第10話 遭難信号



 昼ごろになって、シェルターは完成した。

 といってもタープを張っただけなのだが。


「お疲れさま」

「みんなも薪集めお疲れ、涼しくなるまでは休憩にしようか」


 日差しの暑さが、きつくなり始めたので、シェルターで昼休みにする。


「はー、疲れた」


 浜崎が僕の隣へやってくると、地面にだらしなく寝転がる。

 その拍子に、スカートが捲れて、下着がチラリと見えた。


「下着見えてるわよ」

「なっ!?」


 白川の言葉に浜崎が勢いよく体を起こす。


「結城、おまえ見たか?」

「え、なにを?」


 すっとぼけてみたが、浜崎は目を細めた。

 バレてるな。


「見たいのか?」


 浜崎がぼそりと呟くように言う。

 頷いたらどんな反応をするのか、気にはなったが、、後で面倒なことになりそうな予感がした。


「破廉恥よ」


 白川が咎めるように言う。

 そしてシェルターの日陰に入ると、スカートを手できっちりと抑えながら、腰を下ろした。

 神山と柚木先生もそれに続くように、日陰に入ってくる。

 やっぱり、五人もいると狭いな。

 肩が触れ合う距離で、密着していると、どうしても意識してしまう。

 気まずさから、シェルターの外に目を向ける。


「そうだ、狼煙上げなきゃいけないんだった」

「手伝おうか?」

「いや大丈夫。ちょっと火を付けるだけだし」


 白川に答えて、シェルターから一人出る。

 みんなが集めてきてくれた流木は結構太いものが多い。

 これではライターがあってもなかなか火がつかないだろうから、ココナッツの繊維や枯れ葉を火口にするか。

 午前中に剥いたココナッツの皮から、繊維を取り出して細かく解す。

 ついでにポケットの中の糸くずなんかも混ぜてしまおう。

 両手で揉むようにして、鳥の巣みたいな塊ができれば準備オーケーだ。

 さっそくライターで火をつけようとすると、白川が声をかけてくる。


「ねえ、さっき言ってたメタルマッチは使わないの?」

「ん? ライターのが楽だからね。――もしかして興味あった?」

「ちょっとね」


 そういいつつも白川の表情からは好奇心が見てとれた。

 やる気があるなら、やらせてみるのも悪くないか。


「なら、白川がやってみる?」

「いいの?」

「何の話?」


 浜崎が口を挿む。

 なんとなく不満げな表情だった。

 浜崎も意外とこういうのに興味があるんだろうか?

 いや、単純に内緒話でもしていると思っているだけかもしれない。

 別に秘密というわけじゃないし、後々になって何度も説明することになると面倒なので、この際みんなも巻き込んでしまおうか。


「メタルマッチっていう火起こしの道具ファイアスターターがあってね」


 みんなにも白川に話したのと同じような内容を説明をしてから、実際に使い方をレクチャーする。


「まず表面の黒い塗装を削り落す」

「塗装されてるの?」

「メタルマッチは金属だからね。剥きだしだと、錆びたり劣化するんだ」

「それならいまは使わない方がいいんじゃ」


 白川が言う。

 遠慮しているのかもしれない。


「大丈夫。そんなすぐに劣化するほどじゃないから。それよりみんなもいざというときに、すぐに火が起こせるようになっておいたほうがいい」

「どうして?」

「僕が動けなくなったり、ライターが使えなくなったりしたら困るだろ?」

「まさか体調でも悪いの?」


 柚木先生が僕の顔を覗きこむ。


「いまは問題ありませんよ」

「いまは?」

「ただこの先も、ずっとそうかはわからないってことです」

「なにか無茶なことでもするつもりなの?」

「まさか。可能な限り、危険は避けるつもりですよ。それでも最悪の事態は想定しておかないといけないでしょう?」


 不慮の災難っていうのは、避けようとして避けられるものではないのだから。

 だからもし、僕に万が一のことが起きれば、彼女たちだけでも生き延びられるように、手を打っておこうと思った。

 火起こしの方法をレクチャーするのも、その一環だ。


「そんなつもりで言ったわけじゃないの。可能性であってもそんなこと言わないでよ」


 白川が悲しげな表情をする。

 あれ?

 そこまで深刻に考えなくても――。

 あくまで万が一の想定であってだな。

 他のみんなに視線を向ける。

 柚木先生が不安げに僕を見ていた。

 浜崎や神山まで神妙そうな顔をしている。

 僕もみんなにこんな顔をさせたくて言ったわけじゃないんだけど。


「えっと――」


 言いながら考える。

 なんていえばいいだろう。


「うん。そう――むしろ、みんなができること増やすことで、役割を分担できるようになるだろ? そしたらなにか不測の事態が起きても僕が助かるってことが言いたかっただけ。死ぬつもりは微塵もないよ」

「結城君が助かる?」

「というか楽ができる」


 冗談めかして言うと、白川がぽかんとした。


「ふふっ、そうね。結城君に頼りっぱなしだって、反省したばかりだものね。みんなもできることを増やして結城君の負担を減らせるようになりましょう?」


 柚木先生が話をまとめる。

 それを聞いて、みんなの表情も前向きなものになった。

 よかった。

 でも、これからはもうすこし、言葉に気をつけなくちゃいけないな。

 想像であっても、死やそれに繋がる自体を連想させるもの言いは、みんなの精神を不安定にする可能性がある。


 おそらく飛行機の墜落で助かったのは僕たちだけだ。

 みんなの友人や知り合いは、きっと――――。

 だからそれを思い出す可能性がある言葉は口にすべきじゃないのだろう。

 悲しむのは無事に生きて日本に帰ってからでもいいのだから。

 そのためにもいまは生き残るために全力を尽くそう。


「それじゃあ説明の続きに戻ろうか。といってもそんな難しいものでもないんだけどね。表面の塗装を落としたあとは、ストライカーと呼ばれる金属片で勢いよく擦るだけ」


 実際にやってみせる。

 シャッと擦ると、火花が派手に散った。


「熱くないの?」

「熱くないよ」


 白川に手渡す。


「火をつけるコツは、火口にメタルマッチを押しつけた状態で擦る。それでもつきにくい場合は、軽くメタルマッチを削って、火口に粉を加えると着火しやすくなる」

「や、やってみる」


 白川が火口を押さえるようにして、さっと擦った。

 火花は出たが、すこし弱かったようだ。

 着火はしていない。


「む~」


 白川は小さく唸ると、今度はメタルマッチを削って、火口に粉を追加した。


「量はどのくらい?」

「数回削り落せば十分だと思うよ。あとは火花を火口へ飛ばすイメージで勢いよくね」

「わかったわ」


 白川はさっきよりも力強く擦った。

 バチバチっと火花が飛び、火口が燃える。


「やった!」

「よし、あとは細い小枝から順番にくべて、火を大きく育てていくんだ」

「任せて」


 白川がポキポキと小枝を折って、火にくべていく。

 そしてある程度太い流木に火がついた時点で、ちょっとした風雨では消えない炎が出来上がった。


「うん、いい感じ。さすが白川」

「結城君のおかげだよ。私これが初めてだったの」


 白川が照れくさそうに髪を指先で弄った。

 見るからにアウトドア派じゃないから、なんとなくそうだとは思ってたけど、筋は悪くない。

 いろいろ教えていけば、なんでも要領よくやれそうだな。


「あとはできるだけ火を絶やさないように、みんなで維持していこう」

「なんで? 白川も火起こしできるようになったんだし、消えたらつければいいんじゃないの?」


 浜崎が首を傾げる。


「うーん、それもそうなんだけど、いまはすこし無理してでも遭難信号を発信し続けるほうがいいと思うんだ」


 救助隊による捜索活動は、時間が経つにつれて、その規模や内容が変化する。

 事故直後は生存者が助かる可能性が高いので、救助活動も大規模で活発的だ。

 しかし時間経過とともに生存率は減少していき、最終的に死亡認定が下されることになる。

 そうなると、救助は打ち切りになって、最低限の捜索活動だけになってしまう可能性があるのだ。

 もちろん、すぐにはそうならないだろうけど、いまの機会を逃す手はない。


「理想は三点狼煙っていう、三角形の頂点でそれぞれ狼煙を上げるやり方。これは国際的にも通じるのが利点なんだけど――」

「問題は薪が足りるかどうか、だな?」


 神山が懸念を口にする。

 そう。

 火を絶やさないように燃やし続けるとなると、流木や落ち葉だけじゃすぐに足りなくなるだろう。

 だからといって木を切り倒すのは、斧がないときついだろうし。

 伐採できたとしても生木は燃えにくいからなあ。

 まあ、煙はよく出るかもしれないけど。


「しばらくは上手くやりくりするしかないな。昼間は最低限の火で一つだけ狼煙を上げて、夜間は明かり重視の篝火を焚く」

「そんな上手くいくのか?」

「大切なのは火の三要素だ」


 指を三本立てる。


「空気、燃料、熱。これらの要素を目的に合わせて調節すればなんとかなるはず」


 説明しながら、白川が起こした焚き火をすこし弄る。

 薪を放射型に地面へ並べた形。


「これは星型の火。怠け者の火とも呼ばれるくらい火の維持が簡単で、少ない薪で長時間燃えるから、普段はこの形で火を維持しながら狼煙を上げる」


 薪を地面に寝かせるように並べているので、空気の供給が少なく、火の勢いはあまりないのが特徴。

 また燃料についても中央で燃やしながら、少しずつ並べた薪を中央に寄せていくやり方なので、無駄に薪をくべてしまったりすることもなく管理しやすい。


「なるほど」

「で、夜間はテント型か、井桁型に組んで、火を大きくしたいんだけど――これは薪の消費が増えてしまうから、長時間の維持はできない」


 両方を組み合わせれば、キャンプファイヤーでお馴染みの大きな炎になり、遠くからの視認性も抜群なのだが――。


「ではどうする?」

「用意だけしておいて、船などの光が見えたときに火をつける。そのとき以外は星型の火を維持して待機だな。これなら短時間でも目的を果たすことはできると思う」

「うん、それなら上手くいきそうだな」


 神山が頷く。

 みんなも他の案はないようなら、これでいこうか――。


「待った。それってつまり最低でも誰か一人は起きてなきゃダメってことだろ?」


 浜崎が言う。


「そうだな。交代で火の番をするのがいいと思うけど」

「一人でするのか?」

「二人一組でもいいけど、みんなはどう思う?」


 どちらもメリットデメリットはあるので、みんなの意見次第かな。

 最初に白川が口を開いた。


「私も一人はちょっと心細いかな。だけど二人組だと一人余るでしょ?」

「それなら私が一人でするから、みんなは誰かと一緒にするのがいいんじゃないかしら」


 柚木先生が言う。

 気丈に振る舞っているが、柚木先生も精神的に結構ギリギリな気がする。

 一人だと、いろいろ考えすぎてしまわないか心配だ。


「先生の負担が大きくないですか?」

「大丈夫よ。私は大人だもの。頼りにしてくれていいのよ?」


 柚木先生が大人の笑みを見せる。

 うーん、どうしたものか。

 悩んでいると、神山が提案する。


「ならば二人組と三人組で分ければいいのではないか」

「そうね。それがいいと思う」


 白川が賛成する。

 たしかに、そちらのほうがいいかもしれない。


「僕もそれに賛成かな」

「アタシも」

「そう? みんながそういうなら、私も反対する理由はないけど」


 全員の意見が一致したところで詳細を詰める。


「分け方はどうする?」


 僕が問いかけると、みんなは顔を見合わせた。

 口元をもにょもにょと動かし、誰も口を開かない。

 なにを考えているのやら。


「えっと、特に希望がないなら最初は僕と柚木先生で担当しようと思うんだけど――」

「まさかの先生!?」


 浜崎が大げさに驚く。

 なにか盛大に勘違いしているようだ。


「浜崎さんそれはどういう意味の反応なのかしら?」

「いや、だって……」


 柚木先生が笑みを浮かべながら、浜崎に詰め寄っている。

 みんな本当に大丈夫なのか?

 事故のショックで現実逃避とかしてないよな?

 別にキャンプファイヤーするわけじゃないんだぞ。

 柚木先生にはいろいろと話をしておこうと思ったんだけど、なんだか不安だ。


「異論がないなら、交代時間はどうするか決めないか?」

「そうね。私はそれでいいわ」

「先生がそういうなら」

「てことはアタシと白川、神山が一緒の組ってことか」

「なによ?」

「別に、まあいいんじゃねーの」


 浜崎がつまらなそうな顔をしつつも了承する。

 そういえば白川と浜崎って全然違うタイプだし、話とか合うのかな?

 神山はまだいまいちキャラが掴めないし、この三人だけだと、どんな会話をするのかすこし気になるな。

 まあ、それはともかく。

 みんなも一応納得したところで、次は時間割を決める。


「交代時間はどうしようか?」

「アタシは最低でも六時間は寝たいな」

「なら単純に六時間交代でいいのでは?」


 浜崎と神山が意見を述べる。


「そうだな。あまり細切れだと熟睡できそうにないから、それでいいと思う。もし辛いならやり方を変えてみればいいし」

「決まりね。それじゃあ今晩はよろしくね、結城君」


 柚木先生が微笑む。

 なんとなく意味深な笑みに見えたのは僕の考えすぎだろうか?

 きっと、そうだな。

 ともかく、考えておくべきことは纏まった。

 あとは準備を整えて救助を待つだけだ。


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