第16話 探索準備
遭難三日目の朝。
浜崎のモーニングコールで目が覚めた。
ありがたいことに、僕の胴体へのボディプレスもセットだ。
「――おはよう、次はもっと優しく頼む。象が降ってきたかと思ったよ」
「なに? アタシが重たいって言いたいの?」
浜崎が不満顔で言う。
「雪のように軽いよ」
言いながら子どもの頃に、巨大な雪の塊が屋根から降ってきたことを思い出した。
あのときの僕は生き埋めになって死ぬかと思ったものだ。
「ハハハッ、なんだよそれ」
浜崎が楽しそうに笑う。
一晩眠って、元気は十分なようだ。
体を起すと、みんながシェルター前の焚き火を囲って僕たちを見ていた。
「みんなの体調はどう?」
「ばっちりよ」
白川が答える。
肌艶がよく、白い肌が輝いて見えた。
ココナッツオイルのおかげだろうか。
「結城君と柚木先生のおかげで、私たちはぐっすり眠れたよ。しかし今度からは交代時間は守ってもらいたいな。二人が疲労しては元も子もないだろう?」
神山が労わるように、声をかけてくる。
そう、昨夜は柚木先生と遅くまで語りあっていたせいで、気付けば交代時間を一時間以上超過していた。
おかげで寝不足気味だ。
「おはよう……みんな元気ねぇ」
隣で寝ていた柚木先生も目を覚ました。
眠そうな目をしている。
僕だけならまだしも先生まで負担をかけてしまったか。
「それで昨夜は二人きりで、そんなに遅くまでなにをしていたの?」
白川が探るような視線を向けてくる。
「いや特にはなにもないよ、ですよね先生?」
「え、ええ救助が来ないか、見張ってただけよ」
「なんか怪しい」
納得していない表情で白川が呟く。
たしかに秘密はある。
本当ならみんなとも情報共有すべきだろう。
しかし救助がすぐに来ないかもしれないという話は、まだみんなには話さないことで柚木先生と合意した。
ショックが大き過ぎるかもしれないからだ。
話すタイミングは、メンタルケアも担当している柚木先生が慎重に判断する。
しかし救助が来なければ、近いうちに嫌でも知ることになる話だった。
「それより今日はどうするんだよ。アタシお腹空いたー」
浜崎が声を上げる。
水とココナッツしか、口にしていないのだ。
無理もない。
いや浜崎たちはカロリーブロックも食べてたはずだけど……まあ、あれだけでお腹は膨れないのでしかたないか。
「いまは――7時か」
腕時計を確認し、太陽を見る。
すでに日は昇り、朝の陽射しが海原を輝かせていた。
活動するには十分な明るさだ。
空も晴れ渡り、暑い日になりそうだった。
水分補給をしながら、今日の予定を話す。
「今日は島の探索をしようと考えてるけど、みんなはどうする?」
「どうって、みんなで行くんでしょ?」
白川が首を傾げる。
「それなんだけど、二手に分かれたほうが救助隊を見つける可能性も増えるし、探索効率もいいだろう?」
「それじゃあ夜と同じように分けるってこと?」
「いや、柚木先生はシェルターで待機だ」
「どうして? 体調でも悪いの?」
白川が心配そうな顔をする。
「問題ないわよ。昨夜、結城君と話して決めたことなの」
柚木先生が微笑みを浮かべて言う。
自然体な感じで、以前より魅力的だった。
「火と狼煙を維持する必要があるでしょ? 救助隊が見えるとしたら、ここが一番可能性が高いはずだしね」
「それに誰かが体調を崩したり、怪我をしたときに、ここへ戻ってくれば先生に診てもらえるから、みんなも安心だろ?」
僕が説明を付け足す。
先生が探索に出掛けてしまうと、もしものとき探しにいくことになるのだ。
それなら、ここで待機しているのがいい。
「なるほど。理解したわ」
「それじゃあ探索は二人組が二つってことか?」
浜崎が疑問を口にする。
「ああ、二人一組が二つ。それがいいと思う」
「どう分ける?」
神山の言葉に、なぜかみんなが僕に注目する。
僕が決めてもいいのか?
「体力的なことを考えると、僕となぎささんは分かれた方がバランスがいいと思う」
「そうか」
神山が頷く。
問題は白川と浜崎なんだけど。
「浜崎は僕の組でもいいか?」
「え、アタシ!? ま、まあいいけど、なんだよアタシに興味あんのか~?」
浜崎が嬉しそうな顔をする。
遊びにいくわけじゃないんだけどな……。
「ちなみに理由は?」
白川が尋ねてくる。
見ての通り、浜崎は調子に乗りやすそうだからな。
目を離すとなにをしでかすか心配なのだ。
その点、白川は安心して送り出せる。
体力的な不安は、神山がフォローしてくれるはずだ。
「白川は危険な真似はしなさそうだし、引き際も弁えているだろう?」
「――そういうことね」
白川はニマニマしている浜崎をちらりと見て、僕の言いたいことを理解したようだ。
浜崎はそれに気づかず、髪を手櫛で整えている。
ほんと心配だ。
すこし注意喚起しておいたほうがいいかもしれない。
「探索するにあたって、安全第一で行動してほしい」
「ちなみにどのように探索するつもりだ?」
神山が真剣な顔をする。
「いまのところは島の周囲をぐるっと回るだけ。森の中は入らない」
「それだけか?」
「あとは、人の痕跡だとか、川や水源がないか調べておきたいかな」
「人の痕跡って、この島に誰か住んでる可能性ってあるの?」
白川が周囲を見回す。
「可能性は低いと思ってるけど、ゼロではないだろ?」
GPS地図アプリで見たところ島は小さく、近くに名前がわかるような場所もなかった。
おそらくは無人島で間違いない。
それでも確認はしておいて損はないはずだ。
「誰かいたら、アタシたち助かるんだよな?」
「まあそうなんだけど、一応注意だけはしておいてほしい」
「注意ってなにに?」
浜崎が怪訝な表情を浮かべる。
「善人ばかりとは限らないだろ?」
「なに? 海賊でもいるっていうの?」
浜崎が笑う。
冗談を口にしているのは見てわかった。
だから僕はあえて真面目な表情で言う。
「可能性はあるよ」
「は? 海賊だよ?」
浜崎は信じられないって顔をした。
まあ、そうなるよな。
「現代でも海賊は存在するんだよ。ソマリア沖のは有名だけど、日本でもニュースになってたの知らない?」
「もしかして自衛隊の派遣が、話題になってたやつのこと?」
白川が言う。
「そうそれ。自衛隊を派遣することの是非を巡って騒いでただろ? あれは各国の船が海賊に襲われていたからその護衛なんだ」
「マジで? 海賊なんて映画か漫画の話だと思ってた」
浜崎が目を見開く。
「他にも密漁者や未接触部族とか注意すべきものはいろいろあるよ」
「密漁者はともかく、未接触部族って?」
「現代文明と一切の接触を行っていない、孤立した部族のことだよ。有名なのはインド洋の、とある島にいる部族なんだけど、島に上陸した人間を容赦なく――排除したりする」
数年前にも、とある宣教師が島に乗り込んで、そのまま殺害されたという事件があった。
「やばいじゃん。もしそんなやつらがいたらどうすんの?」
「まあ可能性は低いよ。野生動物と不用意に遭遇しないよう、気をつけるほうが大切なくらい」
「そうなの? でも気をつけるってどうすりゃいいの?」
「えーと、話をしたり、なにか音を出しながら歩いていれば大丈夫。ああそうだ、みんなにも道具を預けとかなくちゃね」
ドッグタグ(シグナルミラーの代わり)、ホイッスル、メタルマッチ、ミニコンパスなどを神山と白川に渡す。
「なにかあったらホイッスルを吹いて知らせてくれ。あまり遠くまでは届かないかもしれないけど、もし聞こえたら、すぐに向かうよ」
「結城君たちはどうするの?」
「僕は指笛が使えるから大丈夫」
ホイッスルほどではないけれど、それなりの音量が出せる。
「へーなんでもできるのね」
「なんでもってほどじゃないよ」
白川が感心するように言ったが、そこまで大したものじゃない。
ちょっとした特技程度のことだ。
「シグナルミラーの使い方は覚えてる?」
「大丈夫よ。でもこれ私たちが預かってもいいの?」
「いいよ。シグナルミラーは光を反射するものならスマホの画面でも代用できるしね。あとは――時間がわからないと困るかもしれないから、腕時計も渡しておくよ」
時計を身につけているのは僕と柚木先生だけだ。
みんなはスマホを利用していたのだろうが、失くしてしまっているので正確な時間が確認ができない。
僕はスマホがあるから、渡してしまっても大丈夫。
バッテリーは昨夜のうちにモバイルバッテリーから充電しておいたので、ある程度の余裕もある。
「先生には医療品とマルチツールを預けておきます。ついでにモバイルバッテリーのソーラーチャージも頼みますね」
「ええ、任せて」
柚木先生には昨夜のうちに話を通してあるので、問題はないだろう。
僕が持っている医療品の説明もしてある。
主に絆創膏や風邪薬、痛み止めなど、日本で使っていた物だ。
外国の製品は成分などが微妙に異なるし、使いなれた物の方が安心できる。
マルチツールはピンセットやハサミなどで、とげ抜きやちょっとした処置ができるだろうと思ってのことだ。
あとは石を集めて浜辺にSOSの文字を作ることも頼んである。
まあこれは余裕があればでいいのだけれど。
一番はやっぱり狼煙だ。
「とりあえずこんなものかな。あくまでもみんなの安全が第一で、体調が悪くなったり、危険だと思ったらすぐに戻ってくること。それと昼までに帰れそうにないと思った場合も引き返すことにしよう」
まあそこまで大きな島じゃないので、いくら体調が万全でないといっても一、二時間あれば十分に島を一周出来るはずだ。
探索準備は整った。
暑くなる前に出発するとしよう。
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