せめて勇者様さえ
リデムとドゥケが出会ったのは、ある戦場でのことだった。当時からリデムは騎士や戦士達を支援する魔法使いとして前線で戦っていた。でもこの頃はまだ、後方から攻撃魔法で援護するのが主な役目だった。
だけど魔王軍の勢いが強く、戦力差そのものは大きく開いていなくても人間の側は押され気味だったという。
リデムも懸命に戦ったが、仲間達は次々と倒れ、彼女も劣勢を肌に感じて精神的に疲弊していた。
『せめて勇者様さえいてくれたら……』
いくつかの戦場には<勇者>と呼ばれる、騎士よりも戦士よりも強い退魔の力を持った者が先頭に立ち、次々と魔王軍を倒していったそうだ。
けれど<勇者>の数は絶対的に少なく、いくら一騎当千の力を持ってはいても全ての戦場をカバーすることはできなかった。リデムがいた部隊も、魔王軍の侵攻を遅らせることだけが役割の、ある意味では単なる障害物のような存在でしかなかった。戦死者が出れば新しい人間が補充されるだけの、要するに捨て駒の寄せ集めだったのかもしれない。
それでも、自分達が突破されれば人の世界は終わると、リデム達は必死に戦った。
傷付き、疲れ果て、心がそれに悲鳴を上げて凍り付いても戦った。
でもある日、身長三メートルを超え、人間の体よりも大きな戦斧を自在に振り回すオーガに率いられた魔王軍の部隊がリデム達の野営地を急襲。疲れ果てた彼女達にはそれに抗う力は残されていなかった。
リデム自身も
『…死ぬ…私もこれで死ぬんだ……』
思えば幸薄い人生だった。両親は魔物に殺され、施設で魔法使いとしての適性を見出されたもののその修業はもはや非人道的なもので、命の危険に晒すことで強制的に魔法の力を引き出すというものだった。実際それで、彼女と一緒にいた孤児達が何人も命を落とした。死ぬか、魔法使いになるかという二者択一だった。
そんな中でかろうじてリデムは生き抜き、魔法使いとして戦いに赴いても、待っていたのは修行以上の過酷な戦場だった。それまでの散発的な攻撃ではなくて、組織立った本格的な侵攻が始まったのが、ちょうど彼女が配属された頃だった。非人道的な修行と思ったけれど、それでも戦場に比べればまだマシだったと彼女は思い知らされた。
いっそ、修行で命を落としていた方が苦しまずに死ねたかもしれない。そう考えてしまうほどの……
『せめて恋の一つくらいしたかったな……』
死の魔法を浴びて体はもう動かず、迫りくるゾンビ兵にさえ抗えない状態で、リデムは涙を流しながらそう思ったのだった。
なのに、そんな彼女の耳に届いた声があった。
「大丈夫だ。俺が死なせない」
それがドゥケだった。ドゥケの剣がリデムの体に触れた瞬間、死の魔法は無効化され、力が溢れた。
「今から俺が奴らに突っ込む。援護頼むよ」
体を起こしたリデムの目が、オーガへと向かって走っていくドゥケの背中を捉えていたのだった。
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