第22話 遭難三日目の終わり
シェルターへ帰還したあと、荷物を整理して、行動計画を見直した。
まず一番の問題だった水源は、数日で涸れるようなものではなさそうだし、心配はなくなったといえる。
食料はタロイモをはじめとして、いくつか見つかったので、こちらもしばらくは十分だ。
心配だった貝も、いまのところ中毒症状がないので、おそらく安全だと思われる。
問題は野生動物――おそらく野ブタ――の存在だろう。
僕たちと彼らの食べ物が一部被っている。
タロイモは諦めるには惜しいカロリー源だ。
かといって追い払うのも難しいかもしれない。
日本では近年、野生動物による農作物の獣害が問題になっているが、様々な対策を施しても、結局はイタチごっこでしかないという。
追い払えないとなると――。
狩るか?
狩ることができれば、食料問題は一石二鳥で解決するが、当然それにも問題はある。
サバイバル本には罠の仕掛け方なども載っているが、僕には経験がないというのが一つ。
まあこれは、そもそも日本では狩猟免許がなければ違法だし、仕方がないのだけれど。
それはともかく、二つ目は肉の保存方法だ。
仮に狩ることができても、現状では腐らせてしまうだけだ。
日干しや燻製も、塩がなければ長期の保存は難しい。
いや、そもそもそんなに長期間遭難し続けるか分からないのに、こんな心配をするなんて、獲らぬ狸の皮算用もいいところだろうけど。
心配といえば、怪我をする危険性もある。
医療用品の準備も必要だろうか?
消毒用アルコール、清潔な包帯くらいなら、なんとかなるかもしれない。
あとは衛生面を考えて、ベッドやトイレ、石鹸などを用意すれば問題ないだろう。
これらの準備と救助の見込み次第では、狩りについても検討する価値はありそうだ。
現在できること、やるべきことはこんなところだろうか?
そうと決まれば、明るいうちに、やっておきたいことがある。
「食材の調理は、みんなに任せてもいいかな?」
「いいけど、タロイモってサトイモと同じ要領でいいの?」
白川が首を傾げる。
「たぶん大丈夫だと思う」
タロイモは帰ってくるまでに、簡単な可食性テストをしておいた。
結果は特に異常がなかったので、いわゆる毒抜き――加熱と水さらしは必要ないだろう。
白川たちが料理をしている間に、僕は容器を持って浜辺に向かった。
まずは消毒用アルコールが作成できるか、実験しておこうと思う。
日本では許可なく
とはいえ手順自体は、そう難しくない。
現状では二通り考えられる。
タロイモのデンプンから作る口噛み酒とココヤシの樹液から作るヤシ酒だ。
前者はいろんな意味で、作りたくはないので、できればヤシ酒が成功してほしいと思っている。
ヤシ酒が上手くいかなければやるしかないのだが――。
口噛み酒は太平洋諸島で昔から行われていたらしく、古代の日本でもお米を使って製造されていたという。
製法は単純、お米やイモなどのデンプン類を、人の口内で噛んでから、吐き出す。
あとは唾液に含まれる消化酵素で糖化した原料が、野生酵母で発酵し、お酒になるというものだ。
うーん、飲むつもりはなくとも、やりたくはないな。
というわけでヤシ酒にチャレンジするべく、倒れるように生えていたココヤシの木をチェックする。
樹液といっても、木の幹を傷つけて採るものではない。
花の部分から採取するのだ。
そのため低い位置にあるココヤシは都合がいい。
ヤシの花を探すと、蕾のような花序が見つかった。
問題はこの花序を刈り取るとココナッツができなくなるので、無暗やたらと実験はできないということ。
もっとも、この状態からココナッツができるまで時間がかかるし、水源も見つかった以上、気兼ねする必要はなくなった。
一応スマホのサバイバル本を開いて、ヤシ酒について詳しく調べる。
花序を切ると、液体が染み出してくるので、それを容器に溜めれば、空気中の酵母によって勝手に発酵が始まるようだ。
大体半日から一日あればお酒になり、三日も過ぎると発酵しすぎて、酢になってしまうとか。
さすが高温多湿な熱帯だ。
発酵に適した条件とはいえ予想以上に早い。
ちなみにアルコール度数は3~5%程度。
何度か蒸留すれば、消毒用アルコールとしては十分だろう。
あ、蒸留器も作成しなくちゃいけないのか。
それはともかく。
さっさと作業を済ませよう。
日没まであと、一、二時間程度だ。
花序を傷つけ、ポリ袋を被せて、拾ったロープで結びつける。
漂着したロープだけでは、残り少なくなってきたな。
オオハマボウの樹皮も採取してきたから、縄を
やるべきことが増えていく。
無い無いづくしで仕方ないとはいえ、ちょっと面倒だな。
なにはともあれ。
作業は終了した。
袋の中を確認してみると、ポタポタと液体が染み出している。
あとは上手く発酵してくれることを願うばかりだ。
シェルターに戻ると、暇そうな浜崎が僕に気付く。
「あっ、おかえり。なにしてたの?」
「お酒作り。それより浜崎は――」
「え! お酒!?」
僕が言い終わらないうちに、柚木先生が反応を示した。
それも食い気味だ。
意外と酒飲みなんだろうか。
「先生?」
白川たちも手を止めて、柚木先生を見た。
「あ、なんでもないのよ。えっと、結城君の口からそんな言葉が出てくるとは思わなくて、びっくりしただけなの」
慌てた様子で先生は言い訳する。
「結城君も冗談なんて言うのね」
「冗談じゃないですよ。本当にお酒――というかアルコールが醸造できるか試してました」
「え? ほんとに?」
信じられない様子で柚木先生が聞き返す。
むしろ先生なら、分かってくれそうなものだけど。
「ヤシ酒ってやつです。上手くできたら蒸留して消毒用アルコールでも作ろうと思ってたんですけど、もしかしてお酒が飲みたいんですか、先生」
「そ、そういうわけじゃないんだけど…………消毒用、か」
なんとも残念そうな表情を浮かべる先生。
やっぱり飲みたいのだろう。
ストレスを溜めこみすぎるのも良くないし、すこしくらいならいいかな?
「余裕があれば融通しましょうか?」
「え!? い、いやでも。お酒なんて……」
言葉ではそういいつつ、明らかに心が揺れ動いているのが、態度から見てとれた。
白川たちも、先生の意外な一面に驚いたのか、口をぽかんと開けている。
「まあ、上手くいくかは、まだ分からないので、この話はまた明日にしましょう」
「そ、そうね」
柚木先生がそわそわとしている。
そんなに楽しみなのだろうか?
僕はまだお酒を飲める年齢じゃないので、その気持ちはよくわからない。
でも、もし上手く完成したら、僕もすこしだけ味見してみようかな。
ここなら法律は関係ないのだから。
「お酒のことはともかく、タロイモのほうはどう?」
「一応皮は剥けたよ。すこし綺麗じゃないかもしれないけど」
白川が恥じらうように言った。
確かに皮の厚さが、すこしばかり不均等だけれど――。
「いいんじゃないかな。定規をナイフ代わりしたとは思えないくらい良くできてるよ」
「そう?」
白川がはにかむ。
本当は結構料理上手なのかもしれない。
「そういえばフライドポテトにするって言ってたけど、このステンレスカップで揚げるの?」
「もしくは水筒を使うか。どっちかだね」
どちらにしろ上手くいくか、ちょっと心配だ。
まあやってみるしかないか。
「あとは貝も処理してしまおうか。いまのところ問題はないし、たぶん安全だろうから」
「貝も昼間と同じ感じ?」
「同じ処理で量を増やす。これで明日になっても、異常がなければ、みんなも食べられるはずだ」
貝は採取しやすく、生きたまま保存もできるので、毒化していないのであれば優秀なサバイバルフードになるだろう。
「僕はまだやりたいことがあるから、貝も任せちゃっていいかな?」
「いいわよ」
白川が頷く。
「それと誰か一人こっちを手伝ってほしいんだけど――」
「ならば私が手を貸そう」
「アタシも暇だったから、そっちでもいい?」
神山と浜崎が言う。
「じゃあ二人は僕とベッド作りってことで」
実のところ、ベッドというのはとても重要だ。
地面の上で横になると、熱伝導で体温が失われていく。
そのため体温維持のために、余計なエネルギーを消耗することになる。
昨夜は焼き石で寝床を暖めたので、だいぶマシではあったのだが――。
本当は昨日の内に用意しておきたいものだった。
その理由の一つに、地上を徘徊する厄介な生き物の問題がある。
ノミやダニ、ヘビ、クモなど。
なにがいるか分からないので、用心はしていたのだが、この島に動物がいたことが分かった以上、特に気をつけたいのが、ノミなどの吸血害虫だ。
奴らは30cmくらいは平気で飛ぶので、最低でもそのくらいの高さが必要になる。
というわけで今夜の睡眠時間までにはベッドを作っておきたい。
「まずはA型フレームってやつを作るんだけど、これは文字通りAの形をした木枠のこと」
僕は神山と浜崎に説明しながら、三本の流木をAの形に並べる。
これをロープで結ぶのだが、
適当な結び方では強度に不安が残るので、スマホの電子書籍を開く。
それを二人にも見せて、三人一緒に学ぶ。
「結び方ってこんなに種類があったんだな」
浜崎が驚くように呟いた。
「それぞれに特徴があって、手段や目的ごとに使い分けるのがいいんだけど、僕も代表的なものをいくつか覚えている程度なんだよね」
「使いこなせれば、便利そうではあるな」
神山が感心するように言った。
そう、使いこなせれば、いろんな場面で応用が利くので、是非とも覚えておきたいのだけれど――普段から使ってないと、いざというとき細かいところを忘れちゃってたりするんだよな。
だから本などを持っておいて損はないと僕は思う。
ともかく。
三人で本を確認しつつ、A型フレームを二つ作った。
次に二つのフレームを立てて、間に真っ直ぐな流木を渡す。
ここが寝る場所になるので、長さは僕の身長くらい。
それを結んで固定させると、ベッドの枠ができた。
あとはその間に蔓を巻いていき、A型フレームベッドの完成だ。
「ベッドだー」
浜崎がさっそくベッドで横になる。
耐久度が分からないのに、迷いなくいったな。
浜崎が上に乗ると、すこしだけ軋んだが、壊れることなく、しっかりと体重を支えた。
「寝心地はどう?」
「んー微妙」
「微妙って……」
「あっでも地面よりはいいよ」
作り笑いを浮かべた浜崎がフォローするように言った。
まあ自分でもそこまでよくはないだろうと分かってはいたけれど。
さすがに普段寝ているベッドとは比べ物にならないだろうし、あとは着替えやタオルを敷いて誤魔化すくらいしかできそうにない。
「あと二つは作りたいところだけど、材料が足りそうにないな」
夜の見張り番は交代制なので、最低でも三人が寝られるようにしたい。
「しかたないもう一つはハンモックを作ってみるか」
拾ってきた魚網でなんとかなるだろうか。
一部が破れたり、絡まったりしているので、まずは解いて大きさを調べてみる。
ちまちまと解いてから広げてみると、二、三人が寝られそうな大きさがあった。
強度はどうだろう?
すこし引っ張ってみるが、破れそうな気配はない。
だけど、端のほうに大きめの穴が開いている部分があって、そこの強度は不安だった。
蔓やオオハマボウの樹皮を使って、補修するか。
あとはタープを張っている木の下に、ハンモックも吊るせるかどうかだな。
「夕食ができたよ」
作業の途中で、白川と柚木先生が僕たちを呼びに来た。
「もうベッドができてる。そっちはハンモック?」
「そう、あとすこしで完成だよ。今夜寝るときまでには終わらせるつもり」
なんとか間に合いあいそうだ。
「無理はしないでね」
「わかってる。それよりせっかくの料理が冷めないうちに食べようか」
白川の言葉に頷いて、作業はいったん中断した。
いまやすっかり日が暮れていた。
すこし集中しすぎたようだ。
みんなで焚き火を囲み、白川たちが作ってくれた料理を前にすると、急にお腹が空腹を訴えてきた。
「お~マジでフライドポテトじゃん」
浜崎のテンションが上がっている。
でもその気持ちは痛いほど――特にお腹が――よくわかった。
某ファーストフード店のポテトを彷彿させる細長い切り方。
ココナッツオイルで揚げられて、おいしそうな匂いが漂ってくる。
「玲奈の希望だから作ってみたけど、タロイモだから味の保証はできないわよ」
「サンキュー、まいちん」
「まいちん!?」
浜崎からおかしなあだ名(?)で呼ばれた白川が驚きの声を上げた。
「白川さんは料理上手なのだな」
白川はなにか言おうとしていたようだが、途中でマイペースな神山の言葉に遮られた。
そしてそのまま口元を動かしていたが、結局言葉にならなかったようだ。
「ま、まあいいわ。温かい間に食べましょ」
「そうだな。それじゃあ、いただきます」
みんながまずはポテトを手に取ると、顔を見合わせてから同時に口に運んだ。
揚げたて、熱々。
表面はサックリとした歯触りで、中はホクホクしている。
サトイモの仲間というから、もっと粘り気があるのかと思ったけれど、特にそんなことはない。
ジャガイモに比べると、やはり風味は違うのだが、これはこれで悪くなかった。
「うま!」
浜崎が次々と手を伸ばす。
まさか無人島でこんなものを食べられるとは思ってなかったのだろう、食べる手が止められない様子だった。
「美味しいわね」
「ええ、タロイモなんて初めて食べたけど、ちゃんとポテトの味が感じられるわね」
「私はフライドポテト自体ほとんど食べたことがないよ」
白川と柚木先生はゆっくりと味わい、神山はリスのように小さく齧りながら食べていた。
いまどき食べたことがないなんて珍しい。
やっぱり箱入り娘の噂は本当だったのかもしれないな。
ファーストフードに慣れ親しんでいる僕としては、もうすこし塩味が効いてると、さらによかったんだけど、海水で洗ったりした程度じゃこんなものだろうか。
明日は塩づくりも考えてみようかな。
フライドポテトのあとは、オオハマボウの素揚げも食べてみた。
本当はてんぷらにしたかったけど、衣の材料がなかったので素揚げだ。
というか身も蓋もないけれど、油で揚げると大抵のものは美味しく食べることができると僕は思っている。
実際オオハマボウの若芽も、山菜のてんぷらって感じで、なかなか美味しかった。
他にもタロイモの葉や茎を湯がいたお浸しもある。
ただし、葉や茎はイモよりもシュウ酸カルシウムが多く含まれている場合が多いので、クタクタになるまで、しっかり茹でこぼすことで、アク抜きした。
味は――薄いけれど、まあ食べれなくはないといった感じだ。
茹ですぎたせいかもしれないけど。
あとは焼き貝とデザートにアダンやココナッツなどがある。
貝は僕だけではあるが、結果次第で明日からはみんなも一緒に食べることになるだろう。
「ふう、おいしかった」
満腹でこそないけれど、満足感があった。
みんなもそれぞれが堪能した表情をしていた。
「お腹膨れたら、眠たくなってきた」
浜崎がうとうとし始める。
ハンモックはまだなんだけど、ベッドのほうで寝させようか?
「白川となぎさはもうすこし起きてられそう?」
「ええ、大丈夫よ」
「私もだ」
「それじゃあハンモックができるまですこしだけ待っててくれ」
「わかった。浜崎さんは私が運んでおくよ」
神山はそう言って、浜崎に肩を貸してベッドへと連れて行った。
僕が言わんとしていることを、正確に読みとったようだ。
こういうところは相変わらず鋭いというか、気配りができるタイプといった印象を受ける。
言葉数はそう多くないけれど、一緒にいて気は楽だ。
「後片付けは私たちがやっておくから、そっちは結城君に頼むわね」
「うん、頑張って寝心地いいのを作るよ」
白川と柚木先生にあとを任せて、僕はハンモックの仕上げを行った。
寝ている間にロープが千切れて落下するようなことだけは起こらないように、しっかりと補強してから木に括りつける。
高すぎず低すぎず。
できるだけ水平で、しっかり熟睡できるような形に設置した。
こんなものだろう。
「完成だ」
「おつかれさま」
「そっちもおつかれ。浜崎は?」
「もう寝たよ」
神山が微笑を浮かべる。
「今日はみんなも、もう休んでいいよ。組分けは昨日と同じでいいよな?」
「ああ、その代わり交代時間は――」
「わかってる。今夜はちゃんと時間を守るよ」
「ふふっ。ならいいんだ。おやすみ結城君」
そういって神山は一足先にハンモックで横になった。
おやすみ。
白川も後片付けが終わったころには、眠そうな目をしていた。
「私もそろそろ寝るね?」
「おやすみ、白川」
「おやすみなさい」
白川が神山の隣でくっつくように眠りに就いた。
こうして、また僕と柚木先生だけの夜になり、遭難三日目は過ぎていった。
無人島サバイバル How to survive on a desert island. 綿貫瑞人 @watanuki_mizuhito
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