第23話 マティアスVS三姉妹(脅迫編)

「……それで、ラーンさんとニーテさんも、ホリーと同じで実家からの使いの人たちから逃亡してきたの?」

「えぇと、うん……」

「……端的に言うとその通りです」

 苦渋の顔で頷くラーンとニーテ。長女の顔はひたすらに恐縮しているが、次女の顔には若干の開き直りが見て取れる。

「だって……その、段々とドレスが大胆になっていって! あんなに布地が少ない物、わたしも流石に着れない……」

「……恥を忍んで言います。――パットを五枚も重ねさせられた私の気持ちが解りますか!?」

 ――ラーンの方はともかく、ニーテの主張に噴き出さなかった自分をマティアスは褒めたいと思った。

 堪え切れずに噴き出したホリーにスリーパーホールドを掛けるニーテを横目に、マティアスは一番話が通じ易そうなラーンに声を掛ける。

「とりあえず――妹さん二人も連れて、直ちに僕の部屋から出て行ってくれる?」

「マティアスくんが冷たい!?」

 取り付く島もない〝聖父アマデウス〟の要請に、赤毛の侯爵令嬢は涙目になった。

「……いや、そんなうるうるとした目で見られても……。そもそも、ラーンさんたちを匿っても僕にはメリットが無いし。……むしろ、デメリットがかなりあるくらいだし……」

 空の色をした瞳を半眼にして述べるマティアスに、ラーンははっとした顔をして、何故だか頬を見る見る赤らめて、もじもじと人差し指の先を擦り合わせた。

「……つ、つまり、匿ってほしいなら……相応のお礼を用意しろってことだよね? ……わ、解ったわっ。だ、だけど……せめて妹たちは、見逃してあげて! そ、それから……わたし、初めてだから……。お願い……優しくしてね?」

「うんごめんちょっと待ったラーンさんの中で僕は一体どれだけ外道なイメージになってるのか小一時間くらい掛けて問い質したいそれから折角羽織ったシーツを床に落とさないでシャツのボタンも外さないで!?」

 覚悟を決めた顔で肌を露わにしようとするラーンに、マティアスは怒濤のツッコミの連打を浴びせた。

 息を切らせるマティアスを眺め、ようやくニーテからの折檻より解放されたホリーが、納得した顔で手をポンッと打つ。

「ああ、要するにマティアスお兄ちゃんは、あられもない格好のあたしたちと密室に居ること自体がまずいって考えてるんだね。万が一あたしのお義母かあ様にでも見付かったら、『我が家の娘を傷物にした責任を取って頂けますね♪』とか言われそうだし!」

「理解してくれて助かるよ、ホリー…………ホリー?」

「ふっふっふー」

 何やら「してやったり!」という顔で笑みを漏らす若葉色のボブカットの公爵令嬢に、途轍もなく嫌な予感がマティアスの脳裏を過ぎる……。

「マティアスお兄ちゃん☆ あたしたちを助けて? 助けてくれないと――『……マティアスお兄ちゃんに、無理矢理……ぐすっ』って、涙ながらにお義母かあ様に言うから♪」

「――ちょっと待ったホリーそれは本気で洒落で済まないから絶対やめて!?」

 いきなりかつてない大ピンチに突入したマティアスが、腹の底から声を上げて懇願する。

「……わたしも家からの使いの皆に、『マティアスくんに強引に部屋へ連れ込まれて、ベッドに押し倒されて……抵抗する暇も無く……。初めてだったのに……わたし……わたし……!』って、泣きながら訴えてこようかな……?」

「――ラーンさんまで!? ごめん、お願いだから少し落ち着こう! ……ま、まさかとは思うけど……ニーテさんまで、こんな脅迫に加担しないよね……?」

 冷や汗をダラダラと流しつつ、最後の希望たる藍色ぱっつんロングヘアの次女へ目を向けるマティアス……。追い詰められた〝聖父アマデウス〟へ、ニーテは冷静な顔で考えを告げた。

「見損なわないで下さい。私は姉や妹とは違います。……ただ、そういう主張をする姉や妹と同様に、私もこの場で貴方と一緒に居たわけですから……同じく貴方の毒牙に掛かったのではと、周囲から勘繰られることになるでしょう。それを否定出来る根拠は……誠に残念ながら、ありませんから。ええ……ありませんから!」

「……くっ! く……くそぅ……! さ、三人共……一体何が望みなんだ!?」

 理不尽に屈さねばならない悔しさに身を震わせながら、マティアスは血を吐くような声音で少女たちに問う。姉や妹と目配せし合い、ニーテが代表して口を開いた。

「難しいことではありません。何か、マティアス様から私たちへ、御用を申し付けて下さい。クアドラ様からは休日を申し付けられましたが、私たちはそもそもです。マティアス様から仕事を言い渡されたなら、たとえ休日であってもそれを最優先にしなければなりません。そして、それを理由に家からの者たちの玩具にされることから脱することが可能です」

「……了解したよ。ただ、うぅん……仕事かぁ……?」

 思ったよりも無難な要求で、マティアスも胸を撫で下ろすが……ニーテたちにどんな仕事を言い渡すかということを、彼は思い悩む。

(口先だけでなく、本当にやってもらう仕事でないと、すぐにバレるだろうし。だけど、実際にやってもらいたいことなんて今のところ無いんだよね――)

「――あ! だったらマティアスお兄ちゃん、あたしたちと一緒に街にお出掛けしようよ!!」

「……え?」

 頭上に電球を浮かべてそんなことを言い出したホリーに、マティアスは面を喰らった。彼女がこの部屋に来訪した直後のやり取りを知らないラーンとニーテは困惑顔だが、ホリーは二人の姉にも喜々として説明する。

「マティアスお兄ちゃん、建国祭が近くて盛り上がってる街を見に行きたそうだったから! あたしたちがその案内を申し付けられたことにすれば、マティアスお兄ちゃんは街を見に行くことが出来るし、あたしたちは着せ替え人形の苦行から逃げられるし、Win‐Winだよね♪」

 最高のナイスアイディアとばかりに胸を張るホリーだが、それにマティアスは首を横に振る。

「……それは流石にまずいよ、ホリー。僕の顔はこのザ・ワンでも知れ渡ってるし。今の人出が多い時期に〝聖父アマデウス〟が街に現れたら……大混乱を引き起こす。一歩間違うと怪我人だって出るかもしれないし、クアドラからも許可は下りないはずだよ――」

「――?」

 ……自信満々に言ってのけたホリーに、何故だかマティアスは強い不安を覚えた。

「あ、あの……ホリー?」

「大丈夫だよ、任せてマティアスお兄ちゃん! ……マティアスお兄ちゃんにも、あたしたちの苦しみを少しでも味わってもらわないと、ね☆」

 物凄く楽しそうなホリーの満面の笑みが、マティアスにはどうしても黒く見えたのであった……。

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