第18話 世界標準可食性テスト


 僕と浜崎がシェルターへ戻ったのは、探索に出かけて一時間以上経ってからだった。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい」


 柚木先生がそういって出迎えてくれる。

 白川と神山もすでに戻ってきていたらしく、僕たちの姿を見て駆け寄ってきた。


「よかった。すこし遅いから心配したわ」

「二人とも無事そうでなによりだ」

「遅れてごめん。探索ついでに食料や薪なんかも集めてたんだ」


 二人に謝りつつ、荷物をみんなの前に置く。

 鞄を空にして持っていったのだが、結局は中に収まりきらなくて、海岸で拾ったビニール袋にも詰め込んで持ち帰ってきた。


「ずいぶん集めてきたのね?」

「魚や貝なんかも獲ってきたよ。ただ冷蔵庫もないし、早く処理しないと悪くなりそうだから、探索結果については食事しながらの報告でもいいかな? それともすぐに報告したほうがいい?」

「そうね……じゃあ一つだけ先に伝えておくわ。川があったの」

「ほんと? それは朗報だね。これで水問題から一先ず解放されそうだ」


 水浴びもできるし、十分な水分補給ができるなら昼間の活動も制限しなくてもいいだろう。

 あとでみんなと一緒に行ってみるか。


「あっ、でも川といってもジャンプして飛び越えられそうなくらいの、小川だったんだけど……」


 白川が付け加える。


「小川か……」


 もしかしたら昨日の雨でできた一時的な川だったりするのだろうか?

 無人島に人が住んでいない、あるいは住めない理由はいろいろあるけれど、一年を通して安定している水源の有無は大きな理由の一つだろう。

 雨季の間しか川がなくて、乾季になると枯れる可能性も否定はできない。


「それでも、なにもないよりはマシか」

「アタシは汗流してさっぱりしたいな。早く食べて早く川行こうぜ」


 浜崎がテンションを上げる。


「そうだな。食材はたくさんあるから、みんなでさっさと調理してしまおうか」


 拾ったビニール袋に入れていた食材を披露する。

 魚、貝、カニ、海藻など。

 さらに鞄のほうには、森で見つけた食材を入れてある。


「おおすごいな」


 神山が軽く目を見張る。


「しかし我々も負けてはいないよ」

「ええ、こんなものを見つけたの」


 白川がオレンジ色の大きな塊を持ってくる。

 ごつごつとした見た目。

 果物のようだけれど――。


「それってもしかしてパイナップル!?」


 浜崎が飛びつくように反応した。


「うーん、たぶん違うと思うんだけど、甘い匂いもするし食べられるかと思って、一つだけ持って帰ってきたの」

「結城君はなにか知らないか?」


 神山に尋ねられる。

 分かってて、採取したわけじゃないのか。


「一つ聞くけど、それってもしかして木に生ってた?」

「ああ、その通りだ」

「それじゃあ、すくなくともパイナップルじゃないことだけは確かだな」

「どうして言い切れんの?」


 浜崎が首を傾げる。


「パイナップルは木には生らないんだよ。分類的には多年草だったと思う」

「へー」


 よくわかってなさそうな表情で浜崎は頷く。

 ついでに原産地が離れていることも、説明しようかと思ったけど、現代では世界中で栽培されているから、それについては省くことにした。


「じゃあ、これはなんなの?」

「たぶんアダンじゃないかな?」

「アダン?」

「なにそれ?」


 みんなの顔に疑問が浮かぶ。


「アダンっていうのは、タコノキ科の植物のことだよ。木の根っこがタコの足みたいになってた思うんだけど――そうだ、すこし待ってて」


 スマホを取り出し、電子書籍の植物図鑑を調べる。

 植物の写真を撮影すれば、AIが自動的に判別してくれるアプリもあるけれど、オフライン版ではすこし精度が落ちるし、今回はだいたい分かっているので書籍の方で調べることにした。

 アダンのページを開いてみせる。


「こんな木じゃなかった?」

「うん、こんな感じだったわ」

「葉っぱもよく似てるな。細長くて鋸歯みたいな棘がついてたから、採るのに苦労したんだ」


 僕のスマホを覗きこんだ白川と神山が答える。

 タコノキ科は種類がたくさんあるから、もしかしたら別種の可能性もあるけれど、ほぼ間違いないだろう。


「問題は食べられるのかどうかだな。匂いは――大丈夫そうなのだが」


 神山がアダンの匂いを嗅いで言う。

 僕もそこまで詳しいわけじゃないので、植物図鑑にしっかりと目を通す。


「アダンは食べられるけど、可食部はほとんどないらしい」

「こんな大きいのに、ほとんど食べれないの!?」


 浜崎が驚く。

 直径は20cmほどもあるので、期待していたのだろう。


「そうか。せっかくの食料だと思ったのだが」

「甘味は貴重だから、あとでデザートにすればいいんじゃないかな」


 残念そうに呟く神山を慰めながら、食材の処理方法を考える。

 安全かつ食材を無駄にしないためにどうするか。


「そうだ、食べる前に大事なことを説明しておこうと思う」

「大事なこと?」


 みんながなんのことか見当もついていない顔をしている中、柚木先生が僕を見て頷いた。

 昨夜の内に、先生には話を通しておいたので、何の話題か察したのだろう。


「ココナッツの胚芽を食べるときに少し話をしたけど、安全性が不確かな食材を食べるときは気をつけなくちゃいけないんだ。だから今回は世界標準可食性テストってやつをやろうと思ってる」

「テスト?」


 白川が興味を示す。

 逆に浜崎なんかはテストと聞いただけで面倒くさそうな表情になっていた。


「食べても大丈夫なものなのか、それなりの精度で調べることができるんだ」

「それなり、なの?」

「なにごとにも絶対はないさ。それにいくつか問題点もあるんだけど、やる価値はあると思ってる」

「どんなことをするんだ?」


 神山が難しい表情で尋ねてくる。


「人体の敏感な部分を利用して、段階的に安全性を確かめるんだ。すこし長いけど具体的な手順を説明しよう」


 薪の中から木の棒を一本持ってきて、砂浜に書きつけながら話をする。


「一番目は、まず匂いを嗅いでみることからだ。それで腐敗臭などがないことを確認して、問題がなさそうなら次に進む」

「ふむ」


 神山が頷く。

 これは当然のことだから、言われるまでもなくみんな普段からやっていることだろう。


「二番目は、手首の内側など、肌の敏感な部分に食材の一部を置いたり汁をつけて、皮膚への接触毒性テストをする」

「接触毒性?」

「かゆくなったり、赤く腫れだしたらアウト。それは毒だってこと。すぐに洗い流してそこでその食材のテストは終了する」

「時間はどのくらいかかるんだ?」

「通常は15分もあれば十分。特になんの異常もなければ次にいく」


 みんなの顔を見て、理解しているのを確認する。


「三番目は下ごしらえ――つまり茹でたり焼いたり調理したものを一つまみ唇にあてる。これも数分そのままにして、異常がなければ次だ」


 地面に書き足していく。


「四番目の段階でようやく口に入れるんだけど、舌の上に置いてまた数分間そのままにする」

「呑みこんじゃダメってこと?」

「うん。できれば唾液も飲み込まないほうがいい」

「なんか面倒だな」


 浜崎がぼやく。

 面倒でも、文字通り自分の命をかけたテストである以上、おろそかにはできないのだ。


「それもかゆくなったりすればダメってこと?」

「そう。他にも痺れたり、痛みを感じるものもダメだ」

「あれ? それなら胡椒とか唐辛子みたいなものはどうなの?」


 白川が疑問を口にする。


「さすが白川。いいところに気付くな。実はさっき言った問題点の一つがそれなんだ」

「つまり本当は食べても大丈夫なものが、テストにパスしないこともあるってこと?」

「そういうこと。スパイスの類だけじゃなくて、他にもサトイモやヤマイモなどの汁が手に付いたりしたら痒くなるだろ? これもテストの基準に照らし合わせるならアウトになりかねないんだ」

「テストの基準が厳しすぎるんじゃないの?」


 白川が渋い顔をする。


「でも間違っているわけじゃないんだよ。サトイモなどの痒くなる成分はシュウ酸やシュウ酸カルシウムってやつなんだけど、これは毒っていうか劇物でもあるんだ」

「そうなの?」

「結城君の言ってることは正しいわよ。わずかな量を摂取しただけでも喉が腫れて呼吸困難になる可能性はあるし、深刻なシュウ酸中毒は最悪死亡の危険もあるの。他にも尿路結石の原因になったりね」

「怖ッ!?」


 柚木先生の説明に浜崎が口元をひきつらせる。

 とはいえこのシュウ酸系の成分は、実はいろんな植物に含まれてて、普段みんなも口にしているはずなんだけどね。

 パイナップルやホウレンソウ、タケノコ、お茶、コーヒー、チョコレートなど、挙げていけば数多く存在する。

 ちなみにコンニャクイモなんかは、そのままではとてもじゃないけど食べることができないくらい含まれており、それをなんとか食べようと加工した結果、コンニャクという食品が出来上がった。

 もっともデンプンごと毒抜きされてしまい、ほとんどカロリーがない謎食品になってしまったのだけれど……。


「ともかく、そういう厳しい基準だからこそ、ある程度の安全性も担保されていると考えられるだろ?」

「確かにな、その基準をパスしたなら安全性は高いか」


 神山が頷く。


「ただし一つだけ注意点として、キノコ系だけはこのテストをするまでもなく口にするのはやめた方がいい」

「キノコか……見分けるのは専門家でも難しいと聞いたことがあるな」

「そうなんだ。しかも遅効性の毒が結構あって、テストしたそのときは異常がなくても、数日後に中毒を発症することもあるらしいんだ」

「なるほど、それは確かにやめておいた方が無難だな」


 神山が納得の表情を浮かべる。


「さて話を戻すけれど、今度は五番目だ。この段階ではよく噛んでみる。ただしここでもまだ呑みこんではいけない。さらに数分経っても異常がなければ次の――六番目、ここで初めて呑みこむ」

「それでやっと終わりってこと?」

「いや、まだだよ。呑み込んだ後は、そのまま8時間ほど異常が出ないか、他になにも食べずに待つんだ」

「は? 8時間?」

「そう、8時間。その間に、なんらかの不快な兆候があれば、胃から吐き出して、多量の水を飲む。場合によっては、砕いた活性炭も一緒に飲めば、胃洗浄というか解毒に効果的だね」


 浜崎がぽかんとしている。

 信じられないって顔だ。

 まあ確かにこの時間がかかり過ぎるっていうのもまた、このテストの問題点の一つだった。

 さらに厳密にやるのであれば、テスト前の8時間もなにも食べないほうがいいんだけど、これについては、いまの僕たちは気にしなくて大丈夫だろう。

 昨夜から水以外、まともに食事はしていないのだから。


「ともかく、その8時間の間に異常がなければ最後の七番目。同じ方法で下ごしらえした、同じ食材を、さらにすこしだけ食べてみて、それでも問題がなければ、その食べ物は安全性が高いということになる」

「た、大変なんだね」


 みんなが難しい顔をしていた。

 サバイバルにはこれくらいの慎重さが必要だってことでもあるんだけど、やっぱりいまのみんなはそんなに待つのは無理だろうか。


 しかもこのテストは一回につき一部分ずつ行う必要がある。

 実、葉、茎、根など、部位ごとに成分が異なるためだ。

 動物の場合も同じ。

 有名なフグだと、内臓は毒があるけど、身は食用だったりする。


 つまり結局は時間が問題なのだ。


「なあ、テストをするなら、今日はほとんどなにも食べれないってこと?」


 浜崎が憮然とした表情で言う。


「いや、その辺は考えがあるから大丈夫。僕たちが採ってきた食材のなかで、安全性が高いものについては、だいたい分かってるから、みんなはそれを食べればいい」

「ではまた昨日みたいに結城君だけが、危険を冒すつもりなのか?」


 神山がジト目で僕を見る。

 そんな顔をされても、みんなには可能な限りリスクを負ってほしくはないのだ。


「大丈夫だよ。僕もリスクが高い部位は食べないから。それに先生にも話は通してある」

「そうなのか?」

「ええ、昨夜にそういう話をしてたの。もちろん最初は反対したんだけど、やり方を聞いて、最終的には納得したわ」


 柚木先生がみんなを説得する。

 これはあらかじめ頼んでおいたことだった。

 長期のサバイバルを見据えるなら、いまのうちに時間のかかるテストをしたほうがいい。

 飢餓状態になってからではテストする時間がなくて、一か八かで食べるしかなくなる。

 そういって僕は先生を納得させた。

 もちろん、その前に救助が来る可能性もあるので、みんなは安全性が高いものを食べてもらい、僕がリスクのある食材をテストする。

 こうして一度でもテストしておけば、その後はみんなも安心して食べることができる。

 万が一があっても被害は最小限のはずだ。


「しかし、結城君にばかり危険な真似をさせるのは、私も心苦しいよ」

「なぎささん――」

「君が私たちのことを思ってくれているのは分かるが、私も君のことを思っているんだよ」


 神山の真っ直ぐな目で、見つめられながらそう言われると、心が揺れる。

 思わず黙ってしまうと、浜崎が口を挿んできた。


「なぎさ、ちょっと待った」

「ん? どうした?」

「どうしたじゃなくてさー」


 浜崎が神山をすこし離れたところへ引っ張って行く。

 珍しい光景だ。

 というか、いつのまにか名前で呼んでいた。

 声が聞こえない距離で、二人はなにか話をしている。

 他のみんなの様子を見てみると、白川が生温かい視線を二人に向けていた。

 もしかするとこの三人の間で、なにかあったのだろうか?

 夜の番を交代してから朝までの間、僕は寝ていたので、なにがあったのかは分からないけれど。

 しばらくすると、二人は戻ってきた。


「話はもういいのか?」

「ああ、すまなかったな。すこし事情があってね。うん、まあそれはともかく、私も結城君のことを信じてやり方は任せることにするよ」


 神山が素直にそういった。

 その隣で浜崎がウインクをする。

 どうやらなにかを話して納得させたようだった。

 なんの話をしていたのか、すこし気になったけれど、まあいい。

 ともかくみんなも納得したところで、さっそく料理していこうか。

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