第31話 賭け
久寿は正直に話しているような顔で、おとぎ話の様な生き返りをした話と今でも愛してる華さんの話をしてくれた。
おとぎ話なのにとてもリアルで、感情溢れ出す久寿が嘘をついているようにはどうしても見えなかった。
私も似たような体験をして、大切な人を自分のせいで殺してしまったようなもの。
それが聞いていてとても胸に刺さった。
こんなに胸に刺さるおとぎ話を考えられるなら、医者じゃなくて小説家になればいいのにと思ってしまった。
けど、医者を選んだのは自然に血を得るためでそうしないと、生き返らせてくれた華さんが悲しむと思ったから久寿はそうしてる。
永遠に続いてしまいそうな命を持つもの同士、そして大切な人を失った悲しみから立ち上がれないもの同士、寄り添い合えるかな。
ここまで真剣な顔で話してくれた久寿。
タカヒロにシワが増えて、久寿にシワが増えない事を不思議に思っていたけど、まだ一歩踏み出せない。
ユキ「じゃあ、賭けをしよう。」
久寿「賭け?」
ユキ「今日、実は私の誕生日なの。だから次の50年後の誕生日、まだ久寿がそのままの見た目で生きているなら私はその話を信じる。」
久寿「おめでとう。…本当の話だけどな。」
ユキ「ありがとう。…ごめんね、信用しにくい性格なの。」
久寿「まあ、良いけどな。ユキがあと50年もそのままなら俺は嬉しいよ。」
ユキ「おばあさんになったら?」
久寿「それでも一緒にいるよ。大切な存在だから。」
久寿は私のおでこに唇を置く。
久寿「俺はずっといなくならないから、安心して。」
そのまま頭を抱きしめられる。
あったかい。
この心地いい温かさはあの人以来。
ちゃんとこの人たちの最期を私が見よう。
1人そう心に決めた。
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久寿「タカヒロ。」
タカ「なんだよ。」
タカヒロはシワシワのおじいちゃんになって、久寿とチェスをしている。
久寿は整形をしているのか、相変わらず老けないまま。
久寿「俺たち、歳取れないんだ。」
タカ「なんだよぅ。嫌味?」
タカヒロが枯れ始めてきた声で笑う。
久寿「だから、ヒカルさんがいなくても俺たちがちゃんと看取ってやるからな。」
数年前、40年近く連れ添ったヒカルさんは病死してこの世を去った。
タカ「僕も2人の事を看取るまで死ねないよ。」
と、タカヒロはシワシワと手でナイトを動かす。
久寿「それは有難い。存分に長生きしてくれ。」
それを聞いてタカヒロは豪快に笑った。
その笑顔はシワシワのおじいちゃんになった陽馬さんを見ているようで、私の心が締め付けられる。
タカ「まあ、人はいつ死ぬか分からないから探究するんだ。不死身の命だとしても、すぐ終わる命だとしても生きているからには終わりは必ずあるんだよ。」
チェックメイトとタカヒロが言う。
久寿「はぁ…。これだから芸術家は芸術家なんだな。」
負けを認めた久寿がチェスをほっぽり出して、ソファに寝そべる。
タカ「僕が2人よりも先に死んでしまったら、あの木の下に撒いてくれない?」
私たちの家にある大きな桜の木をタカヒロは指した。
久寿「何でだ?ヒカルさんと一緒の墓に入らないのか?」
タカ「ヒカルの骨は本当はここにあるんだ。そうしてってヒカルに内緒で頼まれた。墓の暗くて狭い世界に自分の片割れがいるくらいなら、この家の桜の木の養分になって僕たちの事を見守ってたいんだって。」
「「分かった。」」
2人でそう言うと、タカヒロはまたあの笑顔で笑っていた。
まだまだ一緒にいたい。
けれど、もう時間が無い。
2人の命もあと少し。
私は別れの覚悟をひっそり固めた。
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