第21話 カヌープラント


 川辺をのんびりと散策していると、みんなが水浴びを終えて、僕の方へと向かってきた。

 しっとりと濡れた髪を結いあげていて、どことなく色気がある。

 昨日だって、濡れた姿は見たはずなのに、それとは印象が違う。

 先ほどの光景を、思い出してしまったせいかもしれなかった。


「おまたせ」


 白川が言う。

 いつもどおりの何気ない調子を心がけているようすだったが、すこし恥ずかしげで視線を合わせようとはしなかった。


「もうすこしゆっくり乾かしてきてもよかったのに」


 なるべく普段通りを意識して僕は言った。

 みんなが水浴びしていたのは大体一時間ちょっとだろうか?

 長いようで、そうでもない時間。

 服もまだ生乾きに見える。


「あんまり遅くなると、今度は結城君の乾かす時間がなくなるでしょ?」


 柚木先生が空を見上げた。

 太陽はまだ高く、時間的な余裕はありそうだけれど――また急な雨が降る可能性もあるし、せっかくの厚意なので、さっさと僕も済ませることにしよう。


「わかりました。それじゃあ行ってくる」

「あ、待って。これ……ありがと」

「あぁ、うん。どういたしまして」


 浜崎から貸していた歯ブラシセットを受け取る。

 なんとなく顔を合わせにくくて、ぎこちないやりとりになった。


「わかっていると思うが、結城君は一人なのだから気をつけてな」


 神山からはそんな忠告を貰った。

 野生動物――おそらく野ブタかなにかは、もうどこかに行ってしまったようだけど、またやってくるかもしれない。

 手元に武器の一つや二つ用意しておいた方がいいだろうか。


「気をつけて行ってくるよ」





 滝壺に一人戻って、まずは洗濯を済ませた。

 焚き火のそばに服を干し、体を洗う。

 そこで思わず、先ほどの光景が甦りそうになって、水の中でしばらく頭を冷やすことにした。

 その後、歯磨きも無心で終わらせると、生乾きの服を着て、みんなのところに戻る。


「ごめん。思ったより時間がかかって――」

「いいのよ。服が乾くまで、結構時間が必要だものね」


 柚木先生が僕の格好を見て言う。

 まあ、それもあるけれど――。

 余計なことは言わずにおこう。


「そろそろ浜辺の拠点へ帰ろうか?」

「なあ、それなんだけど、こっちに拠点を移したほうがいいんじゃない?」


 浜崎が言った。

 移動するのが、面倒だと表情に出ているけれど、一理ある。

 水は生きていくうえで欠かせないのだ。

 そういう意味では水場の近くは、生活しやすいだろう。

 でもそれは他の動物たちにも当てはまることだった。


「その案も考えてはいたんだけど、やっぱり水場は野生動物も集まってくるみたいだからね。このくらいの距離なら、あの場所のままでもいいんじゃないかな。みんなはどう思う?」

「う~ん、確かに寝ているときに、なにかやってきたら嫌だもんね」


 白川が周囲を警戒するように言う。


「雨が降ったら増水の危険もあるのでないか?」

「それもあるね」


 神山の意見に僕は頷く。

 もっとも浜辺であっても、高潮などに注意は必要だけれど――。


「そっかー、いい考えだと思ったんだけど」

「悪いわけではないよ。もっと安全性を確認してからでも遅くはないって話だね」


 とはいえ、もし嵐が来たりすれば、もっと島の奥へ避難しなくちゃいけないかもしれないから、この近くに避難場所の候補地を探しておくのはいいかもしれない。

 食料も海のものに頼りきっていると、いざというとき危険だし――。

 そういえば。

 さっきこの辺りでイモっぽい植物を見つけたんだった。


「帰る前にちょっと調べたいものがあるんだけど、みんなもすこし付き合ってくれないか」

「いいけど、なにを調べたいの?」


 白川が表情に好奇心を覗かせる。


「タロイモらしき葉っぱを見かけたから、もしかしたら食料が手に入るかもしれないと思ってね」

「タロイモって、あのタロイモボールの?」


 浜崎がなんだか嬉しそうな顔をする。

 意外だ。

 タロイモは日本ではマイナーだと思ってたんだけど。


「よく知ってるね」

「タピオカの次はタロイモのスイーツが流行るってSNSで言ってたよ」

「ああ、それでか……」


 タロイモはタピオカミルクティーの発祥地でもある台湾などではスイーツをはじめ様々な食べ方がある。

 浜崎のいうタロイモボールもそのひとつだろう。


「で、どこにあったの? 早く採りに行こうぜ~」

「まだ確定じゃないぞ? それに野生動物が掘り起こした跡もあったし」」

「なら余計に急がないとなくなるんじゃないの?」

「落ち着けって」


 急かしてくる浜崎を宥めつつ、見つけた場所へみんなを案内する。

 目的地は川辺のすぐ近くだ。


「この葉っぱがそうなの? なんだかサトイモみたいね」


 柚木先生が言う。


「サトイモはタロイモ類のうち最も北方で栽培されている品種だとか聞いたことがありますよ」

「へーそうなんだ。どうりで似てるわけね」


 近くで観察しても、素人目には違いがよくわからない。


「他にもよく似たクワズイモなんてやつもあるんですけど、これはブタかなにかの動物が掘り出してるんで、たぶん人も食べることができる種類だとは思いますよ」


 実験用のマウスじゃないけれど、野生動物――それも哺乳類が食べているものは、人間が食べても安全な確率が高い。


「それにしてもブタといいタロイモといい、この島はかつて人が住んでいた可能性が高いんじゃないかな?」

「どういうこと?」

「タロイモ類は原産地の東南アジアから日本を含む、太平洋の島々へ運ばれていったカヌープラントの一つなんですよ」

「カヌープラント?」

「古代の人々がカヌーに積んで太平洋の島々に持ち込んだ植物プラントたちのことだよ」


 オーストロネシア人やポリネシア人と呼ばれる人々が、台湾もしくは東南アジアの辺りから出発し、太平洋諸島――ハワイやイースター島――からアフリカのマダガスカルまで広い範囲をカヌーで航海した。

 その際、カヌーには家畜のブタやニワトリと一緒に、さまざまな植物を積んで太平洋の島々に持ち込んだといわれている。

 それがカヌープラント。

 食料となるものだけでなく、カヌーの材料や、ロープ、薬など多種多様な植物を持って航海をしたらしい。

 ちなみに一部は日本にもやってきており、言語や栽培植物など痕跡は数多く残されている。

 サトイモもその中の一つだろう。


「この島にいまも人が住んでいる可能性ってないの?」

「う~ん、そこまではわからないな。もし住んでるなら狼煙に反応してもおかしくはないと思うんだけど」

「そっか……」


 でも島の反対側も調べてみる価値はありそうだ。

 みんなが考え事をするなか、浜崎が口を開く。


「それで肝心のイモはどうなの?」

「そうだったね。とりあえず掘ってみようか」


 木の棒を使って根っこ辺りの土を掻き分ける。

 水場が近くからだろうか、幸い地面はあまり固くない。

 まだ動物に食われてなさそうな場所を探すと、小ぶりな塊が出てきた。

 ころころとした丸い形状。

 大きさはピンポン玉くらい。

 クワズイモはもっと木の根っこに近い形状をしているはずだから、これはタロイモでほぼ間違いないと思う。


「よかった。まだいくつか残ってるみたいだ」

「このあたりを探せばまだあるかな?」

「かもしれないね」

「手分けして探そうぜ」


 浜崎が提案する。

 一応可食性テストしてからのほうがいい気もするけれど――。

 野生動物が食べてるようだが、タロイモの原種や野生化したものは、シュウ酸カルシウムが多分に含まれている可能性がある。

 栽培品種と同じように食べても大丈夫だろうか?


 まあいざとなれば毒抜きすればいいのだろうけど。

 加熱と水さらし。もしくはすり潰して、水にさらす。

 これらが毒抜きの基本だ。

 原産地ではクワズイモですら焼いてから、水にさらすなどの処理することで、食べられていたらしいし、日本でもヒガンバナやマムシグサといった毒がある植物も、毒抜きすることで非常時の救荒植物として利用されていたという。

 そう考えると、やりようはいくらでもあるか。


「近くにまだなにかいるかもしれないから、気をつけてな」

「オッケー」


 浜崎が軽い調子で答える。

 本当に大丈夫か心配だな。


「みんな目の届く範囲で行動しましょう」


 柚木先生の言葉に、白川と神山が頷く。

 こちらは大丈夫そうだ。



 しばらくみんなで散策すると、いくつかのタロイモが見つかった。

 そのうち一つは完全に掘り返されていたが、無事なものからは、大きな親イモと小ぶりな子イモがいくつか掘りだすことができた。


「今夜はイモパーティーできんじゃね?」


 浜崎が手を泥だらけにしながら言う。

 せっかく水浴びしたのに、順番を間違えたかな。

 でも、楽しそうな顔を見ると、止めることはできなかった。


「簡単にテストはしたほうがいいと思うけど、これだけあればお腹一杯食べられそうだな。浜崎が言ってたフライドポテトもできるかもしれないよ」

「え? あれ本気にしてたの?」


 浜崎が目をパチクリする。


「なんの話?」

「午前の探索中に浜崎と食べたいものの話をしてたんだよ」

「それがフライドポテトなの?」

「あと、ハンバーガーも」


 白川に答えていると、浜崎が後ろから肩に手を回してきた。


「じゃあ今日はそれで決まりな!」

「気が早いって」

「いいじゃん」


 ご機嫌な浜崎がぐいぐいくる。

 だからいろいろ当たってるんだけど――。

 この辺のガードが甘くてむしろ僕が気を使うんだよな。


「それなら早く帰りましょ。だんだん日が傾きだしてるわよ」


 柚木先生が空を見上げて言った。

 時計を確認すると、もう3時を回っている。


「そうだな。浜辺を離れすぎたかもしれない」


 救助を待つのが第一の目的なのに、予想以上に時間を食ってしまった。

 とはいえ。

 いろんな発見もあった。

 これならそれなりの期間をサバイバルできそうだ。


「よし、帰るとしようか」


 泥だらけの手を洗い、水を汲んだペットボトルやタロイモなどを抱えてシェルターへ戻ることにした。

 日が傾き始めると、森の中はすぐに薄暗くなる。

 足下に注意しながら、川原を歩く。

 そして浜辺まで来ると、一気に視界が開けた。

 太陽の日射しも、暑さも、森の外ではまだまだ強いようだ。

 シェルターまでは木陰を進むことにした。

 行きと違って、いろいろと余裕が出てきたのだろう、ゆっくりと周囲を観察していると、白川が立ち止まる。


「綺麗な花ね」


 白川が見ていたのは黄色い花だった。

 なんとなく見覚えがあるような気がするけど、なんだったかな?

 首を傾げていると、白川が僕を見る。


「ねえ、植物図鑑やアプリで、この辺の植物を調べることはできないの?」

「んーできなくはないかな」

「なら調べてみない?」


 白川が好奇心で目を輝かせている。

 バッテリーの余裕はあまりないけれど、植物の種類や利用法が分かれば今後に役立つかもしれないな。

 スマホを取り出すと、興味深そうに白川が側に寄ってきた。

 いまは近寄られると、なんだか緊張する。

 意識のしすぎだろうか?

 緊張を気取られないように白川の注意を逸らしてみる。


「僕のスマホ貸すから、白川がやってみる?」

「いいの?」


 ワクワクとした様子の白川にスマホを渡す。

 ついでにパスワードも教えておいた。

 見られて困るものはない、はずだ。


「写真を撮ればいいのよね?」

「うん。あとはAIが自動で判別してくれるよ。ただしオフラインだと精度は落ちるけどね」

「そうなんだ。――でもいいわ。やってみる」


 白川がアプリを起動して写真を撮る。

 結果はすぐに出た。

 横から覗き見ると、画面にはオオハマボウと表示されている。

 その下の詳しい説明によれば、ビーチハイビスカスなどとも呼ばれているらしい。


「オオハマボウか――思い出してたよ。確かこれもカヌープラントの一つだ」

「そうなの?」

「材木として利用したり、繊維質な樹皮で縄を編んだりできるはずだよ」

「縄なんて今は使い道なくね?」


 浜崎が口を挟む。

 サバイバルでは紐や縄など、縛るものはものすごく大切なんだけどな――。


「いまの寝床を改良したり、いろいろ便利だよ」

「寝床か……それならちゃんとしたベッドで寝たいなぁ」

「ハンモック――は面倒だけど、A型フレームベッドくらいならすぐ作れると思うよ」

「なにそれ?」

「説明は作るときにでもするから、材料を集めて帰ろうか」

「おお~なんかよくわかんねーけど、地面で寝なくていいなら大歓迎だ」


 浜崎がにっこりと笑った。


「あと葉っぱは、昔の沖縄でトイレットペーパー代わりに使われていたらしいから、何枚か各自で持っといたほうがいいんじゃないかな?」


 いままでは気を使ってなにも言わなかったけれど、トイレ事情もどうにかしないといけない問題だ。

 みんなが適当な場所でやっていると、衛生的によくない。

 それにトイレットペーパー代わりの葉っぱも種類には注意が必要だ。

 どこまで本当かは知らないけれど、ギンピギンピという植物の葉っぱでお尻を拭いた人が、激痛に見舞われ、自殺したなんて話もある。

 まあそれは例外的な話かもしれないが、自然界には危険な植物は意外と多いのだ。

 みんなに危険性をそれとなく伝えると、複雑な表情で葉っぱを採取していた。


 そういえば若芽の部分は食用にもなるんだっけ?

 いくつか摘んでおこう。


 その後も、帰り道の途中で見知らぬ植物を調べていくと、利用可能な種類を多数見つけることが出来た。

 雑草という名の植物はないと言うけれど、まさにその通りだ。

 知識さえあれば、あらゆる植物が食料になり、薬になり、素材になる。

 これからはもっとそこらにあるものを注意深く観察しなくちゃいけないようだ。


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