第18話「恋人の右手」

 お昼、恋人の作ってくれたパスタを一緒に食べた。

 そして、恋人コーデで化粧や服をもりもり盛られて、二人でおでかけ。

 手をつないで街を歩けば、晩秋ばんしゅうの寒空さえも愛おしく思えた。

 タチバナチユリ、ついにリア充になる。


「でもさあ、メリア。今日のあたし、ちょーっと派手じゃない?」

とがったコーデは感心しませんが、持ってるかわいい服は着ないとですよ?」

「そう……買った時は、ポチった時はいいなと思ったんだけどねえ」

「チユリはわたしの彼女さんなんですから、かわいいのは当然ですけどっ」


 メリアはいつも笑顔、そして素直で正直だ。

 褒め言葉を正直だと思える程度に、チユリだって図太かったりする。

 そうか、美人で綺麗でかわいいか……ムフフ。

 そう思えば図々ずうずうしいが、やっぱり気持ちが浮かれてしまう。


「オシャレのポイントは、一つ。統一感と組み合わせ、そしてアクセントですっ」

「いやいや、一つじゃないし」


 今日はメリアの見立てで、冬の装いだ。と言っても、実にシンプルである。タートルネックのセーターは、確かこれはなにかのドラマを見ていいなと思ったやつ。こう、首元を手でぐっと顔まで上げて上目遣いに見詰める仕草とか、かわいくない? みたいな。

 残念だが、チユリはひょろりと背が高いので、普通の男子とは目線の高さは同じである。上目遣い、無理。その上、身体にフィットして胸が目立つのも着てみて気付いた次第である。


「チユリは気にし過ぎですよ? もっと背筋を伸ばしていきましょうっ」

「はーい」

「わたしなんか、チョチョイといじるだけでトランジスタグラマーロリボインになっちゃうんですから。しかも需要があるんですよね、かなり」

「かなり」

「ええ、かなり」


 メリアはスレンダーな自分をラフなパンツスタイルで纏めてきた。はたから見ると、中性的なショタっ子、もといおいっ子とお姉さんに見えなくもないだろう。

 流石さすがは世界の恋人アンドロイド、なにを着ても似合う。

 だが、珍しくスカートを履いたチユリはちょっと落ち着かなかった。

 気恥ずかしいのはでも、めかしこんでるからだけではない。

 かわいい恋人にかわいいと言われて、年甲斐もなくはしゃいでしまってるのだ。


「さて、と。お野菜だけじゃなんだし、茶菓子でも買ってこうかな」

「あっ、いいですね。多分、サクラさんで食べられるタイプのものもあるかと」

「乳製品系が駄目なんだっけ?」

「あの世代ですと、そうですね」


 これから後輩のソウジに、普段よりはささやかになったおすそ分けを渡しに行く。以前は丸投げだったが、今は自宅での料理も二人だから楽しい。

 それと、ソウジの妻であるサクラは古いアンドロイドなので、飲食には制限がある。

 駅の周囲で手頃な店を探せば、すぐにメリアが声をあげた。


「こういう時は、和菓子ですねっ。あそこのお店にしましょう」

「確かに和のイメージあるよねー、サクラさん」


 繋いだ手を、メリアが優しく引っ張ってくれる。

 しっかりとチユリの手を握ってくれる。

 二人で歩けば、周囲の景色は色彩も鮮やかに通り過ぎていった。

 お店の前で、ウィンドウに並ぶ甘味を二人で眺める。どれがいいかを選ぶ会話も、自然と弾んで心地よい。どの和菓子も美味しそうで、やや過剰演出な立体映像の装飾エフェクトがキラキラとまたたいていた。

 突然メリアが小さく身震いしたのは、そんな時だった。


「っと、チユリ。ちょっとごめんなさいっ」

「ん? どったの。……って、ああ、はいはい」

「すぐ戻りますのでっ!」

「はいはーい、ごゆっくりー」


 当たり前だが、アンドロイドでもモデルによっては食事をするので、排泄もする。メリアは飲食で得たカロリーで活動できるタイプであり、より人間らしい機能を求められているので当然とも言えた。

 お花をみにいった恋人を見送り、チユリは一人しみじみと腕組み頷いてしまった。

 女の子というものは、意外とデートの時は大変なのだ。

 履いてく靴一つ取っても悩みの種だし、トイレが近いだっている。


「こういう時のタイミングは合わないんだよねえ。まあ、合わなくても別にって感じだけど」


 因みにチユリは割りと、貯水量が多い人間らしい。

 あと、女学生が一時期見せる「みんなで一緒にトイレに」みたいなのも馴染なじみがない。なにせチユリは学校では、子供の頃から自己完結型のオヒトリサマだったのだ。

 そんなことを思い出していると、不意に軽薄な声が響いた。


「ねね、お姉さん! 今って、ひま? 一人?」

「よかったら少し、俺たちと遊びにいかない?」


 あっという間にチユリは、若い男の二人組に挟まれてしまった。

 一瞬、なにが起こったかわからなかった。

 だから、頭が真っ白になってフリーズしかかる。

 もしかして、この間の夜に尾行してきた二人組?

 少し挙動不審キョドってパニクって、そして出た言葉が、


「えっと、なんで?」


 素朴な疑問だった。

 予想外のリアクションに、男たちは顔を見合わせて笑う。


「なんで、って……これ、ナンパしてるんだけどさ」

「そうそう、お姉さんが美人だから誘ってるの」

「ああ、これがナンパ! ど、どうも……でも」


 思わず面食らって、チユリは眼鏡めがねのブリッジを指で押し上げた。

 人生初のナンパだった。

 今日は確かに、いつもよりも女性らしい格好をしてるのもある。メイクだって、身だしなみ程度だった普段とは少し違うのだ。だからだろうか、まさか見知らぬ男性に声をかけられるとは思わなかったのである。

 それでもついつい、交互に二人の顔を見てしまう。


「……どっちもガッツキ肉食系の攻めっぽい雰囲気、ちょっと個人的にはイマイチ萌えないやつ、かな?」

「ん? なにか言った?」

「あ、いえ! そ、その、そういうの間に合ってますんで」

「んー、そう? 残念」


 しどろもどろになってしまったが、それで相手にも歓迎されてないことが伝わったらしい。あまりたちが悪い絡み方をされなくて、このまま去ってくれそうな雰囲気だ。

 安堵あんどに胸を撫で下ろしていると、メリアが戻ってくる。


「チユリ、お知り合いですか?」

「おっ、なーんだ。そっちも二人じゃん? 君もかわいいね」

「どう、このあと四人でさ……ん? お前……ああ、はいはい」


 男たちの片方、背が高く体格のガッチリしている青年が……突然目元も険しくメリアをにらむ。

 どうやら、メリアがアンドロイドだと気付いたようである。

 そして、チユリは改めて知った。

 今という時代にもまだ、古式ゆかしい差別や偏見が存在しているのだと。


「前にいた会社でおろしてるタイプだな。ほら、話したろ? 恋人用のやつ」

「あ、そうなの? お前、こういうの造ってたんだっけか」

「そうさ、けど今は違う。ロボットを造るロボットが導入されて、俺はこれよ、これ」


 男は自分の首を手刀でチョンチョンと叩く。

 なんだか背景が見えてきたが、そんな八つ当たりに付き合ってもいられない。チユリはそっとメリアに耳打ちし、その手を繋いで和菓子屋に入ろうとした。

 だが、その背を心無い言葉が刃となって襲う。


「待てよ、なあ! 人並みに幸せそうにしやがって。こっちのデカい姉ちゃんに、毎晩可愛がられてんのか? なあ、おい!」


 メリアに向かって男の手が、止めようとする相方を無視して伸びてくる。

 ゴツくて太いその腕に、思わずチユリはしがみついた。


「メリアに触んなっ! 警察呼ぶよ、もうっ!」

「飼い主さんは引っ込んでな! ったく、ダッチワイフでお人形さんごっこかよ!」


 理不尽、そして不条理な怒りだ。

 そして、それが小さな暴力となってチユリを襲う。

 軽く振り払っただけだろうが、悲鳴と共にチユリは尻もちをついた。それで周囲もようやく、異常な光景に足を止めて振り返る。

 だが、ささやきとつぶやきがあっという間に静寂に変わった。

 傍観者たちも、ナンパの二人組みも、固まってしまった。

 なにがあったのかと、尻をさすりつつチユリは周囲を見渡す。

 そして……信じられないものをみた。


「チユリから離れてください。今のは警告です」


 メリアの声が、まるで違って聴こえた。

 明るくて快活で闊達かったつ、ハキハキ話すあの声じゃない気がした。凍てついた刃のような、口調さえもどこか寒々しい言葉だった。

 そして、男たちの足元に白煙が上がっている。

 よく見れば、

 顔を見合わせる男たちも、表情を失っている。その言葉ももう、さっきのような軽薄さが感じられなかった。


「え、あ、ああ……」

「おいっ! な、なんだよお前っ! アンドロイドってああいうの、ありかよ!」

「ち、違……ありえねえよ。今の生産ラインじゃ、こんな」


 明らかに空気さえも凍りついていた。

 そして、その中心に絶対零度の殺意を感じて、チユリはゆっくりと視線をスライドさせる。

 そこには……右腕を男たちに突きつけるメリアの横顔があった。

 その手は、チユリの身体で触れてない場所のない手は……

 それはどう見ても、目の前の人間に突きつけられた銃口だった。

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