第19話 無人島料理
料理をする前に、食材の確認をする。
まずはシマスズメダイが二匹。
あのあともう一度だけチャンスがあったので、石打ち漁をやってみると、追加で一匹獲れたものだ。
みんなにはスマホの生物図鑑を見せて、可能な限り種類の同定を行いながら説明をする。
「この魚は無毒だから、しっかり加熱すれば問題ないはずだ」
「塩焼きなんていいんじゃないかしら?」
柚木先生が嬉しそうな顔で提案する。
やっとまともな食事ができそうなことに喜びを隠し切れていなかった。
頑張って獲ってきた甲斐があるというものだ。
「それじゃあ鱗と内臓だけとっておいてくれますか?」
「いいわよ」
魚は先生に任せて、次はカニだ。
全部で十匹は獲れた。
「これはイソガニの一種だね。こっちも毒はないはずだ」
熱帯の海には毒ガニが何種類か存在するのだけれど、僕が知っている限りでは、全部ハサミの先が黒いのが特徴だった。
具体的にはスベスベマンジュウガニなど、オウギガニの仲間だ。
僕たちがとってきた、イソガニに毒はない――まあさすがに世界中のカニを把握しているわけじゃないので絶対とは言い切れないけれど、危険性は低いと思う。
「こいつはあまり大きくないから、ココナッツオイルで丸ごと素揚げにするのがいいんじゃないかな?」
「ココナッツオイルってまだあったっけ?」
「なければ丸焼きでもいいけれど――」
「うーん、揚げた方がおいしそうじゃない?」
浜崎たちが悩みだす。
「ココナッツも拾ってきたから、オイルを作成してもいいけど、どうする?」
「じゃあついでだし、ココナッツオイルも作ろうぜ」
おいしい食事のためなら、手間暇を惜しまないつもりのようだ。
みんなもそれに頷いている。
「ならカニはそれでいいとして、問題は貝だな。カサガイとたぶんイシダタミガイっていう巻貝の二種類を採ってきたんだけど――」
カサガイのほうは分かりやすかったが、イシダタミガイはちょっと自信がない。
その名の通り、貝殻の表面が石畳のような模様をしているので、おそらく間違ってはいないと思うけれど――。
こいつらは岩場にたくさんくっついていたので、海に入らずとも獲ることができる貴重なタンパク源だ。
できれば安全であってほしいところなのだが――。
「危険があるとすれば、この貝だと僕は思ってる」
「でも図鑑のほうでは、毒はないって書いてあるよ」
白川が僕のスマホを操作しながら言う。
「貝毒って聞いたことない? 普段は無毒な貝でも時期や場所によっては毒化することがあるんだ」
「ノロウイルスとかのこと?」
「それとはまた別物なんだけど、似たような感じだね。貝が食べているプランクトンの毒素が生物濃縮――つまり蓄積されていくんだ」
あまり知られていない事実だが、実は日本でも毎年のように貝の毒化は起きている。
それでもみんなが安全に食べていられるのは、日本では定期的な検査が行われており、毒素の量が一定の基準以上になると、出荷が停止されたり、市場に出回らなくなるからだ。
おかげで最近では中毒事故などはほとんど起きていないのだけれど、昔は一度に百人以上も死亡した事件が起きたこともあるくらい貝毒は危険なものでもある。
なので潮干狩りや磯で貝類を採取するときは、その地域の市が公表しているWebページを確認するなど注意が必要になる――のだけれど、いまの僕たちはそんなもの利用できないので、細心の注意を払って、可食性テストをするしかない。
「毒化しているか、安全に確かめる方法はないのか?」
神山が尋ねてくる。
安全に確かめる方法か――。
例えば赤潮と呼ばれる、プランクトンの大量発生が起きているときは危険性が高いといわれている。
ほかにも春先の温かくなってくる時期はプランクトンが増殖するので毒化しやすいのだが、熱帯の海は一年を通して温かく、時期での推測は難しいだろう。
あとはマウスユニットを使う方法だけれど、実験用のマウスなんていないし――。
「いまの僕たちには難しいね。でも安全性を高めることはできるよ」
「ふむ、どうするのだ?」
「貝毒は食べ物の毒素を蓄積したものだっていったけど、その場所は中腸腺っていう内臓に溜めこまれてるんだよ」
「つまり内臓を除去すればいいというわけか」
「そういうこと」
フグなどもそうだけど、海産物は内臓が危険な場合が多い。
プランクトンの毒素だけじゃなくて、重金属や、化学物質なども生物濃縮されていることがよくあるのだ。
「けど、このちっちゃい貝の内臓を取るのって面倒じゃない?」
浜崎が口を尖らす。
「いまは二、三個だけでいいよ。僕が可食性テストをして安全か確かめてみるから、その結果次第で、ほかの貝の処理方法を決めようと思う」
「本当に大丈夫なんだよな?」
「もちろん。貝にも毒化しやすいものとそうでないものがいるんだけどね、一番危険なのは二枚貝の類なんだ。その点、僕たちが獲ってきた巻貝は比較的安全なんだよ」
アサリやホタテガイ、ムラサキイガイ(ムール貝)などは特に危険だ。
「そうだったの?」
浜崎が目をぱちくりする。
そういえば採取するとき言ってなかったっけ?
「ともかく、これだけ安全に気を配れば中毒の危険はほぼないはずだ」
「うん、説明を聞いて私たちもすこし納得はできたかな」
白川たちも、僕がどれだけ慎重に、あるいは臆病なほどに気をつけているのか理解できてきたようだ。
むしろチキンだと思われかねないな。
「海藻もあるけど、これはどうするの?」
「それはさっと茹でれば大丈夫だよ」
実は海藻の類は、ほとんど毒がないといわれている。
一部のものは生食すると危険ではあるのだが、しっかりと加熱調理すれば大抵の海藻は食べられるのだ。
とはいえ。
面白いことに、海藻はほとんどの国と地域で食されることがない。
翻って日本ではワカメやコンブ、ノリ、ヒジキ、モズク、テングサなど、多種多様な海藻を食べてきた。
そのおかげなのか、とある研究論文によると、日本人の腸にだけ、海藻を分解する酵素を持った細菌がいるという。
まさに僕たちには最適なサバイバルフードといってもいいかもしれない。
ちなみに、僕たちがとってきたのは、アオサ系の海藻だ。
馴染みのあるワカメやコンブなどが欲しかったけれど、あれはもっと北の寒くて水深がある場所じゃないとなさそうだった。
「これで全部?」
「いや、最後にヤシの木の芯も採ってきたよ」
「ヤシの木の芯? 食べれるの?」
白川が怪訝な表情を浮かべる。
「正確には新芽といったほうがいいのかな。木の先端近くにあるんだ。外国ではパルミットとかハート・オブ・パームなんて呼ばれて、そのままでも食べられてるんだよ。採取するためには木を切らなくちゃいけないから、結構貴重なんだけどね」
「切るって、どうやって?」
「ヤシの木といっても、まだまだ若くて、僕の身長と同じくらいの高さしかないやつがあったんだ。それを貝殻のナイフでちょっとね」
ココナッツができるにはあと、数年はかかりそうなヤシの木だったので、それなら食材にしてしまおうと思ったのだ。
ちなみに使用した貝殻の大きさは手のひらサイズ。
はっきりいって、切れ味はよくなかった。
しかし若いヤシの木はそこまで堅くはなかったので、外側の葉から毟り取るように剥ぎ取っていくと、タケノコみたいにぺりぺりと剥けていったのだ。
あとは貝殻ナイフで削っていくと、最終的に直径5cm、長さ30cmほどの白い棒状の芯が手に入った。
「結構大きいわね」
白川に手渡すと、両手でしっかりと握った。
「食べごたえははありそうだろ?」
「ええ、でもどう調理したらいいの?」
「サラダ感覚で、生のまま齧ってもいいらしいけど――加熱した方がいいのかすこし悩むな」
僕がそういうと、白川が手に持ったパルミットへ顔を近づける。
そして匂いを嗅いで、問題がなさそうなことを確かめると先端を小さく舐めた。
「あ、いきなりはダメだって」
「ごめんごめん。でもこうでもしないと結城君が全部テストとかやりそうだし、私も手伝おうかなって」
赤い舌を一瞬だけ、ぺろりと出して、白川がイタズラがバレた子どものように笑う。
白川がこんなことをするとは予想外だった。
まあパルミットは安全なはずだから、問題はないと思うけれど。
僕の知識が間違っていたりしたら、どうするつもりなのだろう。
それだけ僕を信用しているのか?
いや単純にお腹が空いて、判断力が低下しているのかもしれない。
「白川、気分が悪くなったりしたら、すぐに言うんだぞ?」
「わかってるわ。それより結城君も私たちのすこしは気持ちわかってくれた?」
白川が首を傾げる。
そういうことか。
「よくわかったよ。それだけでもすごく心配になったしな」
「私たちも同じよ。だから結城君もあまり無茶だけはしないでね」
「了解した」
僕の返事を聞いた、白川が微笑む。
どうやら軽く釘を刺されたようだった。
僕としてはそんなに無茶をするつもりはないんだけどな。
まあいい。
なにはともあれだ。
これで食材は出揃った。
簡単に下ごしらえをして、焚き火で調理していく。
魚は柚木先生が内臓を取った後、海水で軽く洗い、手頃な木の棒に刺して焼いた。
ちなみに木の種類によっては、毒があるので、そのあたりも気をつけなくてはならない。
次にカニはココナッツオイルで素揚げにして、貝は中腸腺を取った後、貝殻を器にして、焚き火で焼く。
海藻は茹でてスープに、パルミットは迷ったけれど、そのままサラダにした。
あとはデザートにココナッツとアダンの実を加えて完成。
昨日とは違って、今日はここで採れたものだけを使った正真正銘の無人島料理だ。
「おおー、今日は豪華だ」
浜崎が歓声を上げる。
よほどお腹が空いていたのだろう、途中で何度もお腹が鳴っていた。
「冷めないうちに食べようか」
「そうね。それじゃあ――いただきます」
そう言って白川が手を合わせた。
僕たちもそれに倣って、手を合わせる。
みんなが遠慮するように顔を見合わせる中、浜崎が一番に魚に手を伸ばした。
そしてそのままかぶりつく。
「うめー」
「ちょっと――」
本当に幸せそうな顔で、食べるものだから、なにかを言おうとした白川も仕方なさそうに口をつぐんだ。
「みんなもどんどん食べていいんだよ?」
「う、うん。ありがとね」
こうしてみんなもそれぞれ食べ始めた。
白川と神山は、カニの素揚げをチョイスしたようだ。
大きさとしては足を入れても5~6cm程度なので、一口でもいけそうだったけれど、白川はまずは足だけ食べた。
パリパリとした音がこちらにまで届く。
「ん、おいしい。ちょっとしたスナックって感じね」
「揚げる前に海水で洗ったからだろうか? ほんのり塩の味がして美味しいよ」
神山も殻ごと食べて言う。
「柚木先生もどうぞ」
「私は今日なにもしてないから、みんなの残りでいいのよ?」
柚木先生は首を横に振りつつ遠慮した。
役割として、実は一番大事だからこそのシェルター待機だったのに分かっていないらしい。
「狼煙を上げ続けるのは、実のところ一番重要なことなんですよ? それに先生がいるからみんなも安心して探索できるんです」
「結城君……」
「そうですよ。私たちも頼りにしてるんですから、しっかり食べてくださいね」
白川たちも声をかけると、感極まったのか柚木先生が涙目になった。
それをみて白川たちが焦りだす。
しかたない。
「料理もみんなで分担したんだし、なにより残りなんて言ってたらなにも残りませんよ」
話を聞きながらも口を動かし続けている浜崎を視線で示し、遠慮する柚木先生に魚の串焼きを渡した。
「――ごめんね。ううん、こういうときはありがとう、よね。……いただきます」
焼き魚を一口食べて、先生は目を見開いた。
「んー! 本当においしいわ!」
空腹は最高のスパイスってやつだろう。
まともな味付けはできてないのだけれど、みんなおいしそうに食べていた。
さて、僕もそろそろ。
貝殻でじっくり火を通した、貝を手に取る。
可食性テストの開始だ。
ちなみに貝毒の類は接触毒性の反応は示さないので、一番目から口に入れた。
若干の緊張感とともに、そのまま数分舌の上に置く。
僕の様子をみんなも心配そうに見ているので、手で食事を勧めるように伝える。
数分後、特に異常なし。
痺れたり、嫌な感じはしない。
というわけで、よく噛んでみる。
あとはこのまま数分待つ。
さらに数分後、特に異常なし。
あえていうなら、貝のうま味とすこしの塩味、微かな磯の香りで、口内の唾液量とお腹の空腹感がやばいくらいに増幅している。
これはなんの拷問なんだろうか。
食べる前の方が、マシだったくらいだ。
それでも、痺れや嘔吐感などはなかったので、ようやく呑み込む段階に入った。
ほんの一口。
だけど、三日ぶり(?)くらいのタンパク質だ。
美味い。
ちっちゃいながらも、貝のうま味が詰まってて、もう可食性テストなんてすっ飛ばして、採ってきた貝を全部調理したい気分になった。
「どう? 大丈夫?」
柚木先生が僕の顔色を窺っている。
心配かけてる場合じゃなかったな。
「大丈夫です。問題ありません。あとは8時間――」
「結城君?」
「いえ、なんでもありません」
自分で提案したはずなのに、いざ実践してみると、このまま8時間は無理そうだった。
ちょっと、時間を短くしても大丈夫――かな?
8時間はおおよそだし、こんなすこしじゃ、逆にわからない気もする。
もしくはもうすこし量を増やして――。
いやいや、それで中毒になったら、みんなに迷惑がかかるし、嘔吐や下痢は脱水の危険性が高い。
いや、待てよ?
川が見つかったんだよな。
それならなんとかなる気もするけれど――。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「え、あ、はい。大丈夫です。ちょっと空腹でぼーっとしてただけです」
「それ大丈夫じゃないわよ。これも食べなさい」
柚木先生が魚を僕に押し付けてくる。
「いや、可食性テストは一度に一部分が原則なので――」
「でも複数人でテストするなら、条件は変わるでしょう?」
「ん?」
えっと――――。
ダメだいまいち頭が回らない。
やっぱり栄養が足りないのか。
目の前の魚から漂ってくる匂いが気になってしょうがない。
「みんなと同じものを食べても、貝を食べたのが結城君だけなら、中毒症状がでたときに、原因は貝の可能性が高いって分かるでしょ?」
「ああ、それもそうですね」
我ながら全然頭が回ってなかった。
確かにそれなら、原因の特定はできるな。
ということは食べてもいいってこと、なのか?
ごくりと喉が鳴った。
「――わかり、ました。僕も、もうすこしだけ食べることにします」
「よかった」
柚木先生がほっと息を吐く。
正直僕もほっとした。
空腹感がきつかったのだ。
なにも食べずにいたほうが、マシだと感じるくらいに。
差し出された魚の串焼きを、受け取り一口頬張った。
淡白な白身を噛むごとに、じゅわっとうま味が溢れてくる。
素晴らしく美味しいと感じた。
「美味しい」
思わず零れた言葉に、みんなが微笑ましいものでも見るような視線を向けてきた。
「やっぱりみんなで一緒に食事するのがいいわね」
「だなー」
「そもそもこれは結城君たちが獲ってきたのだ。遠慮せず食べるのだぞ」
白川も、浜崎も、神山も、楽しそうな表情だった。
そのあとは海藻スープも、サラダもみんなと食べた。
スープはすこし塩辛かったけれど、汗をかいた体にはちょうど良かったと思う。
逆にパルミットは味が薄かったのだが、タケノコみたいで悪くはない。
最後はデザートにアダンを食べようとしたのだけれど、固く繊維質でほとんど食べることはできなかった。
それでもほんのり甘くて、蜜でも吸うみたいにして楽しんだ。
こうしてみんなでわいわいと楽しんだのはいつ以来だろう。
静かなソロキャンプもいいけれど、これはこれで悪くはないと僕は思った。
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