第11話 無人島で初めての食事


 話し合いが一段落したところで、僕のお腹が鳴った。

 事故が起きてから、ほぼ丸一日なにも食べていないのだ、仕方ない。


「そろそろなにか食べようか」

「いいわね!」

「でもなに食べんの?」

「鞄の中にお菓子があるから、それをみんなで分けよう」


 そういって僕が鞄から取り出したのは、某カロリーブロックだ。

 一箱二袋入りで、一袋に二本のクッキーが入っている。

 栄養バランスが考えられており、手軽にカロリーが摂取できるので、小腹が空いたときの軽食や非常食代わりに、いつも鞄に入れているものだった。


「あっ、それうまいよな。でも口の中パサパサにならない?」


 浜崎が笑みを浮かべる。


「ココナッツジュースと一緒に食べるといいんじゃないかな」


 ココナッツは、いまの僕たちにとって、貴重な水分供給源なので、気軽に飲むことは躊躇われるが、今日はまだ午前中に一つしか飲んでいない。

 それも五人でだ。


 ココナッツは成熟具合にもよるけど、多ければ一つ当たり1リットル近くジュースが入っているらしい。

 ただ午前中に開けたココナッツはある程度熟していたので、500~600ミリリットル程度だったと思う。

 つまり一人当たりコップ一杯の水分もまだ摂れていないという計算だ。


 人間が一日に必要な水分は2リットルなので、一人当たり一日2~3個分は飲んでもいいんだけど、五人だと一日10個以上になる。

 その数を毎日消費すると、二、三日で手が届く物は採りつくしてしまうだろう。


 問題は、それまでに救助が来るかどうか。


 昼間の活動を抑えて、水分消費を減らせば、もう一日か二日は伸ばせるかもしれないけど――。


 ココナッツの配分について考えていると、白川が口を開いた。


「そういえば、さっきの薪拾い中にココナッツも拾ったの。ただ芽が出てるみたいなんだけど、これって飲めるのかしら」


 白川が拾ったというココナッツを見せてくる。

 たしかに茶色いココナッツから、緑色の新芽が伸びていた。


「これくらい成長していると、もうジュースは入ってないと思う」

「そうなの? なんだ期待して損しちゃった」


 白川が唇を尖らせる。


「こういうココナッツはジュースこそ入ってないけど、中にスポンジみたいな胚芽が詰まってるんだ」

「胚芽? もしかして食べられるとか?」

「うん、たしか食用のはずだよ。芽が出てるなら腐ってることもないだろうし。たぶん大丈夫」


 ココヤシの木には自生北限というものがあり、日本くらいの緯度だと、ココナッツは流れ着いても、越冬できなくて芽が出ずに腐ってしまう。

 だから芽が出たココナッツを実物で見るのは、僕もこれが初めてだったりする。

 当然食べたこともないから、すこし自信がないけど、問題ないと思いたい。


「開けてみるから、みんなはお菓子でも食べてて」

「うん――ってちょっと待って、このお菓子って全部で四本しかないわよ」


 白川がそう言って、手を止めた。


「結城君のものなのに、他ならぬ君を差し置いて、食べるなんて私にはできないよ」


 神山もそう言って、僕の目をまっすぐに見つめる。

 生真面目なやつだ。


「気にせず食べなよ。僕は代わりにココナッツを食べるから」

「それなら私がそちらを食べるよ」


 神山も譲る様子はないようだ。

 ちょっと困るな。

 みんなにはお菓子だけ食べてもらいたいところなんだけど。

 どう説得しようか。


「ねえ、みんなで分けあったほうが、栄養バランス的にもいいんじゃないかしら」


 今度は柚木先生が提案する。

 養護教諭としては、やっぱりそこは気になるのか。

 でもいまは目を瞑ってほしいところだった。


「それはそうかもしれないですけど、もしかしたら痛んでたり、体質によってはお腹を下すかもしれないので、みんなは安全なそっちだけ食べる方がいいと思うんだけどーー」

「つまり、結城君はあえて毒見役を買ってでようって思ってるわけね?」


 柚木先生が目を細める。

 おっと、余計なことを言ってしまった。


「そうなのか? ならば尚のこと、結城君がそちらのお菓子を食べるべきだろう」


 神山も追随するように言ってくる。

 この流れは面倒だな。


「毒見だなんて物騒なことじゃないですよ? 僕は胃腸が強い方だからお腹を下す可能性も低いし、それにみんながお菓子だけ食べるほうが、結果的に僕自身のためにもなると思います」

「どういうこと?」

「もしみんなで同じものを食べて集団食中毒が発生すれば、全員が危機的状況に陥るかもしれない。先生ならその状況の恐ろしさは理解できますよね?」


 一般的な食中毒の症状は下痢や嘔吐といったもので、それ自体は直接命に関わる症状ではない。

 薬を飲んで、点滴もしくは、しっかりと水分補給をしながら、安静にしていれば数日中に完治するだろう。

 しかしサバイバル環境下では、薬も、安全な水も、体を休めるベッドもない。

 実際、医療や衛生環境が十分に整っていない、発展途上国では下痢や嘔吐で脱水症状になり、そのまま命を落とす場合もあるのだ。

 柚木先生がこれらについて知らないはずがない。


「それは……その通りだけど、結城君が危険を冒す必要はないでしょ。なんなら私が――」

「それは駄目ですよ。医療の知識と処置方法を一番理解してる先生が倒れたりしたら、それこそ危機的状況になりかねない」

「う、でも……それじゃあ、どうすれば――」


 柚木先生が迷い始める。

 もうひと押しか?

 次の言葉を考えていると、神山が口を開く。


「私なら適任ではないか?」


 柚木先生はともかく、神山を説得する材料は特にないんだけど、どうするか。


「神山――いや、なぎさもそっちを食べてほしい」

「どうしてだ?」


 不思議そうな表情で僕を見てくる。

 正直に答えるかすこし迷った。

 だけど神山は鋭いからな。

 嘘や誤魔化しがバレれば、納得はしないだろう。

 正直に話すしかないか。


「万が一でも、なぎさが苦しむ顔なんて見たくないから」


 僕たちが出会ってからの時間は短いが、すでにみんなへの好意は芽生えつつあった。

 ひとまず恋とか愛は置いといて。

 友情か、仲間意識か、あるいは戦友みたいなものかもしれないが、全員無事に帰ることが目的になっていた。

 だから結局は自己満足ということになるのかもしれないけど、それが本心だった。


 なんか自分で言っておいて、めちゃくちゃ恥ずかしいな。

 神山に正面から向き合うと、目を見開いて、僕を見ていた。


「そ、そうか。結城君の気持ちはよくわかったよ」

「えっと、まあ、そういうことだから」

「う、うん。結城君の言うとおりにしよう」


 顔を赤く染めた神山が小さく頷いた。

 普段とのギャップに、思わずドキリとする。


「こほん」


 わざとらしい咳が聞こえて、僕と神山はさっと視線を外した。


「どうしても自分でやるつもりなのね?」

「まあ、そのほうが問題は少ないと思います」

「……わかったわ。その代わり、体調が悪くなったらすぐに言うのよ?」

「ありがとうございます。そのときは頼りにさせてもらいますね」


 柚木先生も渋々ながら納得したので、さっそくココナッツを開けてみる。

 やり方は午前のやつと同じように、ステンレス定規と流木のハンマーで切り口を作って、そこから外側の繊維を毟り取った。

 これであとは固い内果皮を割るだけだ。

 ココナッツを近くに落ちていた石で叩いてみる。

 たしかココナッツの横側中央を叩けばいいはずだけど――。

 ガツガツ叩いていると、罅が入った。

 よし。

 あとは両手で左右に押し広げると――ココナッツは真っ二つになった。

 殻の内側は、周縁部に固形胚乳がくっついており、中心部にはこぶし大の白い胚芽がみっちりと詰まっていた。

 本来はこの中心部に液状胚乳のジュースが入っているのだが。


「おー、そんな風になってるんだ」


 浜崎が興味深そうに見る。


「アタシも食べてみたいな」

「腹下しても知らないぞ?」

「一口だけならいいでしょ?」


 浜崎がさり気なく、ボディタッチしてくる。

 さっきのやり取り見てただろうに、どういうつもりなのか。

 遭難時は下手なものを食べるくらいなら、なにも食べずに救助を待つ方が安全なくらいだと思うんだけど――。

 柚木先生に視線を送る。


「浜崎さん、いまはやめておきましょ」

「でも、これ一本じゃ全然足りないし。もうお腹空きすぎて、苦しいんだけど」


 浜崎がそう言って、僕の顔をチラチラ見てくる。

 はあ、しかたないか。

 サバイバルが長期間続く可能性を考慮すると、余裕のあるうちにテストしておくのも悪くはないのかもしれない。

 体力の低下とともに、免疫力も落ちていくからなあ。


「一口だけだぞ」

「やった」


 本来は世界標準可食性テストってやつをするのがいいんだけど、ココナッツに関しては毒がないことは確かなので、それは省いても問題ないだろう。


 匂いを嗅いで、腐敗臭がしないことを確認すると、まずは僕が一口齧ってみる。


 ふわふわとした食感。

 だけどすこしシャキシャキした感じもあって、噛んでいるとほんのり甘みが出てくる。


「どう?」

「意外とおいしい」

「ほんと!? じゃあアタシも一口」


 浜崎が齧り付く。


「結構イケるじゃん」

「ねえ、どんな感じなの?」


 白川が興味を示す。


「んー? すこし歯ごたえがあるマシュマロみたいな感じ?」

「なんだかおいしそうね。私も一口食べてみたいな」

「僕たちがお腹下したりしなければ、また今度食べれてみればいいよ」

「そうよね、結城君は私たちのために食べ物分けてくれてるんだもん。わがまま言っちゃだめよね」


 白川たちはおとなしくカロリーブロックを食べ始めた。

 そのくらいならわがままってほどでもないんだけど――。


「ものすごくおいしいってほどでもないよ?」

「そうそう、アタシはこっちのが好きかな。喉は渇くけど」


 浜崎がカロリーブロックを指差す。

 

 みんなも飲み物がないときついだろうから、次は緑色のヤングココナッツを開ける。

 ステンレス定規を刺して、流木で叩くと、中のジュースが零れてきた。

 どうやら、内果皮を突き破ってしまったらしい。

 ポリ袋を下に敷いていたので、無駄にはならないけど、危ないところだった。


「どうやら大分若かったみたいだな。予想以上に内果皮が柔らかかったよ」

「でもジュースはいっぱいね」


 今度のココナッツは1リットル近く、ジュースが入っていた。

 白川がカップにジュースを入れて、一口飲む。


「ん? なんか青臭いわ」


 白川が眉根を寄せる。


「ちょっと飲ませてくれる?」


 僕もジュースをすこしだけ口に含む。

 たしかに青臭いにおいがする。


「腐敗臭じゃないから、単純に未成熟すぎるだけだと思うけど――」

「ちょっと飲みにくいわね」


 白川が困った顔になる。


「別のココナッツを開けてみる?」

「これはどうするの?」

「僕が飲むよ」


 昨夜の飲み物に比べれば、どうということはない。

 まあ他に飲み物があるなら、遠慮したいところだけど。

 顔に出ていたのか、柚木先生が口を出してきた。


「待って、私が飲むわ」

「でも、あんまりおいしくないですよ」

「いいの。私は好きよ、青臭いの」


 柚木先生がニッコリ微笑む。

 そして有無を言わさず、ココナッツを持っていく。

 たぶん僕たちを気遣ってるだけなんだろうけど、断るのも悪いかな。


「わかりました。みんなもそれでいい?」

「え? でも――」


 白川が怪訝な表情をする。


「せっかくの好意を無碍にはできないよ」


 白川にだけ聞こえるよう、小さく囁く。

 大人の矜持か、先生としての責任感かはわからない。

 いや、その両方かもしれないけど、僕たちに頼ってばかりは辛いんだと思う。

 だから、こういうときくらい、素直に頼ってもいいんじゃないかな。


「あっそうか」


 白川が納得する。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもありません。それより私も先生に任せていいですか?」

「ええ、もちろん!」


 柚木先生が元気よく答えた。

 すこしだけ表情が明るくなったように見える。

 やっぱり内心では、いろいろ気にしていたのだろうか。

 浜崎は首を傾げていたが、神山はなんとなく察した顔をして黙っていた。


 みんなの気が変わらないうちに、別のココナッツを開ける。

 今度はさっきのより、熟した見た目のものを選んだ。


「うん、さっぱりしておいしいよ」


 これは当たりだ。

 新たなココナッツをみんなで分け合いながら、無人島での初めての食事は楽しく過ぎていった。


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