第二章 嘘つき

第6話 振り返ってはならぬ

 子供が目を開けると、辺りは真っ暗だった。

 どこまでも続く闇だった。座っている場所が冷たい上、水が滴り落ちる音が反響しているから、どこかの洞窟の中だろう。

 静寂の中、子供の背後には吐息と気配がある。自分のものではないそれらに、子供は首を傾げた。


 ――――振り返ってはならぬ。


 振り返ろうとすると、背後の気配はそう言って子供を制止した。


 ――――どうして?


 子供が振り向きかけたままの姿勢で問いかけたが、背後の気配は答えず、子供から見て左のほうを示した。示されるまま子供がそちらを向くと、そこには闇の中ではない光景――――洞窟の外の光景が広がっている。血の臭いと冷気と力の気配が漂ってくる。


 ――――お前は、あそこへ戻らねばならぬ。

 ――――どうして?


 背後の気配に命じられ、子供はもう一度、何故と問う。ここはとても静かで安全だ。こんな安らかな世界から、何故自分はあそこへ行かなければならないのか。


 ――――行かねばならぬのだ。


 問いに答えない背後の気配の声には、抑えきれないやりきれなさや悲しさがにじんでいた。だからこそ、子供は不思議でならない。姿を見せず、追い出そうとするのに優しいなんて、変だ。何もわからないなりに、子供は疑問を抱いた。

 背後の気配は、何度も子供に繰り返した。


 ――――振り返ってはならぬ。

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