あれが、勇者……?
「ま、次からは気を付けな。戦場じゃ俺も気を付けてるけどさすがにプライベートな時間まではいつもいつも見てられないしよ」
厭味ったらしくするりと剣を操って鞘に収めたドゥケを、私はギリギリと歯を食いしばりながら睨み付けてた。
と、次の瞬間、私の目の前にドゥケの顔が来てた。それと同時に私の唇に何かが触れる感触が―――――
『…っ!?』
唇だった。ドゥケの唇が私の唇に……!
それに気付いて体を除けようとしたけど、疲れ切った私の体は腰が抜けたみたいにその場に崩れ落ちてしまった。しかもドゥケに支えられながら。
チャラチャラヘラヘラしたそいつの腕が私の体を支えてることに気付くと同時に、まるで太い大木に寄り掛かったみたいな感触があった気がした。ドゥケの腕は、私の体の重みを完全に受け止めて全く動かなかった。それがどれほどのことか、さすがに私にも分かった。
それを理解した私の背筋を、冷たいものが奔り抜ける。それは、途方もない力の差を思い知らせるものだった。先にそれに気付いたことで、唇を奪われたことは頭から吹っ飛んでた。
『な…何なのこいつ……!? 人間じゃない……!?』
そう感じるほどのものだった。私達がどんなに鍛えても辿り着けない境地にこいつがいることを感じてしまった。
それからようやく唇を奪われたことを思い出して、今度はカアッと顔が熱くなった。初めてだった。初めてだったのに……!!
「―――――!!」
怒ると言うより、勝手に涙が溢れてた。怒鳴りつけてやりたかったのに声は出ず、私は力の入らない脚で何とか地面を踏みつけて、その場から走り去った。
「どうしたの?」
自室に戻ると、同室の騎士団員達が私を見て言った。
「何でもない…!」
唇を何度も拭いながら私はそう言って、着替えを手に取って湯あみ場へ向かった。何度も頭から湯を被って唇を洗った。
『汚らわしい汚らわしい汚らわしい……っ!!』
あいつの唇の感触を消したくて何度も洗うのに、それは消えてくれなかった。悔しくて悔しくて泣けてきて、咄嗟にぶん殴ってやれなかった自分が情けなくてまた涙がこぼれた。
『許さない許さない許さない…っ!!』
「絶対に許さない……っ!!」
……でも、許さないといくら頭で思っても、私の体は覚えてた。あいつの腕に支えられた時に感じたものを。あれは人間では絶対に勝てないものだと心底感じた。<初めて>を奪われたことを理由にあいつに戦いを挑もうとか考えるだけで、体が勝手に震えだしてしまう。
『あれが、勇者……?』
あれほどの境地に達しないと、魔王軍を退けることはできないの……?
湯を浴びてるのに、私の体が冷え切っていくのを感じてたのだった。
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