第10話 ラムネ

自分たちの思いを伝え合ってから、数か月経った。


あれから華さんのご両親に挨拶をして、家族ぐるみで仲良くさせてもらっている。


家族愛に触れ合えたのは何年ぶりだろうか。

こんなに素敵な愛にあふれている人たちと俺は一緒にいていいのだろうかとたまに考えてしまう。


しかし、そんな考えを打ち消してくれる華さんのあの優しい笑顔。


華さんと生涯を共に生きたいとよく思うようになっていたが華さんが離婚されてから一年と少し、まだ結婚する気も無いだろう。


あと一歩が踏み出せないが、押し付けになってしまうかもしれない。


俺は華さんへの想いが溢れすぎないように気を付けていた。


今は冬が去り、春が少しづつ近づいてきて日中はぽかぽかと温かい。

今日は昼頃大きい公園に行き、外でお弁当を食べることになっている。


俺はそのデートに華さんが好きな苺味のラムネを持っていくことにした。

春になる頃販売されるこの味は俺も元々好きで、この時期になると飲んでいた。


好きな人と好みが合うとこんなに嬉しいんだなぁ。


華さんと出会ってから俺はこうやって心が躍ることが多くなった。


もし、華さんと出会っていなかったら外がこんなにも気持ちいい日差しで照らされていることも、今日から苺味のラムネが販売されているのも知らなかったんだろうな。


公園の出入口で待ち合わせにいつも通り俺は早く着く。


そして読んでいる途中の本を開き、華さんを待つ。


大体10ページくらい読み終わると華さんは来てくれる。


本をいつも通り読み進めていると、とんっと誰かが俺の隣に座った。


その隣を見ると華さんがいつも通りいてくれるけれど来ても俺が読み終えるまで持ってしまうので、この頃は隣に来てくれた時点で気づくように気を付けている。


華「いつも早いですね。」


久寿「華さんも待ち合わせ時間より早く来てるじゃないですか。」


華「楽しみで早く来ちゃうんです。」


久寿「俺もです。」


俺は華さんが作ったお弁当が入っているだろう、カバンを持つ。


結構重い。

これなら家に迎えに行ってあげた方がよかったな。


そう少し後悔しながら俺は、日当たりのいい場所に布を敷き華さんと一緒に座る。


とても暖かく今日は外を楽しむにはとても最適な気候だ。


華「これ、久寿さんがこの間好きって言っていたものが、丁度今日から売っていたので買ってきました。」


と、華さんのかばんの中から出てきたのは苺味のラムネ。


久寿「え!」


思わず驚いてしまった。

俺もカバンの中から同じラムネを取り出すと、華さんもびっくりしながら笑っていた。


華さん用で買ったラムネを俺は渡し、華さんも俺用で買ってくれたラムネをくれた。


プシュッとラムネを開けて、一緒に春を味わう。


夏に飲むラムネも美味しいが、寒さと温かさが入り混じっているこの季節に飲むラムネも美味しい。


そういえば、華さんがいれば何でも美味しく感じるな。


華さんが手渡してくれたお弁当には、おにぎりと漬物、鮭とゆで野菜が入っていた。


そのゆで野菜は飾り切りで梅の花が咲いていて、そこにも春の訪れを感じさせてくれる。


俺は華さんにお礼を言い、頂く。


おにぎりは食べやすいように一口の大きさで作られていて、中には叩き梅が入っていて小さいながらとても満足できる。


工夫されて俺のために作られたお弁当を食べ進めるとどうしても思ってしまう。


『華さんと、結婚したい』と。


華「私もです。」


久寿「ん?」


何に対してだろう?


華「私も久寿さんと結婚したいです。」


思わず思っていたことを口に出してしまったのだろう。

でも、口に出して華さんが思っていることを聞けた。


久寿「しかし、俺はもともと心臓が弱くて、華さんより長く生きれない可能性が高い。そんな軟弱な男と生涯を共にしたくはないだろう?」


子どもの頃から心臓が弱く、親から見放された俺は孤児院にいた頃にあの図書館によく通い、静かに過ごしていた。


こうやってずっと静かに死んでいくのだろうと思っていた。


しかし華さんと出会ってしまい、人生の楽しみを知ってしまった。


でも、これで終わりか。


華「どんな体だろうと、久寿さんと一緒にいたい気持ちは変わらないです。私だっていつ死ぬか分からないし、人生が終わるときに一番愛した人と一緒にいたくないですか?」


華さんは変わった。

しっかり想いを伝えてくれるようになった。


俺もしっかりと想いを伝え、それに応えたい。


久寿「華さんとの時間をもっと増やしたいし、大切にしたい。けど俺が死んだ後、華さんのことが心配だ。」


華「私のことは気にしないでください。」


そう言ってくれた華さんの顔は自信と優しさに満ち溢れていて、男の俺がたよりたくなってしまうほど。


久寿「…これからも生涯共に過ごしてくれますか?」


華「はい!これからもよろしくお願いします。」


この日、華さんが俺の婚約者になった。

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