第24話 久方ぶりの闇

 気づけばセシルは、真っ暗な場所に立っていた。

 暖かくなければ寒くもなく、湿っても乾いてもいない場所だ。風も吹かず、果てには光が見えるがセシルがいるところまで届かない。まったくの闇の中だった。

 だがセシルは、八年前に訪れたきりのあの場所だと確信し、光に向かっていった。警戒はしない。というより、そんな発想がまったく浮かんでこなかったのだ。通い慣れた場所を歩くように、セシルは無心で歩いていった。


 行き止まりに着くのは早かった。光へ向かう闇の一本道を、銀の鎖が閉ざしていたのだ。鎖はたった今磨かれたかのように錆ついておらず、触れてみると、まったく冷たくない。しかも、まるで身体の一部であるかのように手によく馴染む。


 セシルが鎖を強く握りしめ、叫ぼうとしたそのとき。洞窟の向こうに見えていた光がふっと消えた。同時に、静謐な空気の中に圧倒的な存在感が生まれる。

 鎖の向こうから、声が聞こえてきた。


 ――――この気配……もしや、そこにおるのはそなたか?

 ――――ああ、ああ間違いない。大きくなった。健やかに育ったのだな。


 ほっとしたような声は鎖の向こう、セシルの頭上から降り落ちてくる。セシルが見上げてみると、セシルの身長の半分はあるのではないだろうかという大きな真紅の目が二つ、セシルを見下ろしていた。

 目に浮かぶ驚きはすぐ、久しぶりに見た知己への慈しみ、そして少しだけの怒りへと次々色を変えていった。


 ――――何故ここへ来たのだ。二度と来てはならぬと言っただろう


 そう、だから声の主はセシルに、二度と力を使ってはならないときつく言い含めたのだ。振り返ってはならぬ。前を向いていけと。

 だが、緊急事態なのだ。言いつけを破ったことをセシルは手短に謝ると、声の主に助力を求めた。


 ――――ふむ、助けが欲しいのか。ならば助けてやろう。他ならぬそなたの頼みだ。


 鎖の向こうの声はそう、セシルの願いに快く応じてくれる。セシルはぱあっと顔を輝かせた。


 ――――ああ、ああ、やはりそなたは笑っているのが一番いい。その笑みを奪おうとする者らを成敗してくれよう。この鎖を解いてくれ。


 乞われ、セシルは頷いた。鎖を握る手に力をぐっと込める。

 八年前、セシルはこの洞窟を鎖で閉ざした。そうしなければならないと、彼が言ったからだ。すでに記憶がなかったセシルは、それが正しいことなのかどうかわからないまま、声に従った。


 あの日以来、セシルはこの力を使ったことがない。けれどどうすればいいのか、息をするのと同じくらい当たり前のことのようにセシルは理解していた。

 解けろ、とセシルが強く命じた途端。鎖はセシルの意思に応じ、セシルの身体にぐるぐると巻きついていった。しかし、窒息はしない。セシルの力が可視化したものにすぎない鎖は、あるべき場所――セシルの身体に溶けて力となる。


 ――――感謝する。


 感謝の言葉と共に、セシルを一飲みできそうな、鋭い歯がびっしりと並んだ口が開かれた。ごう、と風が生まれるや、セシルの身体は、表面はすべらかなのにその下は柔らかい――つまりは生き物の身体の上に乗せられた。


 ――――さあ、そちらの世にて出会おうぞ。

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