無念を悼む

 そこは、やっぱり深い森の中だった。灯りの類がまったく見えない、本当の闇だ。辛うじて月明りのおかげでぼんやりと木々の陰が見える程度か。

『ドラゴンは…?』

 空を見上げても、何も見えなかった。それどころか静かすぎるくらい静かだった。虫の声すら聞こえないのは、ドラゴンの気配に怯えているからだろうか。

 だけどやっぱり何も聞こえない。ドラゴンが羽ばたく音も、咆哮も。ずっと離れたところに移動したんだろうか。それとも<粛清>を済ませてさっさと帰ってしまったのだろうか。

 そのどちらかは分からないけど、とにかく静かだ。でも、しばらくすると少しずつ虫の声が聞こえ始めた。それはつまり、ドラゴンの気配が完全に消えたってことかな。

「ふう……」

 そこでようやく、私は大きく息を吐くことができた。ポメリアのヒールのおかげで体は完全に回復したのかどこも痛くないし苦しくないし辛くない。

「ポメリアは大丈夫?」

 私が問い掛けると、彼女も「うん」と頷いてくれた。

「良かった…」

 それが一番ホッとした。

 だけど、落ちる途中で見た時にもどこにも灯りが見えなかったこんな森の中に二人きりじゃ、それこそ危険だ。魔物がうろついてるかもしれないし、獣だっているかもしれない。人間なんて、武器も持たずにこんなところに放り出されたら、それこそただの餌じゃないかな。

 お父さんも言ってた。

「人間は弱い。それだけでは犬にも勝てないひ弱な生き物だ。だからこそ鍛錬を積み、己を鍛えるのだ。でなければ生き残ることさえままならない」

 その通りだと思う。今、獣に襲われたらそれこそ成す術なく腹の中に納まってしまうと思う。

『せめて何か武器になるものは…』

 そう思って辺りを見回すと、少し闇に慣れた目に、ぼんやりと木の陰だけじゃないものが見えてきた。

『これは……!?』

 そこにあったのは、おびただしい兵士の亡骸だった。

『王国軍の…?』

 私は近くの亡骸に近付いてみた。確かに王国軍の鎧を身に付けた、完全に白骨と化した騎士と思しき遺体だった。剣を手にしたまま、力尽きるように地面に突っ伏してた。

 ポメリアと二人で手を合わし、彼らの無念を悼む。

 だけど今はむしろ幸運だったかもしれない。少なくともこれで武器が手に入ったんだから。

 剣が二本。短剣が五本。盾が二枚。

 ポメリアの力じゃ剣は振れないから盾と短剣だけを持っててもらった。

 それにしても、一応は騎士としてこういうことにも心構えを作ってた私がこの光景を前にして思った以上に落ち着いてられるのは分かるにしても、ポメリアも何だかすごく平然としてる気がするんだよな。

 不思議。


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