第14話 ココナッツオイル作り
焚き火を囲みながら、みんなにココナッツオイルの作り方を教えることになった。
簡単なので、一度説明すれば、あとは任せてしまっていいだろう。
「まずはココナッツの固形胚乳を削り取ったもの――コプラに水を加えてから搾るとココナッツミルクが出来上がる。あとはそれをしばらく加熱すればココナッツオイルの完成だ」
「それだけなの?」
白川が拍子抜けしたように言う。
「最後にココナッツオイルと油カスみたいなのが分離するから、それを漉す作業もあるけど、大まかにはこんなものだよ」
「へー、簡単ね」
「もっと簡単なやり方もあるにはあるんだけどね」
「なにか問題あるの?」
「まあね。ココナッツミルクを一晩くらい放置しておけば、勝手に油分と水分が分離するから熱を加えずオイルが作れるし、本当はこっちの方がいいとは思うんだけど――」
「それじゃあ時間がかかり過ぎるってわけね」
「そういうこと」
他にも圧搾したり溶剤を使ったりする方法もあるけど、いまある道具で手っ取り早く作るには、これくらいしかない。
「ところでコプラはどうやって削ればいいんだ?」
神山が尋ねる。
「ステンレス定規をナイフ代わりに、細かく削りとってくれればいいよ」
説明しながら、神山にココナッツと定規を手渡す。
ちなみにいま渡したココナッツは、芽が出ていたやつだ。
あとは今日の午前中に開けたものが一つ、午後に飲用として二つ開けていたから、合計で四つ分のココナッツからオイルを作る。
「搾るときはどうする?」
「えっと、本当は布で搾りたいところなんだけど――いやそれ以前に容器をどうするかな」
使えそうなものは――。
そういえば、衣類圧縮袋があったな。
「この袋の中にコプラと水筒の水を加えて搾ることにしよう。搾りとったミルクはカップに入れて、焚き火で加熱すればいい。最後に出来る油カスは食べちゃっていいよ」
「食べれんの?」
浜崎が反応する。
「もちろん。コプラもミルクもオイルだって食用なんだから、何の問題もないよ」
「なんかやる気出てきたな」
浜崎がシャツの袖を捲りあげる。
現金な奴だ。
「まあ、だいたいそんな感じだから、みんなに任せたよ」
「おう!」
作業に移るみんなを確認して、夜の浜辺へ向かった。
焚き火からすこし離れただけで、もう足下が見えない。
しかたなくキーホルダーのLEDライトを使用した。
いざというときに備えて、あまり使いたくはないんだけど、松明をつくるほど、材料も豊富じゃないのでしかたない。
足下を照らし、手早く石を拾い集める。
この辺りの石は、ざらざらしているのが多いようだ。
サバイバルが長期化する場合、石器でナイフや斧を作成する必要があるかもしれないのだが、ここらの石は石器には向いてなさそうだな。
たしか太平洋諸島では適した石材が少ないので、貝殻なども利用していたと聞いたことがあるけど、切れ味は悪そうだし、どうしたものか。
今後のことを考えつつも、十分な数を集めて、焚き火まで戻ると、神山が僕に気付く。
「おかえり」
「――ただいま。作業は捗ってる?」
「いや、それがなかなか大変だ」
神山が定規をふりふりする。
「意外と固くて、すこしづつしか削り取れないよ」
「あー、そういえばコプラ作りは結構な重労働だったっけ」
「なんだ知っていたのか? 結城君も意地悪だな」
神山が拗ねるように言う。
こういう口調は珍しい気がする。
これがより素の態度に近いのかもしれない。
「石を熱している間は、僕も手伝うよ」
「いや、これは私たちの仕事だ。結城君もすこしは休んだらどうだ?」
「そうよ。役割分担するって言ったでしょ?」
柚木先生も口添えしてくる。
とはいえ、なにかしていないと思考がおかしな方へ逸れてしまいそうで、どうにも落ち着かない。
「なぎさ――さん、こそ昼間休んでなかったんじゃないの?」
「それはそうだが……」
すこし疲労感の見える神山が頷く。
「しゃーねーな、アタシが代わってやるよ」
浜崎が言う。
他のココナッツを割っていたようだが、そちらの処理はすべて終わったみたいだ。
神山の手から定規を引き抜くと、さっそく作業に取り掛かる。
「ん? なんだこれ?」
「どうした?」
「こっちのココナッツ、中がぐにょぐにょだぞ」
浜崎が定規を刺し入れると、白い固形胚乳が簡単に剥がれおちる。
しかも固形胚乳の部分がすごく薄い。
「それ緑色のココナッツだった?」
「そうだけど……」
「ヤングココナッツなら、そういうものだから気にしなくていいよ」
「へー、でも使える部分が少なすぎないか?」
「そうだな……そっちは食べちゃってもいいかもな」
「いいの?」
そういうなり浜崎が口に入れる。
全く躊躇せず食べたな。
ある意味で感心していると、浜崎が顔をしかめる。
「なんか微妙」
「ちょっと貸して――」
小さく切り取ってにおいを嗅ぐ。
腐ってはいないな。
齧ってみる。
うん……たしかに微妙だな。
聞くところによると、イカの刺身みたいだという話もあったけれど。
食感こそ近い感じはするものの、味はなんだか青臭い部分が残ってるな。
「どんな味なの?」
白川が尋ねる。
「出来損ないのナタ・デ・ココって感じ」
「あー言われてみれば、そんな感じもするけど、そこまで甘くないしおいしくはない」
浜崎が渋い顔をする。
「そういえばナタデココって、なんなの?」
「なにって、ココナッツジュースを発酵させた食品だろ?」
「え、あれって発酵食品だったの?」
白川が驚く。
あれ?
意外とみんな知らないのかな。
「ナタ菌っていうので発酵させると、表面から凝固していくんだ。だから名前もココナッツの皮膜って意味のナタ・デ・ココと呼ばれてるんだよ」
「へー初めて知った」
「そんなことはいいから、これどうすんの? ナタ・デ・ココにできるの?」
浜崎が尋ねてくる。
「それはさすがに無理だよ」
「なーんだ、無理なのか。一口食べたら余計にお腹空いた」
「オイルを採った後の油カスのほうは、おいしいらしいよ」
「マジで?」
疑うような視線を向けつつも、浜崎は再びコプラ削りに戻っていった。
欲望に素直だな。
すこし時間がかかりそうだし、その間に出来上がったコプラからココナッツミルクを搾っていくか。
袋の中に水筒の水を加えようとすると、横から手が伸びてきた。
「そっちは私に任せて」
手が空いていた白川がやる気のようだった。
「それならまずは袋の中で、よく揉みこんでくれ」
「わかったわ」
白川が水を加えて、袋を揉みしだく。
するとだんだん中が白く濁りはじめた。
「白いのがでてきたね」
「それがココナッツミルクだよ」
「おいしいのかな?」
白川が興味深そうに言う。
うーん、市販のものと違って成分無調整だからなあ。
せめて水じゃなくてココナッツジュースを使えば、飲めるものにはなりそうだけど。
「これは水っぽくて、おいしくはないと思う」
「そっかあ」
白川がすこし残念そうな表情になる。
「まあいいわ。それよりどれくらい揉めばいいの?」
「えーと、もうそれくらいでいいよ」
十分に白濁したところで、次の工程に移る。
空のカップにコプラが混じらないよう気をつけて、ミルクだけを注ぐ。
最後に袋の外から、思い切り握って可能な限り搾りとればいいだけだ。
白川の細い指が、ギュッと袋を握りしめる。
「あっ、濃いのがでた」
白川が扱くように手を動かすと、どんどんミルクが搾りだされていく。
「ふう、これでいいの?」
「搾り終わったら、あとは火にかけるだけだよ」
カップはステンレス製なので直火でもいいのだが、問題は取り出すときだな。
取っ手はあるけど、熱くなると触れなくなるのだ。
まあ、とりあえずいまはタオルを使えばいいか。
しばらく加熱しながら、浜崎が追加で削ったものからもミルクを搾ったり、のんびりと過ごした。
「ねえ、なにか茶色い塊ができてるわ」
「油カスだね。ミルクも透明になってきてるだろ?」
「そういえばそうね」
焚き火の明かりだけではわかりにくいが、オイルができたようだ。
カップを慎重に火から離す。
「これで完成?」
「うん。ある程度、熱が冷めたら使えるよ」
「やったー」
「白川さん頑張ったわね」
柚木先生が、喜ぶ白川の頭を撫でる。
白川は疲労感があるのか、柚木先生に身を預けるように凭れかかった。
そろそろ寝かせてあげないとな。
「なあなあ、油カスは?」
浜崎はまだ眠気より食い気なのか、カップの中身を気にしていた。
「食べていいよ」
「それじゃあさっそく――って箸とかないじゃん」
「えっと、定規か何かで頑張ってくれ」
「えー、マジで」
浜崎がなんとかしている間に、僕は寝床の準備を進める。
薪の中から長い木の棒を選び、それを使って焚き火に突っ込んでおいた石たちを転がしていく。
シェルターの中に運び込むと、あとは湿った砂の中に埋めるだけ。
地面に手を触れると、じんわりと温かくなってきた。
これならすぐに乾きそうだな。
作業を終えて、焚き火に戻る。
「寝床はもうすぐ使えると思うよ」
「あっ手伝わなくてごめん」
「私もすこしぼーっとしていたようだ。すまない」
白川と神山が謝ってくる。
疲労がとれていないのだろう。
みんな眠たそうな眼をしている。
「気にしなくていいよ。それよりそっちはどう?」
「これほんのり甘くて、結構うまいよ」
浜崎が口をもぐもぐと動かしている。
一人だけ全くブレないな。
まあいいんだけど。
「みんなも食べ終わったらココナッツオイルを塗って、もう寝るといい」
「結城君は――先生と火の番か。大丈夫?」
「もちろん。昼間に仮眠をとっておいてよかったよ。先生はどうですか?」
「ええ、大丈夫よ」
柚木先生が微笑む。
その表情には疲労感がにじみ出ていたが、それでも役目はきっちり果たすつもりのようだった。
本当は休んでもらおうかとも思ったが、この様子なら言っても聞かないだろうな。
なら余計なことは言わないでおくか。
「それじゃあよろしくお願いします、先生」
こうして遭難二日目の夜は更けていった。
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