第3話 自己紹介



「これも何かの縁だ。自己紹介でもしないか?」


 白川たちが落ち着きを取り戻したころ、神山がそんなことを言い出し、


「そうね、他にできることもないし、普段あまり話さない子もいるからいい機会かしら」


 柚木先生も賛同したことで、自己紹介をすることになった。


「言い出した私からいこうか。神山なぎさだ。部活は剣道部で主将を任されている。その関係で柚木先生には何度もうちの部がお世話になっているよ。まあ、こんなものかな。これからよろしく頼む」


 神山はそういって頭を下げた。

 艶やかな黒髪がさらりと流れる。

 聞くところによると、結構な良家の子女で、箱入り娘だという話もあったけど、意外と噂のどおり本当なのかもしれない。

 ひとつひとつの所作が洗練されているような気がした。


「それじゃあ次は私かしら。みんなとは何度も顔を合わせてるから、名前くらい覚えてくれてると思うけど、養護教諭の柚木ゆかりよ。今回は引率として同行したんだけど、こんなことになっちゃってどうしたらいいのか……。頼りないかもしれないけど、あなたたちを無事に帰すためなら、なんでもするつもりよ。すこしでも体調に不安があればすぐに言ってね」


 柚木先生は先ほどまでと違って、いつもどおりの優しい笑顔で話した。

 この中で唯一の大人だからか、弱気なところを見せないように気にしているのかもしれない。

 とはいえまだ二十代だって話だから、あまり大人という感じじゃなかったりする。

 でもそのおかげか学校では親しみやすくて、人気の先生だった。


「頼りないなんて思ってませんよ。すくなくとも私は頼りにしてます」


 気丈に振る舞う先生に、白川は力強く声をかけた。


「次は私ね。私は白川麻衣よ。結城君と浜崎さんは同じクラスで、そこの委員長なの。神山さんとは学校で何度か話はしたけど、お互い忙しいしあまり機会がなかったでしょ? これからはよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 白川と神山が握手したあと、こちらに視線を向けた。


「えっと、それじゃあ、次は僕の番かな。結城春人だ、よろしく」

「それだけ?」

「こういうの苦手なんだよ。特に部活もしてないし、成績も普通くらいだしね」

「趣味とか好きなモノくらいあるだろ?」


 浜崎がなぜか興味深そうに聞いてくる。


「趣味か……時々キャンプとかに行ったりはするよ」

「へー、いいじゃん。みんなでわいわいすんの楽しそう」


 浜崎が身を乗り出してくる。

 海とかに大勢が集まってバーベキューしたりなんて想像してるのかもしれない。

 けどそうじゃないんだよね。


「僕の場合はソロキャンってやつだよ」

「一人でってこと? なんで?」

「なんでって言われてもな。たまに一人になりたいときとかない?」


 僕はこれでも他人に気を配るというか、気にするタイプの人間だったりする。

 でもそういう生き方はちょっと息苦しくて。

 ときどき、そういうのを全部放り出して、旅に出たくなる。

 まあ普段は学校があるから、結局は近場でソロキャンプしたりするくらいなんだけどね。


「でも一人だと危ないんじゃない?」


 白川が訊ねてきた。


「一応そのあたりは気をつけて準備や装備は万全に整えてるから、いまのところ危ない目にあったことはないよ」

「そういえば、飛行機のときもそうだけど、さっき浜崎さんを助けたときもいろいろ知ってて、すごかったね」

「助けたって、浜崎さんなにかあったの?」


 白川の何気ない一言に反応した柚木先生が気遣わしげに浜崎を見る。

 そういえば柚木先生にも一応診てもらったほうがいいのかな?


「え、いや、ちょっと……」


 浜崎が口ごもると、代わりに白川が説明する。


「浜崎さんさっき溺れてたのよ。しかも呼吸が止まってて、結城君がその、じ、人工呼吸して助けたの」


 白川が途中から顔を赤らめて恥ずかしそうに話すので、僕まで変に意識しそうになる。

 そこはなるべく考えないようにしていたのに。

 浜崎の唇を思い出してしまった。


「それ本当なの!? 浜崎さん大丈夫? 気分は悪くない?」


 僕が余計なことを思い出している間に柚木先生が慌てた様子で訊ねていると、浜崎は一瞬ぽかんとしてから、取り乱し始めた。


「ちょっと待った! 人工呼吸ってなんだよ。そんなの聞いてないぞ!」

「落ち着けって。あれはただの医療行為だ」

「ただの!? アタシは初めてだったんだぞ!」


 ギャルっぽい見た目に反して意外と初心うぶなんだな。

 真っ赤になって怒鳴る浜崎が可愛く見えてきた。

 というか僕も初めてなんだけど、こういうのは普通ノーカウントなんじゃないのか?

 いまは何を言っても怒られそうなので、黙っておくけど。


「ずいぶん顔が赤いけど、本当に気分は大丈夫なの?」


 そんななか柚木先生は天然なのか、僕らのやり取りを気にせず、心配そうに訊ねている。


「っ!? 大丈夫だから、いまはほっといて!」


 みんなの視線に耐えられなかったのか、浜崎は顔を隠すようにそっぽを向いた。


「大丈夫ならいいんだけど、しばらくは安静にしてた方がいいわ」

「えーと、自己紹介は浜崎さんが残ってるんだけど、私が代わりに紹介しようか?」

「――玲奈だ」


 白川が提案すると、浜崎がぼそりと呟いた。


「えっと……」

「よろしく、浜崎さん」


 変な空気の中、神山は特に気にした風でもなく、面白そうなものを見る顔で浜崎に言葉をかけた。

 もしかして神山もすこし天然というかズレているのかもしれない。

 普段なら全く関わりにならなさそうな相手ばかり。

 まあ無事に自己紹介を終えられてよかったとしておこう。


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