なら、マティアスは早朝からクアドラに戦闘やら運動やらの訓練でしごかれる。ただ、本日はクアドラに用事があるということでそれが休みになったのだ。
(……だからと言って、それで惰眠を貪ってたら後で叱られるし。それに、今日も学校はあるんだから、起きないと――)
「――解りました。起こしてくれて、ありがとうございます。着替えてから下に行きますので先に……ってぅぉわぁああああああああああああああああああああっっ!?」
起き抜けにもかかわらず、マティアスが絶叫してキングサイズのベッドの端まで後退ったのは、仕方が無かったかもしれない。瞼を開いた途端、彼の視界を埋め尽くしたものは――
ぷるるんっ❤
――おっぱい。
たゆゆんっ☆
――たわわに実った、おっぱい。
ぽよよんっ♪
――メロンとか小玉西瓜とか、その辺りの果物が二つ並んでいるかの如き、恐るべきサイズのおっぱいであったのだから。
「……マティアス様? その、如何されました?」
〝
それに加えて彼女のメイド服、胸元の布地がかなり大胆に取り去られており……真っ白で、つき立ての餅のようで、深い深い谷間を刻んでいる膨らみの上半分が見えてしまっていた。
……そんな状況でも辛うじて〝
「ラ、ラーンさん! 近いですし……流石に目のやり場に困ります!! もう少し……慎ましくお願い出来ませんか!?」
頬を紅潮させて明後日の方を向くマティアスに、ラーンと呼ばれたメイドもようやく事態を把握したらしい。やや垂れ目気味の、日溜まりのように穏やかな美貌が見る見る内に焼けた炭の色へと変じ――ベッドの上で正座した彼女はペコペコと頭を下げる。
「も――申し訳ありませんっ! わわわわたしったらなんてはしたない……!!」
「い……いいですからっ。着替えますので、その……」
「し、失礼しましたっ」
引っ切り無しに腰を折りつつ、ベッドから下りたラーンはそのまま部屋からも出て行った。……ずっと、低頭する反動で彼女の胸がメイド服から零れそうになっていたので、マティアスの心臓は未だバクバクと鳴っている……。
「……はあっ、はぁっ……な、何でこんなことに……?」
変な汗でべとつく銀の猫っ毛を搔き上げながら、マティアスは首を巡らせる。
朝陽が射し込む窓は、仮にマティアスが二人居て肩車をしても、天辺に指が届かないだろう。幅も、彼が両腕を横いっぱいに広げても、端に指先が届かないはずだ。それを抜けた向こうには、お茶会でも開けそうなほどのバルコニーが完備されている。
部屋の床面積も、ベッドだけで相当な範囲を占拠しているはずなのに、それでもなお八割に達する余裕があった。
ベッド脇の小型のテーブルも、染み一つ無い白い壁に掛かる風景画も、伯爵以下の貴族では簡単には手が出ない値段の品だと、クアドラに鑑定眼も鍛えられているマティアスは看破していた。
「……本当に、何でこんなことになっちゃってるんだろう……?」
敷かれた毛足の長い絨毯を、ベッドの上に胡坐を搔いて見下ろし……マティアスは嘆息するのであった……。
マティアスがザ・ワンに来てから、アイシア聖母学院へ通うようになってから、数日が経過していた。
ずっと
アイシア聖母学院の男子用……自分専用の制服姿で、マティアスは溜息を吐く。
「……こんな広さ、要らない……」
そこにも絨毯が敷かれた階段を下りつつ、マティアスは小声でぼやく。二階にある彼の寝室からこの階段に辿り着くまでに、何十歩の歩数を数えたか知れない。……一階へと下りても、朝食が用意されている食堂まで行くのに、またかなりの距離を歩かなければならない……。
流石に、このザ・ワンの中央に位置するダルタニアン王朝の王宮ほどの広さは無いが……逆を言えば、王家を除いた如何なる王侯貴族のザ・ワンにおける住居より、大きいと推測される。
世間一般論としてみれば、〝
(こんなものにお金を使うくらいなら、もっと別のことに使ってくれないかな……!?)
「……部屋と部屋を移動するだけで疲れる家なんて、本気で要らない……」
……そして、やっと到着した食堂の扉を開けて――マティアスはまた新たな難問に直面した。
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