第32話 タカヒロ
ユキ。
君は…、一体何者なんだ?
もうすぐで息を引き取ろうとしているタカヒロの目が虚ろな中、それでも笑顔なタカヒロの手を包んでいるその手は100歳を超えてるはずの体には見えない肌のハリ。
いつまでも変わらない肌の白さと透明感。
老いていくはずのその体はなぜ老いないんだ…?
タカ「…も、…でね。」
タカヒロが掠れた声で何かを言う。
ユキ「もう一回言ってくれる?聞き取れなかった。」
ユキが優しい声でタカヒロに囁く。
タカヒロは少し申し訳なさそうに苦笑いして、ゆっくりと深呼吸をして話し始めた。
タカ「2人は…、どんなに年月が経っても変わらないね。きっと僕と同じような体ではないって思っていたけど予想以上だよ。
僕が出会った時は2人とも僕より大人っぽい気がしたのに、たくさん一緒に過ごしてたら僕が追い抜いちゃったよ。」
そう話してくれるタカヒロの手を俺も握る。
タカ「あーぁ、こんなに長く生きても2人とまだまだ一緒にいたいって思っちゃう。あの時は友達も恋人も家族も一生要らないって思ってたのにさ。
2人と友達になって、ヒカルと出会って、家族になって、こんな楽しいと思える人生が歩めるなんて思いもしなかった。全部…、全部ユキと久寿と出会えたおかげ。
…出会ってくれて、ありがとう。」
久寿「…どうした。まだ生きてもいいぞ。俺たちはまだ生きるから。」
俺はぎゅっと締め付けられている声帯を無理矢理使う。
タカ「そうしたいんだけど、難しいっぽい。」
タカヒロはエヘヘと弱く笑う。
それを見たユキがタカヒロの手を握っていた手をぎゅっと強める。
タカ「ずっと側にいてくれてありがとう。2人とも元気でね。」
そう言って、タカヒロはまた眠りについた。
次の日からずっと目を覚まさず、ただ息を細々としているだけ。
タカヒロは『死ぬならこの家で』が少し前からの口癖だった。
箸が上手く持てなくなって、体をあげるのも自力では難しくなっても笑顔を絶やす事はしなかった。
俺が見てきた患者はまだ死にたくないと死を受け入れられない人ばかりで、タカヒロのように延命治療を受けなくなった人は俺の知ってる限り誰もいなかった。
どんなに命を繋ごうとしてもその時間、大切に思ってる人と過ごす時間が無くなってしまうくらいなら僕は遠慮しとくよと言った時もタカヒロは笑っていた。
今寝ている時だってタカヒロは笑顔で気持ちよさそうに寝ている。
ユキ「…脈が弱くなってる。」
ユキがタカヒロの手首を触りながら教えてくれる。
久寿「そろそろか…。」
俺はシワシワのタカヒロの手を握る。
久寿「俺はタカヒロに出会ったあの夜、実は嫉妬していた。俺の居場所が取られるんじゃないかって。
でもタカヒロは男も女も分け隔てなく1人の“人間”として俺とユキに接してくれた。それがとても嬉しかったんだ。最期の最後にしか言えなくてごめん。
タカヒロ、今まで出会った人間で最高の友人だ。出会ってくれてありがとう。」
俺がタカヒロの手を少し強く握ると、タカヒロが弱く握り返してくれた。
ユキ「タカヒロ。あの夜、あの店に来てくれてありがとう。タカヒロがあの店に来てくれなかったら、きっと久寿も、咲さんも、アコも、今私の側にいてくれなかったと思う。
今までたくさん迷惑かけたのに側にいてくれてありがとう。タカヒロのおかげで人と関わるのが怖くなくなったんだよ。あの夜、出会ってくれてありがとう。ずっと好きだよ。」
ユキがタカヒロの手を握り、おでこにつける。
するとその手がゆっくり開き、優しく頭を撫でた。
タカヒロの顔を見ると、薄っすらと目を開けて涙を一粒こぼしていた。
タカ「ユキさん、久寿さん…、2人とも今までありがとうね。大好き。」
と言って、タカヒロは微笑んだ後、静かに目を瞑り心音が止まった。
タカヒロ。
たくさんの繋がりを作ってくれてありがとう。
俺の人生でこんなに濃い時間を過ごせたのは初めてだ。
また生まれ変わってこの世に生まれてきた時、俺がまだ生きていたら友人になってくれ。
死んでもお前の側にいるだけでこんなに心が温かいのは、きっと本当の友人と思える存在になってくれたからだろう。
だから今度会えたら、いっぱいの感謝を今以上に伝えたい。
ありがとう、タカヒロ。また会おうな。
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