第7話 無人島上陸


 夜が明けた。

 東の空が白みはじめる。


 昨夜は満点の星空が綺麗だった。

 覚えているのは、それだけ。

 そういうになっている。


 ただ僕たち五人は、全員が無事に生き延びていた。

 脱水症状もまだギリギリ軽度のまま。


 なにがあったのかは、神のみぞ知る。


「おはよう」


 もぞもぞと起き始めたみんなに挨拶する。

 夜間の見張りは、交代で行ったが、船も航空機も見かけることはなかった。


「う、うん。おはよう」


 誰もが、よそよそしい態度をとっていた。

 なにもなかったということにしたいのなら、もっと自然に振る舞うべきなのに。

 いや、すぐに忘れられるようなことでもないのか。


 決意をしたからといって、みんながみんな出そうと思って、すぐに出るわけではないので、共有・・することなったり、経口に抵抗がある人には医療行為・・・・を執り行ったりと大変な夜だったのだから。


「き、きょうはどうするの?」


 白川が不自然に上擦った声を出す。


「太陽がでている間は、可能な限り太陽蒸留を行う」


 最終手段はそう何度も使えるわけじゃない。

 段々と体内で濃縮されていき、健康被害が出るようになる前に、新鮮な真水を摂取する必要がある。


「あとはなんとか魚でも獲れないかと考えてる」

「食べるの?」

「いや、食べるのはやめた方がいい。体液から水分を補給するんだ」

「そういえば昨夜はお腹が空きすぎて、痛かったくらいなのに、今はあんまり食欲沸かないな」


 浜崎がお腹をさする。


「脱水が進んでるのかもしれないわ」


 柚木先生が浜崎を診察する。

 舌の乾き具合や、指の爪をギュッと五秒ほど押して、白くなった部分がどのくらいの速さで元の色に戻るかを確認しているようだ。


「まだ重度には至ってないみたいだけど、このままでは拙いわね」


 表情から深刻さが伝わる。

 救助はどうなっているのか。

 焦りが募る中、神山が鋭い声が発した。


「あそこ! なにか見えないか?」

「なにかって?」

「どこ?」


 みんなが身を乗り出すように視線を向ける。

 神山の視線の先を辿ると、遠くの方になにかが飛んでいるのが見えた。

 あれは――。


「海鳥だ」

「なんだ、鳥かよ」


 浜崎が落胆の表情で呟く。


「すまない。無駄に期待させるような物言いをしてしまった」

「いや、謝る必要はないよ。もしかしたら状況が好転するかもしれない」


 項垂れる神山に声をかけながら、スマホを取り出し、GPS地図アプリを起動させた。


「急にどうしたの? 状況が好転ってどういう意味?」

「海鳥がいるってことは、近くに陸地がある可能性が高いんだ」

「本当!?」


 白川たちが顔を輝かせる。


「でも、全然陸地なんて見えないんだけど」


 浜崎が水平線を睨みつける。


「人の身長程度の高さから見える範囲って、実はすごく狭いんだよ。具体的には水平線まで4~5キロメートルくらいしかない。しかも僕たちは座っているせいで、もっと短い距離しか見えてない」

「そうなの?」

「詳しく知りたかったら、学校で習った三平方の定理と地球の半径を使って計算する方法を教えるけど」

「いや、いまはそんなこと言ってる場合じゃないだろ」

「そうだったね」


 地図を可能な限り拡大表示させると、小さな島らしきものがこの先にあることがわかった。


「あった」

「私たち助かるの?」


 みんなの顔が漂流してからで、一番明るいものになった。

 しかし、状況はそこまで明るくはないかもしれない。


「名前の表示がないし、そう大きくもないから、人が住んでる可能性は低いと思う」

「そんな……」

「でも海の上よりはマシだと思うよ」

「そうだな。海鳥がいるなら水もあるかもしれない」


 神山が海鳥を目で追いながら言った。


「でも、どうやってそこまで行くの?」


 柚木先生が浜崎たちを心配そうに見つめる。

 今の体力じゃ、救命胴衣があっても、この距離を泳ぐのはきついだろうな。


「タープを帆の代わりにして、すこしでも近付けないか試してみよう」


 タープを広げて、風を受けてみる。

 すると予想以上の力に、体がふらついた。

 いや、僕の体力が自分で思っていた以上に衰弱しているのかもしれない。


「私も手伝おう」

「助かるよ」


 神山が片側を持ってくれる。

 二人で支えると、安定して進み始めた。

 ただ見渡す限りの大海原では、正しく進んでいるのかわかりにくい。


「白川はスマホでナビゲーションしてくれるか?」

「わかった」


 白川にはスマホを渡して、方向を随時確認してもらう。


「私も手伝うわ」

「いえ、先生は浜崎を見てやってください」

「アタシはまだまだ元気だっての」

「場合によっては、泳がなくちゃいけなくなるかもしれないんだ。体力は温存しておいたほうがいい」

「泳ぐの?」


 浜崎がすこし不安げな表情をする。

 気絶させたのでよく覚えてないようだけど、墜落時に溺れているので、ちょっとしたトラウマになっているのかもしれない。


「僕の救命胴衣を使っていいよ」

「結城はどうするつもりなんだよ」


 浜崎が口を尖らせる。


「僕はポリ袋を浮きにするから大丈夫だよ。なに? 心配してくれてるの?」

「そ、そんなんじゃねーよ」


 顔を赤くした浜崎がそっぽを向く。

 素直じゃないなあ。


「ねえ、楽しそうなところ悪いんだけど、方角がちょっとズレてるわよ」


 白川が不満げな顔で言う。


「おっと、危ない。気をつけないとな」


 島の方角を確認して、帆の角度を調節する。

 そのまま、しばらく進んでいると、朝日に照らされた、黒っぽい影が見えてきた。


「島だ!」


 浜崎が声を上げる。

 神山と共に気力を振り絞って、帆を支え続ける。


 段々と島の全貌が見えてきた。

 こんもりとした小さな山に濃い緑が茂っている。

 残念ながら人工物の類は見えないけど、あの様子だと水分補給できる可能性は高い。


「あとすこしだ――」


 希望が出てきたところで、僕たちが乗っていた飛行機の残骸に衝撃が走る。

 同時にガリガリとなにかが底を擦るような音もした。


「なに!? どうしたの?」


 突然の出来事に皆が動揺する。


「落ち着いて、たぶん岩かなにかにぶつかったんだよ」


 身を乗り出して残骸の下を見てみると、海の底が見えるほど、澄みきった浅い海が広がっていた。

 膨らませたポリ袋を水中メガネの代わりにして、残骸の真下も覗き込むと、サンゴの岩礁に乗り上げているのが見えた。

 どうやら島の周りをサンゴ礁が囲うように、群生しているらしい。


「ここから先は泳いでいくしかなさそうだ」

「大丈夫なの?」

「ここは遠浅の海になっているみたいだから、足がつく場所も多そうだし大丈夫だと思う」

「そう」


 白川が安堵の息を吐く。


「サメとかはいないのか?」


 浜崎がきょろきょろと周囲を見る。


「サメに関してはそんなに怖がらなくても大丈夫だよ。映画の影響で過剰に恐れられているけど、現実ではサメによる死者数は世界中で年間十人前後だから」

「そんなにすくないの?」

「負傷者も合わせればもっと多いけど、実際はそんなものらしい」

「そうなんだ」


 浜崎がすこし安心した様子で海を眺める。


「人を襲うような危険なサメって、実はごく一部しかいないし、実際に襲われた例でもサーファーを獲物のアザラシなんかと間違えてるって話だよ」

「間違えてるってどうしてわかるの?」


 白川が疑問を口にする。


「襲われる状況がある程度、決まってるんだ」


 これから海を泳いで渡る前に、しっかりとレクチャーしておく。


「よくいわれるのはパドリング中に襲われるという話。これはサーフボードの上に腹ばいになって、海面をバシャバシャと手で漕ぐ動作なんだけど、これが海中からだとアザラシやウミガメみたいな生き物のシルエットに見えるんだ。しかもそのバシャバシャという音が、弱った獲物がたてる音に似ているともいわれてる」

「なるほどね」

「だから、これから島に渡る注意事項として、なるべく音はたてないように気を付けて泳ぐこと」

「わ、わかったわ」

「もし近くにいたらどうするの?」


 柚木先生が海を覗き込む。


「下手に刺激しないように、離れるのがベストだけど、もし相手が近づいてきた場合は、海中で大声を出すといいらしい」

「どうして?」

「サメは目があまりよくない代わりに、嗅覚や聴覚が優れてるから海中で大声を出すと、それだけで離れて行くこともあるとか」

「へー」

「それでもダメなら、電池を使います」


 キーホルダーのLEDライトをすぐに取り出せるよう準備する。


「電池?」

「サメの頭にはロレンチーニ器官っていう、生物の微弱な電流を感知する部分があるんですけど、これがすごく敏感だから、電池を海中に沈めて放電させるだけでも、驚いて逃げていくんですよ」


 ただこの電池の放電はそこまで強くないので、触れそうなほど近くで使わないと効果を発揮しない可能性がある。

 スマホやモバイルバッテリーなら強力だろうけど、これだと僕たちまで感電するかもしれない。

 たしかお風呂でスマホを使用してして感電死した、なんてニュースもあったはずだ。

 いや、あれはコンセントで充電しながら使用したのが原因だったか?

 ともかく、できれば使いたくはないけど、いざとなれば迷っていられないな。

 スマホやモバイルバッテリーも取り出しやすいように荷物を整理して、島へ渡る準備を万全にする。


「なあ、救命胴衣はともかく、服とか靴は脱いでった方がいいかな?」


 浜崎が靴をプラプラと振る。


「いや、履いた方がいい。サンゴ礁や岩礁って結構鋭いものが多いから、素足で触れると怪我するよ」

「なるほど」

「それに海中で血を流すと、においに釣られてサメが寄ってくるかもしれないから」

「海の中でにおい? いまいち想像できないけど……」

「たしかに僕ら陸上生物には理解しがたい感覚だね」


 俗説では、サメは血のにおいを数キロ先から嗅ぎつけるという話があるが、これは誇張された迷信だと近年の研究で否定されている。

 とはいえそこそこの距離なら反応することは確かなので気をつけるに越したことはない。

 他にも排泄物のにおいにも反応すると聞いたことがある。

 だから海の中で催しても絶対にしてはいけない。

 みんなにも言っておこうかと思ったけど、デリカシーがないと言って怒られそうなのでやめておいた。

 さすがに言うまでもなくしないだろうし。


「あと気を付けることは、毒を持った生物かな」

「こんなキレーな海に、そんなのいるの?」

「むしろこういう熱帯の海ほど、危険な生物が多いんだよ」

「そうなの?」


 浜崎だけでなく、みんなもあまり詳しくなさそうなので、代表的なものだけでも説明しておくことにした。


「ウミヘビやミノカサゴ、エイ、クラゲあたりは有名だな。でももっと気を付けなくちゃいけないのが海底で動かないタイプ。オニヒトデやオニダルマオコゼ、イモガイなんかは岩と気づかずに踏んでしまう事故が多いんだ。ちなみに今言ったやつはどれも猛毒。最悪死ぬ可能性があるよ」

「どうすればいいのさ!」

「基本的に相手から襲ってくることはないから、足の踏み場に気を付けてさえいれば大丈夫だよ」

「なんか怖くなってきたな」


 すこし言い過ぎたかな。

 みんなが不安げな表情を浮かべている。

 でも最低限の気を付けるべきポイントは知っておかないと、知らず知らず危険へ足を踏み入れるかもしれない。

 けれど知ってさえいれば、回避できるのだ。


「泳いでいけば大丈夫だよ」

「そうよね」

「よし。準備ができたようだし、それじゃあ行こうか」


 みんなで海に入り、さっき話した注意点に気を付けながら、島へと近づいていく。

 しばらく進むと、海底が砂地に変わりはじめる。

 この辺りまでくれば、もう大丈夫だろう。

 ざぶざぶと海を掻き分け、ついに砂浜へと辿り着いた。


 こうして無事、島へと上陸を果たした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る