第17話あの頃の笑顔

あれから数日経ち、火曜日になった。


わぁー…、やっぱり断ろうかな。


この数日行くと決めたり、行かないって決めたり、どうしても優柔不断になってしまう。


今日も店の開店準備をしながらも考える。


いやぁ…、でもな…。

せっかくなんだし行こうかな。


もう誰かに行くか行かないか決めてほしいほど頭を悩ませてしまう。


今日は豚汁にしよ。


トントンと野菜と肉を入れて煮込む。

その間にアジも焼いて、今日の夜ごはんを用意する。


この時代は大体食べたいと思えば、食べられるいい時代になったなぁ。

旬のものじゃなくても手に入るなんて想像もしなかったな。


そんなことをぽけぽけ考えながら作っていると、扉が開く音がした。


あれ…?

30分早くない?と思い、時計を見ると余裕で開店時間を過ぎ、久寿さんがくる時間になっていた。


え、いつの間に!


急いで皿の準備をしていると、


「開いてますか?」


と、久寿さんとは全く別の爽やかな若いサラリーマンが扉前に立っていた。


ユキ「いらっしゃいませ。お好きなところどうぞ。」


コンロの火を消して、窓を開けて換気する。


お酒を飲む場所なのに、今は定食屋のような匂いがするお店になってしまった。


「ハイボール、お願いします。」


ユキ「はい。濃いめが好きですか?」


「いえ。普通より薄めでお願いします。」


ユキ「分かりました。」


パパッと手早く作っていく。


この時間帯にお客さんが包まりことはとても珍しいので、驚きで心臓がバクバクする。


「あの、さっき作ってた味噌汁って頂けますか?」


ユキ「あ…、いいですよ。でももう少し煮てからでも良いですか?」


「はい!ありがとうございます。」


私はお願いされたので鍋に火をつけて豚汁を煮込む。


その間にハイボールを渡すとありがとうございますと、若い男性は礼儀正しくお礼を言いハイボールを飲んだ。


「めっちゃ美味しいです!」


と言って、優しい笑顔で私の荒いお酒を褒めてくれた。


あ…、なんでかな。


陽馬さんを思い出す。


少し胸の奥がチクッとした。


ユキ「よかったです。」


私はその男性から顔を背けて、豚汁の煮込み具合を確かめながら会話する。


陽馬さんと出会った頃と同じぐらいの年代だからだろうか。


ふと思い出してしまうのは。


ちらっとその人を横目見る。


いや…、陽馬さんにそっくりなんだ。

忘れようと必死に思い出を振り払ってきたはずなのに、急に陽馬さんと出会ったことを思い出す。


お客さんは何も関係ない人間なのに、勝手に昔の恋人に重ねてしまうなんて申し訳ない。


「どうしました?湯気で目やられました?」


ユキ「え?」


「目が潤んでる。」


ユキ「あ…、そうなんです。最近ドライアイで。」


そんな訳の分からない理由を言い、私は豚汁を盛り付ける。


ユキ「どうぞ。」


「ありがとうございます。久しぶりに手作りのもの食べるんです。」


と、その男性は嬉しそうに話す。


その嬉しがってる様子は犬がとっても喜んで尻尾を振っているようにも見えた。


「美味しい…!」


ユキ「ありがとうございます。」


「いつもコンビニとかスーパーの惣菜で済ませていたので、手作りってやっぱり良いですね!わぁ…、美味しい!」


味噌汁1つでこんなに喜ぶ人間っているのだろうか。

まあ確実に1人、目の前にいるのだけど。


でもその笑顔を見るとやっぱり釘付けになってしまう。


見てるだけ。

そう。欲しいと思わなければ、誰も傷つけない。


[チリリーン]


また店の扉が開く音が聞こえた。

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