第27話 彼女が望んだ結末・1

「後は、君たちが知ってるとおりだよ。部下たちは男を追いかけてる最中に俺とセシルに出くわして、脅したらセシルが啖呵を切るものだから、俺も彼らも引っ込みがつかなくなった。俺もあのときは、頭を抱えたくなったよ。でもよく見てみれば、セシルも男も鍵石から目を離してる。だからとっさに鍵石を盗んで、セシルと別れた後、男を探しだして始末したんだ」


 セシルたち庶民の家よりは洗練された意匠の調度が調えられ、東大陸の置物が暖炉の上や棚を飾る居間。叡洛の術者の研究とその副産物、それらを追ってラディスタへ来た経緯について語り、シガはそう締めくくった。


 セシル、シガ、ユーサーの三人で青薔薇騎士団の者たちを騙すという、舞台どころではない舞台を演じきった後の、次の休日。セシルとユーサーは、話すには時間がかかるからと口を閉ざしていたシガに招かれて彼の自宅を訪れた。高級住宅街から少し離れた閑静なところにある、こじんまりとした一軒家だ。そこがシガ、ひいては彼の部下たちの隠れ家なのだという。


 瓜実顔の美女――セシルに炎を放ち、廃墟前では救いもした女性に入れてもらった異国の茶を楽しむ心の余裕は、セシルにはなかった。叡洛の術者の研究や失踪、叡洛の上層部の思惑。先日の舞台のような騒動の背景はやはり物語めいていて、まだどこか遠いもののように思える。


 だが、セシルがどう感じようとこれが事実なのだ。セシルの腕に絡む、姿を小さくした黒龍がその証拠。テーブルに置いた巾着の中にある宝石は、東大陸の術者が心血を注いで積み重ねた技術の結晶であり、騒動のそもそもの原因であることは疑いようがない事実なのである。

 紅茶に口をつけず、シガの話を聞いていたユーサーが口を開いた。


「セガール通りの殺人事件も、お前たちの仕業か」

「ああ。あそこはエルデバランの隠れ家の一つだったからね。眦に傷のある男を見つけたときに記憶を術で探って、潰させてもらった。部下がセシルを隠れ家で助けたときも、その翌日も、他の部下たちがあそこ以外のエルデバランの隠れ家を潰してたんだよ。俺たちやセシルのことをエルデバランに報告するつもりなら、阻止しないといけないからね。そのせいで、セシルに護衛をつけてあげられなかったんだ」


 ユーサーに問われるまま、シガは淡々と答える。シガの言葉はよどみがなく、声色も平坦で、表情も変わらない。工事の工程を尋ねられ、答えただけかのようだ。


 セガール通りでの、というのはセシルが王立魔術研究所の魔術師に見つかりそうになって逃げた、青薔薇騎士団が捜査していた事件のことに違いない。肉屋の店主とその同居人、そして犬までもが殺されたという事件。


 セシルはぎゅっと両の拳を握った。

 騎士であるユーサーや間者のシガとは違って、セシルは一般人でしかないのだ。傭兵隊にいた頃は戦闘を終えた直後の母たちに囲まれることが珍しくなかったとはいえ、シガの平然とした態度は、すぐには受け入れられない。違和感や疑問はどうしても拭い去れない。


 そんなセシルの心の動きを表情から見てとったのか、黒龍はじろりとシガとユーサーを睨みつけた。


「……まったく、少しは遠慮というものを知らないか、お前たち。セシルが不安がっているだろう」


 そう叱りつけ、黒龍は可哀想にとセシルに頬ずりする。鱗に覆われた彼の顔は少しざらついていてくすぐったく、温かい。親しい仕事仲間の一面に戸惑うセシルの心に、ゆるりと沁み入っていく。

 命の恩人の体温と慰めにセシルが強張った頬を緩めていると、シガは額に指を当てて呆れた顔をした。


「仕方ないだろう。セシルは俺の素性も、俺が彼らを殺したことももう知ってるんだ。副団長殿には、まだ隠蔽工作を手伝ってもらわないといけないし。話せることは話すしかないだろう? 君だって、セシルの記憶のことについてある程度は話したんじゃないのかい?」

「ああ。私が話せることなど、たかが知れているがな」


 忌々しそうにすら口元をゆがめ、黒龍は鼻を鳴らした。それも当然で、セシルが過去を知ることを彼は快く思っていないのだ。記憶を返してくれてもいない。セシルは今でも記憶喪失のままだった。

 それでもセシルが頼み込むと、黒龍は仕方なさそうに少しだけ教えてくれた。


 セシルがあのラダンというほろんだ漁村で暮らしていた、無口な漁師の一人娘であったこと。

 今ほど少年めいてはいなかったが、お転婆で好奇心旺盛ではあったこと。

 生来の異能によって偶然異界へ迷い込み、黒龍と親しくなったこと。

 黎鵬とも異界で知り合い、その縁もあって黎鵬は彼女が住んでいた村を訪ねたこと。その他、少し。


「…………その石の力と、お前の目的はわかった」


 長く息を吐き、ユーサーはそう切り出した。静かというよりは真摯な面に、セシルは思わず居住まいを正す。


「セシル殿。貴女がその黒い宝石――鍵石の持ち主であることは間違いない。だがその石はやはり、民が無許可で持つことができる術具を制限したラディスタの法に反している。それに、私の任務はその石を見つけ、現在の持ち主であるデュジャルダン氏のもとへ返却することだ。……申し訳ないが、貴女がそれを持っていることをこれ以上容認することはできない」

「……はい」


 セシルが素直に頷くと、ユーサーの顔に申し訳なさそうな色が強く浮かぶ。ユーサーの心中を理解して、セシルは薄く笑んだ。――――やはり、彼は優しく誠実だ。

 そこに、副団長殿、とシガが口を挟んできた。


「俺から提案、というかお願いなんだけどね。代わりの石を渡すから、鍵石は諦めてくれないかな」

「なんだと? それは約束が違う」


 ユーサーは眉を吊り上げる。

 そう言うと思った、とシガは肩をすくめると、立ち上がって棚の引き出しから巾着を取り出した。それをユーサーに投げて寄越す。

 シガを睨みつけたユーサーは巾着の袋を開け、中身を取り出してぎょっとした。


「同じ石だと……?」

「俺と部下が造った模造品だよ。石は同じものだけど、異界への穴を開けることはできない。それでも術式はできる限り似させたから、君が面目を保つには充分のはずだ。ああなんなら、石の性質が変わってしまった理由作りに協力するけど。また探しに行かされるのは面倒だろう?」


 その手の工作は、シガの得意とするところだろう。何しろ間者である。部下だけでなく自慢の改造術具も使って、真実を知らない者なら誰もが納得する理由を演出するに違いない。

 ユーサーは眉間を険しくした。


「……結局は、その石を渡さないつもりか」

「当たり前だろう。これまで一体何度、西大陸諸国はこっちへ侵攻してきたんだい? セシルにならともかく、東大陸を荒らしに行くのが好きな国の私立魔術研究所なんかに、兵器となりうる貴重な術具を渡すわけがないじゃないか」


 だからそれで我慢しろという意味を言外ににじませ、シガはユーサーに迫る。両腕を組んで浮かべる笑みは薄いが、どうにも見る者を苛立たせる色がある。言葉とそれに煽られてか、ユーサーは彼を睨みつけた。

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