最終話 可惜夜
タカヒロの葬儀が終わって数日が経ち、あの日約束通り桜の木の下に骨を蒔く。
タカヒロを失ったけれど、それほど悲しみには暮れなかった。
多分、それもタカヒロのおかげなんだと思う。
風が吹けば寒いこの季節も、日差しのお陰で暖かく感じる。
心の存在のタカヒロのような天気で、私は自然と微笑んでしまう。
久寿「天気が良いな。」
ユキ「そうね。これからどうしよっか。」
この家は3人で住んでいたけど、年数的に限界が来ている。
このまま住み続けても後10年くらいで出ていかないと怪しまれてしまう。
久寿「とりあえず、桜を見てから決めるか。」
ユキ「まだまだね。」
久寿「俺らにとってはあっという間だろう。」
ユキ「…そうね。」
久寿「それより俺の事は信用してくれたか?」
そうだった。
賭けをしてたんだった。
ユキ「びっくり人間だったのね。」
久寿「人間じゃなくて、吸血鬼だけどな。」
ユキ「私は雪女よ。」
冗談のような本音を2人で交わし笑い合う。
久寿「賭けは俺の勝ち。一つ願い事聞いてくれるか?」
ユキ「まあ、一つくらいなら良いよ。」
よし、と言って久寿は手袋をつけた手で私の手を掴み、サングラスをずらし目を合わせてくる。
久寿「一緒に歳を取らせてくれないか?」
私はその不思議な言葉に理解が追いつかなかった。
ユキ「…どういう事?」
久寿「俺は血を飲めば永遠にこの姿のまま。けどユキは50年周期で歳を取る。きっと俺はまた…、1人になる。それが耐えられない。」
ユキ「…うん。」
久寿「だから、俺も一緒に歳を取りたい。ユキがいいなら誕生日に俺とキスをしよう。」
ユキ「え?」
久寿「上手くいくかは分からないが、きっといい具合に歳を取れるはずなんだ。」
ユキ「…死んじゃうかもしれないよ?」
久寿「俺は人じゃないから、大丈夫。」
久寿さんは口元のマフラーをずらして私の顔に近づく。
久寿「俺はユキと一緒に歳を取りたいんだ。最後の人生、好きと思える人と過ごしたい。」
ユキ「…華さんの事は?」
久寿「華さんはもうこの世にいない。好きという想いは今でもあるが大切な思い出一つだ。華さんは今では愛のみになってしまったが、ユキに対しては恋と愛が入り混じっている。だから側にいさせてくれ。」
ユキ「…お試しに一回だけ、しよっか。」
私は久寿の死なない確証が欲しいがために、唇に触れる。
これで久寿が倒れたらまた私は1人。
けど、こうやって本音をさらけ出してくれたのだから、ぶつかってあげないとモヤモヤが残ったままになってしまう。
お願い、神様。
この人とだけは離れたくない。
一緒に歳を取らせてください。
私はそっと目を開け、唇を離す。
間近にある久寿の頬にシミが一つ出来た事に気づく。
ユキ「…ここにシミなんかあったっけ?」
久寿「いや、今まで出た事が無い。」
久寿自身もさっきと変わりない様子。
本当に歳を取ったって事なの…?
久寿はびっくりした顔のまま、私に抱きついた。
久寿「ありがとう。俺を不老から救ってくれて。この恩は俺の一生をかけて返していく。だからこれからもよろしくな。」
ユキ「…うん!よろしくね。」
それから私たちは、年齢を同い年にするためにたくさんのキスをした。
その一回一回、愛を確かめる行為ではなく想いを伝える行為として大切に刻んでいく。
久寿はその分シミとソバカスが増えていったけれど、その度嬉しそうな顔をする。
その久寿の顔がとても愛しく感じる。
久寿「少し数を取っておきたくなるな。」
ユキ「もう歳を取るのが嫌になった?」
久寿「いや、俺がしたい時に出来ないのが嫌なだけだ。」
ユキ「嬉しい事言ってくれるのね。」
久寿は私の顔を両手で包み込み、おでこを合わせる。
久寿「あの夜、俺を殺さないでくれてありがとう。こんな幸せな未来が待ってるとは思わなかったよ。」
ユキ「うん。あの夜、お店に来てくれてありがとう。きっとあの日から私の人生が動き出した。今とても幸せだよ。」
私は久寿の両手を包み込む。
ユキ「こんなに明けて欲しくない夜が来るとは思わなかった。」
久寿「俺もだ。この時間が永遠に続けばとわがままを願ってしまうほどだ。」
歳を取るためのキスをしていたのに、時間を止めたくなってしまうほどこの夜が心地いい。
明けない夜はないけれど、今日の夜だけはまだ明けないでほしいと朝ぼらけの空に私たちは願った。
あの可惜夜が繋げてくれた 環流 虹向 @arasujigram
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます