第30話 ほうじ茶
ユキに渡されたメモの住所はあの繁華街から少し離れた古いアパート。
こんな所に1人住んでるのか。
寂しくはないのだろうか。
この深夜に一つだけ明かりがついている部屋があった。きっとそこがユキの部屋だろう。
3階の北側の角部屋。そこがユキの家だった。
[ピンポーン]
インターフォンを鳴らすとすぐにユキが出てきた。
ユキ「送ってくれてありがとう。」
久寿「いや、いつものことだ。」
ユキが部屋に入れてくれる。
人1人が限界の狭い玄関を上がり、中に入ると1Kの部屋でもの寂しげだった。
それでも懐かしいちゃぶ台の様なテーブルの上には、鉄瓶にほうじ茶が淹れられていてその香りで気持ちが安らぐ。
ユキ「狭くてごめんね。」
久寿「1人で暮らすには十分だ。」
ユキが小さいマグカップにお茶を淹れ、少し沈黙が流れる。
ここまで来たはいいが、ユキは何が目的で俺を呼んだんだろう。
俺の不自然な嘘を見透かして、その話をするために呼んだ…、とは思うが俺は本当に言っていいのだろうか。
久寿「俺さ…」
ユキ「あのね。私の誕生日、本当は50年に一回なの。」
急な暴露に驚いたが、なぜ急にユキはそんな嘘をついたのか。
いつもそんな下手な嘘はつまらないからやめろと、タカヒロに言っているくせに。
久寿「…だから、あんまり老けないって?」
ユキ「まぁ…、そんな所。」
久寿「…俺もそんな所。」
歳は取りはしないが、長く続く命には変わりはない。
ユキ「人として生きれないから、静かに誰とも仲良くならず暮らしていこうと思ってたの。」
俺はその言葉に胸を刺される。
ユキはどう考えたって人なのに、なんでそんなことを言うんだ。
俺はユキの冷えた手を握る。
久寿「そんな事言うな。…結婚が人の幸せの頂点じゃない。誰とも仲良くならずって、俺とタカヒロは仲がいい友人じゃないのか?」
ユキ「…そうだけど、もう数十年でみんないなくなるでしょ。」
ユキ、お前もいなくなるだろう。
なんでそんな悲しい顔をするんだよ。
大丈夫だ、俺がお前たち2人の最期まで一緒にいるから。
少し長生きするくらいで悩むな。
俺は自分の腕で初めてユキを包み込んだ。
こうやって思いを込めて人を抱き上げたのは、あの頃以来。
また、思い出す。
最近2人との別れを意識するたび君の顔が出てくるよ、華さん。
ユキ「…何にも起きない?」
ユキが訳わからないことをポツリと呟いた。
久寿「何が?」
ユキ「えっ…と、なんかこうキスしたいとか色々?」
久寿「は?ユキは俺とキスしたいの?」
ユキ「…違う!」
ユキは目の前にあった俺の顔を強制的に手で離す。
俺は抱き締めたままの腕が離れない様に抵抗する。
ユキ「ま、いいや!久寿とタカヒロはみんなと違うって昔から分かってたから。」
久寿「…。」
ユキの中で何かが溶けたのか、晴れた笑顔を見せてくれた。
タカヒロとウーロン茶を買いに行ったあの日と同じ顔をしている。
俺にもやっとその笑顔を見せてくれたのか。
俺はまたユキに抱きつき、温もりを感じようと思ったが思いのほか冷たい。
きっと冷え性なんだろうと思い、自分の体温で温める。
ユキ「今度は久寿の番。」
久寿「え?」
ユキ「ハチ公じゃないでしょ?ちゃんと話して。」
ユキが俺の目を見て、絶対話さないといけない空気感にする。
俺は全て本当の事を話す決心をした。
きっといつものように冗談で流されるんだろう。
でも、もし本気で寄り添ってくれるのなら俺はやっと本当の友人が出来たと華さんに伝えられるよ。
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