第27話「男の子ってこういうのが好きなんでしょ、的な」

 チユリは目を疑った。

 逆に、腕の中のメリアが緊張感を漲らせる。

 妙な既視感デジャヴは、突然の現象がよくあることだと告げてくる。そう、まれによくある……ゲームや漫画なら日常茶飯事だ。

 でも、チユリが苦手なジャンルかなとも思う。

 そう……ゾンビがわらわら出てくるタイプの娯楽作品によくあるパターンだった。


「あわわ、ちょ、ちょっと! マッケイ君っ!」

「いけません、チユリッ! 妙です、彼にアクセスできません」

「えっ、なにそれ……そゆことできるの? アンドロイドって」

「アンドロイド同士、緊急時に他者に気付かれない会話を交わすことができます。でも、変……あの人、呼びかけに応じないんです」


 突然、マッケイはたましいでも抜けたかのように崩れ落ちた。

 そして、力学的に不自然な様子で立ち上がった。まるで、に見えたのだ。人間の骨格と筋肉では、不可能な動きだった。

 マッケイの目には今、光がなかった。

 なにかを言おうとする口から、言葉にならない声が漏れ出ている。


「ア、ガガ……ッグ! ハァ、ハァ……」


 仲間が突然ゾンビになってしまうような、そんな展開だった。

 だが、これはパニックムービーではないし、映画館を出れば日常に戻れるというものでもない。何故なぜなら、この異変を演出した死霊使いネクロマンサーが存在するから。

 諸悪の根源にして元凶は、静かに山荘から出てきた。

 それは、鉢須賀ハチスカダンゾウだった。


「アーキタイプ、落ち着きを取り戻したようじゃな。さあ、ワシの元に戻っておいで」


 創造主であり製作者、いわゆる親としての優しさはあったような気がする。

 けど、ダンゾウの言葉に思わずチユリは噛み付いてしまった。

 男女同権は勿論もちろん人機同権じんきどうけんだっていい感じに進んでる昨今、まだダンゾウには見果てぬ夢があるのだ。それは一種の優生思想で、アンドロイドに今以上の自由を求めている。

 話が上手く噛み合わぬままだったが、チユリには改めて言いたいことがゴマンとあった。

 だが、それより今はマッケイの変貌が心配である。


「博士、なにしたのさ! 普通にキモいんですけどっ! あと、もう諦めたら?」

「なにを言うかね、ミズ・チユリ。終わってなどいない、むしろ始まってすらいないのだ」

「あたしには、あんたの大事なメリアをさらって愛の逃避行って手もあるんだからね!」

「……できるかね? おぬし、本来の恋人を置いて逃げられるとでも?」


 その通りだ、図星ずぼしである。

 チユリは自分なりに、女は義理堅くなければとも思うのだ。女というか、人として最低限の節度、モラルやマナーには敏感でありたい。

 端的に言えば、今……悪の科学者が元カレ? を突然洗脳して操り出したようなものだ。


「あ、でもまだ付き合ってないから……前カレ? いや、違うな……別ルートカレ?」

「チユリッ、そういうのはいいですから! 今は下がってくださいっ! わたしっ、守りますから!」


 裸のメリアが、チユリを背にかばって前に出る。

 こんな華奢きゃしゃな、線の細い少女が必死に自分を守ろうとしてくれている。

 それを再度確認したら、いよいよチユリだって黙ってはいられない。


「博士さ、そもそも論だけどさあ! アンドロイドの自由より先にっ、メリアの自由の話! 多数の自由のために一個人が自由を失ってるなら、それは間違ってる! あと、あたしは不特定多数のモブより、メインヒロインをすに決まってるでしょ!」


 そう、ダンゾウの理想は矛盾むじゅんに満ちている。

 彼が言うように、アンドロイドに認められた権利は未だに不十分だろう。日常生活では困らない些細ささいなことも、気になりだしたら極めて重大なことだと思う。

 だから、長らくアンドロイドを生み、育てて見守った彼のいきどおりは、わかる。

 理解はできるのだ。

 だが、共感することができない。

 何故ならば――!


「百歩譲ってあんたがメリアの親ならっ! 子に自分のあれこれ背負わせて縛って、それで自由なんて絶対におかしいっての!」


 だが、ダンゾウの返答は言葉ではなかった。

 ゆらりと一歩を踏み出したマッケイが、次の瞬間には目の前に立っていた。まるでおおってあっするように、長身の彼がジャケットの内側から銃を取り出し構える。

 陽光を遮る殺意を見上げながら、チユリは絶句に固まった。

 そして、銃声が響く。


「チユリッ、こっちへ!」


 凶弾がチユリをかすめた。

 光学兵装を無効化するメリアに備えた、実体弾の銃だった。

 その鉛弾なまりだまを、メリアの腕がはじいた。

 チユリを守る恋人の左手が、再び巨大な悪魔の鉤爪かぎづめを光らせていた。

 メリアはその左手でチユリを引き寄せようとして、一瞬の間を挟んでから右手で抱き寄せてくる。

 続けざまに放たれる銃弾を、メリアは文字通り身を盾にしてチユリを守ってくれた。

 そんな光景を離れた場所で見守りながら、ダンゾウは静かに言葉を選んでくる。


「犠牲と献身の必要がない革命など、ありはせんよ。それに、自由とは与えられるものではなく、勝ち取るもの。時には戦い、奪うものじゃからのう」

「なーにがっ、うばうものじゃからのー、だっての!」

「ミズ・チユリ。お主の言葉は耳に痛く、同時に胸に心地よい。まさしく正論じゃ。その真っ直ぐさを持って、これからのアンドロイドやロボットに接してやってほしい」

「アッ、ハイ……じゃねーっての! ああもう、なんなのよさーっ!」


 ダンゾウには不思議な諦観ていかんの念が感じられた。ともすればそれは、穏やかな開き直りだ。自分でも矛盾に気付いていて、悪いとは思いつつも考えは改めない。やるしかないと決めた人間特有の、ある種の哀愁あいしゅうすら感じられた。

 だが、そんなセンチメンタルで恋人のアレコレを勝手に決めてもらっては困る。

 そうは思うが、今はメリアと一緒に逃げ惑うしかできなかった。

 突然豹変してしまったマッケイは、常人ならざるスピードとパワーで遅い来る。すでに銃を捨てた彼は、獣のような雄叫びと共にこぶしを振り下ろしてきた。


「チユリ、恐らくこの人……既に父さんの術中にあります。恐らく、深層心理を構成する基本プログラムが書き換えられてるかと! ……チ、チユリ?」

「今、父さんって言った……エモし! そっかあ、そうだよねえ。メリアのパパだよねえ」

「わたしの中に、他に該当する単語がなかっただけです!」


 マッケイの攻撃は、あのメリアですらさばくのに精一杯という猛攻だった。ダンゾウが非合法に製造したメリアと違って、マッケイはごくごく一般的なラヴァータイプの男性型アンドロイドである。

 そして、チユリが心配した通りに事態が変化し始める。

 あんなに紳士的でウイットに富んでいた好青年が、暴れるままに鮮血を撒き散らす。血煙はアンドロイドの体内に流れる潤滑液だが、彼の全身から吹き出していた。

 鬼神にも似た憤怒ふんぬの形相も、血の涙を流しながら赤く濡れてゆく。

 驚き身を固くしたチユリを、メリアが逃がすように突き飛ばした。


「メリアッ!」

「だ、大丈夫、です……でも、このパワー……きっと、リミッターが。その負荷にボディが耐え切れてません。この人、このままじゃ」


 豪腕でマッケイと組み合うメリアの、その右腕が沸騰している。泡立ち輪郭を空気に溶かすようにして、巨大な武器に変形モーフィングしかけていた。

 それをメリアは、必死でこらえているようにチユリには見える。

 マッケイを殺して停止させるのは、恐らく彼女には容易たやすいのだろう。

 でも、メリアは安易な最適解を選ばぬことをこそ、戦いと見出して踏ん張っていた。

 だからこそ、余裕の歩調で近付くダンゾウをチユリはにらんだ。


「そうだ、あの時も……今、思い出した。あたしは、なんで気付けなくて……!」


 そう、小さな違和感をチユリは感じ取っていた。

 メリアとの日々が、その全てが克明こくめいに我が身に刻まれていたから。我が心に今も、息衝いているから。でも、チユリは以前のメリアとの会話を今になって思い出す。

 マッケイは間違いなく、チユリがオーダーしたチユリ好みの理想の男性だ。

 だが、その彼がチユリを好きだと言ってくれた。


 ――


 大好きなゲームのキャラ、ナギ様こと草薙剣クサナギノツルギ(を擬人化したイケメン男士)そのものなマッケイは、確かにチユリの求めて欲した姿だ。

 その彼が、チユリを好きだと言ってくれたのだ。

 繰り返し、それはありえないんだと今は言える。


「博士っ! あたしは、あーもぉ! なんで今さら! もっと早く気付いていれば!」


 目の前に立つエプロン姿の老紳士を、チユリはきつくすがめた。

 そして、自分の失念していた基礎的な、本当に初歩的なことを叫ぶ。

 忘れていた自分に、今後の忘却を許さぬように声を張り上げた。


「メリアが言ってた! ラヴァータイプのアンドロイドたちは、あらかじめオーダーしてくれた人間の好みや性格といった情報を持っている! でも、でもっ!」


 マッケイは、チユリがオタクな腐女子ふじょしだと知ってたし、これから恋人になる男性にチユリはそれを隠さなかった。


「でも……アンドロイドは配送の後に開封され、! 自分が持ってる相手への情報が、その時にようやく感情へ紐付ひもづけられるんだ!」

「……ほう? 今更いまさらながら、よく気付いたのう」

「あたし、バカだ……アンドロイドって、起こしてくれた人がオーダー主だから好きになってくれるんだ。マッケイ君は、あたしを知ってても……あたしをまだ、本当は好きになれていない筈なのに」

「そういう焼付やきつけの原始的な情報は、てして制御しやすいのじゃ」


 そう、本来ならば……マッケイがチユリにれていること、好きだと言うことはありえないのだ。何故なら、二人は出会わなかったのだ。チユリは理想の恋人として彼を求めたが、求められたマッケイは自分の持つ情報が恋愛感情になるイベントを経験していない。

 目覚めた時にチユリがいなかったのに、チユリを好きになる筈がないのだった。


「さて、ミズ・チユリ。最後の対話じゃよ……おとなしくアーキタイプを渡してくれんかね? 無論、事がなったらお主の望む形でアーキタイプを進呈しんていしよう」

「渡してとか、進呈とか! メリアは物じゃないっ!」

「ほう? では、なんじゃ。理想の恋人を求めてマッケイを生み出し、代わりに手違いで現れたアーキタイプは、なんじゃ! 都合よく人と物とを使い分けてるのはどっちか!」


 ちらりと見れば、メリアが苦戦していた。

 相手を傷付けずに無力化することが、難しいのだ。チユリも少し聞きかじったことがある……いわゆる「殺さず」で戦って勝つことは、余程の実力差がなければ難しいらしい。

 そして、狂戦士バーサーカーと化したマッケイの強さは、メリアに圧倒を許していない。

 だが、チユリの視線に気付いたメリアは、微笑ほほえんだ。

 大丈夫だと安心させるように、強く頷いてくれるのだった。

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