第26話「愛をささやけ、絶叫で」
チユリは気付けば、手に汗を握っていた。
こころなしか暑くて、息苦しい。今という時代はどんな建物も、AIによる空調で完璧に室温がコントロールされている
だが、今は焦げ臭い空気が熱を運んでくる。
やはり、近くにメリアが来ているのだ。
そして恐らく、脱出の足となる車両を破壊したのだろう。
「マッケイ君、あたしは大丈夫。それに、メリアはあたしを傷付けたりはしないよ?」
チユリは、肩を抱くマッケイの手をやんわりと
正直、心臓がドキドキして今にも止まりそうである。止まったら駄目だろと自分でツッコミを入れつつ、耳元に鼓動が反響して聴こえるくらいだ。
けど、妙な確信がある。
自分を強く持つことで、より強くメリアを信じられるのだ。
そう思っていると、不意に博士の声が
「とにかくっ! 外へ出るんじゃ! アーキタイプの攻撃力、
造った本人の
そして、キッチンの周囲を異変が襲ったのは、そんな時だった。
突然、マッケイがチユリを床へと押し倒す。
同時に、天井や壁が切り裂かれた。
それがメリアだと、チユリにはすぐわかった。
「これ、メリアだ……ねえ、メリアッ! 怒ってる、よね? 混乱して、泣いてるんだ……あたしはここ、今すぐ会いに行くから!」
チユリは、守ってくれたマッケイの下から手を伸ばす。
無軌道に乱立する刃の、その一つをそっと握った。
冷たくて、そして触れるだけで千切られそうだ。だが、それを承知でチユリは強く握る。皮膚が断ち割られるよりも早く、遠く見えない根本が震える気配が伝わってきた。
そして、針山のような室内が元へと戻る。
引っ込んだ刃は、チユリに傷一つ付けずに去っていった。
マッケイもその様子に驚きつつも、すぐに立ち上がって行動を起こす。
「とにかく、外へ出ましょうか。博士もこちらへ」
「うむ、頼んだぞマッケイ。準備万端とは言わんが、アーキタイプを取り戻す最後のチャンスじゃ」
「チユリにとってもチャンスの筈ですし、彼女を援護すれば丸く収まる可能性も高いですよね」
「……マッケイ、言ってくれるのう」
「利害の一致を見てくれれば、俺だって色々やりやすいですからね」
男の子同士、仲がいいことで。
そして、瞬時にチユリの脳裏に
腐女子的な思考にリソースが回る程度には、チユリは落ち着いてきたのだ。
やると決めたら迷わない、
マッケイが博士に手を貸してる、その瞬間にはもうチユリは起き上がっていた。
「メリアがどうなるかは、メリアが決めるっての! その答をあたしは尊重するし、答が出るまで待つんだ!」
「お、おいっ! 危険じゃ、一人で飛び出すでないわ!」
「ごめんねー、博士。一人じゃいられないから、お先にーっ!」
猛ダッシュで走り出して、あっという間に玄関を飛び出る。
転げ出るという表現がぴったりな程に、チユリは
そして、早朝の青空を影が過ぎった。
あまりに高速の移動が、残像さえも見せずに飛んできた。
ズシャリと着地したのは、小柄な女の子だ。
チユリにはまだ、ちゃんとメリアに見えた。
「チユ、リ……助け、に……きま、シタ」
「メリアッ!」
メリアは、いつもと変わらぬ美貌を凍らせていた。
綺麗だが、それはチユリの愛した少女の姿ではない。
それがわかるから、慌ててチユリはメリアに駆け寄った。
まだ、彼女の全身は異形そのものだった。
だが、全く気にならなかった。
「メリア、ごめん! 不安にさせたよね? 今度サービスするから、一緒に帰ろう?」
「チユリ……あの、昨日の男性は。いえ、わたしはお邪魔だったのでは……でも」
「邪魔なんかじゃないっ! ちょっと早とちりだったかもだけど、メリアはあたしを守ろうとしてくれたんだよね? 今も、助けに来てくれた。そうでしょ?」
「は、はい」
メリアの右腕は、以前にも増して
それでも、今にも泣きそうな無表情は間違いなくメリアだった。
刺々しい機械の
「メリア、落ち着いて聞いて。わたしが伝えたいのは三つだけだから」
「は、い……」
「まず一つ目。メリアのその感情は、前にも言ったけど……嫉妬。嫉妬は誰でもあるし、あたしにもある。あと、憎しみとか恨みとか、
「それら、は、悪い、感情です」
「そうだよ! でも、好きな人を思えばいい子じゃいられない。それは別におかしいことじゃなくて、とても当たり前なことなの!」
抱き締める腕に力を込めた。
今のメリアは、首から下は冷たいマシーンの金属だ。硬くて冷たくて、容赦なくチユリの体温を奪ってゆく。
でも、構わない。
そう思って、むしろ熱意を注ぐように抱き締め続けた。
「あたしは、悪い子でもいいからメリアにいてほしい! そして、二つ目! あの博士、メリアに自由なるアンドロイドのための革命をやってほしいんだって! どう?」
「え……あ、いや、どう……と、言われましても」
「だよね! メリアが納得した答を出すまで、あたしはメリアを渡さない! メリアは全部、なにからなにまであたしのもんだ! あたしの全部がメリアのものなのと一緒!」
ビクン! とメリアが震えた。
そして、徐々にメリアの身体が縮んでゆく。
その骨格が人間サイズになって、両手両足が小さくしぼんでいった。まるで、自分を
肌の柔らかさと温かさが戻ってくる。
裸のメリアを抱き寄せながら、気付けばチユリは泣き叫んでいた。
「最後に、三つ目! メリア、大好きっ! 愛しちゃったんだコノヤロー! もぉ、言わせんなバカーッ!」
「……チユリ、わたしは」
「メリアは、あたしの彼女! 恋人っ! 新時代の女神だか母だか知らないけど、それ以前にメリアは――」
おずおずとメリアが、抱き返してくる。
まだ、その小さな手は震えていた。
けど、チユリの身を
そして、気付けば拍手が鳴り響く。
振り返れば、マッケイが
「最後に愛は勝つ、ってやつかい? いいね、俺は嫌いじゃない」
「あ、うん……マッケイ君、いつからそこに?」
「あたしは悪い子でもいいからメリアにいてほしー、あたりからかな。言ったろ? 守るってさ」
「……まず、あたしのメンタルを守れよぉ……なんだよもー」
一瞬だけ、メリアが警戒する気配を見せた。
その空気を敏感に察して、マッケイが肩を
「恋人としちゃ、君が先輩だもんな。えっと、アーキタイプ……じゃなくて、メリア」
「な、なんですか……チユリならあげませんよ。チユリは、わたしの彼女なんですから」
「まあ、見ればわかるさ。それに君らの業界じゃ、恋する女性同士の間に挟まりたがる男は嫌われる。なに、俺はチユリが望んだ恋人だからな……それくらいの予備知識はあるさ」
うんうん、
予定された本来の恋人マッケイには、申し訳ないと思う。
でも、メリアは今でもそうだし、これからもそう……チユリにとっては、愛する者以外のなにものでもない存在なのだ。見た目や違法性など気にならないし、生みの親が求めた使命なんて関係なかった。
「マッケイ君さ、もうメリアのこと傷付けない?」
「チユリがそう望むなら、ハートだって傷付けられないさ」
「なら、マッケイ君も……えっと、うちくる?」
「……それ、アリかい?」
メリアは露骨に嫌そうな顔をして、ちょっと美少女がしてはいけない表情だった。だが、
「まあ、わたしの弟みたいなもんですし? 家事育児の手が増えるのは歓迎ですし……あ、でもチユリの占有権に関してはわたし、妥協はしませんから!」
むすーっとしてはいるが、メリアはちらりとマッケイを見た。そして、そのまま抱き合うチユリの耳元に囁く。
「あれ、前に見たことあるような……チユリの本棚に沢山ある、薄い漫画本で」
「そ、それはですね……えっとぉ、うーん……うおお、メリアー、好きだー!」
「ちょ、ちょっと! 誤魔化さないでくださいっ! もぉ、チユリって凄い
「っていうか、メリアも裸だと寒いよね、うんうん……ここは愛し合いって、肌と肌とで温め合って」
「チーユーリー、そうやってまた……本当にもー、しょうがない人なんですから」
どうだ見たか、と内心チユリは舌を出した。
メリアに抱いた
これが、愛だ。
それに、難しい話や理屈はいらないと思った。メリアが危険な違法アンドロイドでも、新世代の母たるアーキタイプでも、関係ない。彼女は自分の恋人だし、彼女の恋人でいたい自分は確かなのだ。
今すぐおっぱじめそうな勢いでメリアの匂いを吸い込み、
だが……それを見ないようにしていたマッケイに、突然の異変。
彼は不意に、糸の切れた
そこにはもう、なんだか憎めない好青年の表情は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます