#5 新たな仲間

第39話 運命的出会い

 *京香 side*


 寺田屋付近 古寺本堂内


 枡屋さんの元を訪れてから、数日後。

 私は今、つい先頃、寺田屋に慌てた様子で訪れた慎一郎さんと共に、とある古寺にやってきている。

 ここは、もう既に人の手が行き届いていないかのように寂れていて、密会するにはもってこいな場所に思えた。

 次いで、多少の蒸し暑さも気にならないほど、私は神妙な面持ちで話し始める慎一郎さんに集中する。

 今回こそは、何とかして避けたいと思っていた枡屋さん捕縛だったのだけれど、空しくも史実通りの展開を迎えてしまったらしい。

 枡屋さんは、同志である大高又次郎おおたかまたじろうさんという方に任務を預け、本来捕縛されるはずの枡屋住居別棟からは離れていてくれたみたいなのだけれど、大高さんが新選組によって捕縛されそうになった。まさにその時、どういう訳か枡屋さんが現れ、大高さんを助ける為に自ら名乗りを上げたのだという。

「じゃあ、自分が近江の志士であると、白状してしまったんですね……」

「はい………」

 私からの問いかけに、慎一郎さんは辛そうに小さく頷いた。

 それから、直ぐに私のところへ知らせに来てくれたらしいのだけれど、これからは、こうして会うことは叶わなくなるだろうとのこと。

「以前、枡屋にいたことで、僕たちへの間者疑惑もしっかりと晴れたわけではないから……」

「そう、ですね……」

「今日も、ここに来ることを躊躇うほどでした。局長たちには、しっかりと自分たちの気持ちを伝えてあるけれど、もっと確かな信用を得る為には、枡屋さんへの想いを断ち切らなければならないだろう、と……」

 あとは、私が見かけた史実通り。

『風の強き日。京の町に火を放ち、混乱に乗じて公武合体派・松平容保らを暗殺。次いで、孝明天皇を長州へ攫う。』と、長州側が計画し、それを古高俊太郎が、自白した。と、いう結末を迎えてしまうのだろうか。

「今回も、歴史には抗えないのかもしれない。それでも、僕も明仁さんも最後まで諦めませんから」

「……っ……」

「だから、後のことは僕らに任せて、京香さんはこちらからの報告を待っていて下さい」

 いつにない、慎一郎さんの真剣な眼差しと目が合う。私は、泣きそうになるのを堪えながら、小さく頷いた。


 *

 *

 *


 その後、慎一郎さんと別れ、重い足取りで寺田屋へと歩みを進めた。そして、左手に伏見桃山城が見えてきたその時だった。

 少し前を歩いていた男女がゆっくりと足を止め、女性が男性の左腕に自らの腕を絡めた。よく見ると、どうやら女性の片方の下駄の鼻緒が切れてしまったらしい。

「あー、もう……また切れちゃったぁー」

 女性が天を仰ぎながら溜息交じりに言う。すると、男性が面倒くさそうに自らの懐を探り、諦めの声をあげた。

「……忘れた。どっかで買わねーと」

「マジで? こんなことなら、さっきのお店で替えの手拭い買っておくんだったわ」

「言っておくが、背負うのも、お姫様だっこも無しでよろしく」

「分かってるわよ! 誰がそんな恥ずいことするかっての」

 お二人共、私と同い年くらいだろうか。薄い桃色の着物を纏い、私と同じように長い黒髪を一つに結っているその女性は、容姿端麗。身長170cmくらいの長身で、くっきりとした黒目がとても可愛い。男性も、グレーの着流し姿で、少し長めの髪を女性同様に後ろで結っており、こちらも長身でモデルさんのようにスタイルが良い。よく見ると、どこかで見た事があるような、そんな気がした。

 それに、聴こえてきた会話がこの時代や人柄にそぐわない気がする。

 一瞬、そんな疑問が浮かんだけれど、私はすぐに持参していた手ぬぐいを千切りながら彼らに話しかけた。

「あの、お困りでしょうから。これ、良ければ使って下さい」

 不意に声をかけたからだろうか。お二人の、少し驚いたような視線と目が合う。

「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」

 女性のほうからそう言われ、私は笑顔で頷いた。

「全然構いません! 私もお手伝いしますね」

 三人で端にある民家の軒先へ身を寄せ、私は女性の前に跪くようにして、千切った手拭いを手早く結んでいった。

「これでよしっと」

「何からなにまで有難うございました! おかげで助かったわ……」

 満面の笑顔で言う女性に、私も微笑みながら、「いえいえ」と、返す。次いで、すぐ近くの茶屋へと向かうお二人を見送って、私も寺田屋へと急いだのだった。


 *

 *

 *


 新選組屯所

 八木亭 庭兼稽古場



 *明仁 side*


 稽古を終え、殆どの者がもろ肌脱ぎの状態で、それぞれが縁側に設置してある大きめの桶から濡れた手拭いを手に、火照った身体を冷やしていく。

 俺は、縁側に腰かけ、滴る汗を感じながら項垂れた。

 俺と慎一郎は、いまだ蔵の中で拷問中の枡屋と会えないまま。

 戻って来た慎一郎から、寺島が思っていた以上に動揺していたとの報告を受け、俺はこれまでに、何度も頭の中でシミュレーションしてきたことを、今一度、整理していた。

 本当は、すぐにでも真相を確かめ、容赦のない拷問に耐え抜いている枡屋を助けたい。その一心だった。

 これまで、なんだかんだと信頼を得ていたことで、近藤さんたちの傍に居られた。が、今回は俺たちへの疑惑と配慮が窺え、一切声をかけられることはない。

 以前、世話になった人物であることを配慮されているのならまだいいが、俺たちが間者だと思われていたら、厄介だ。

 ここは下手に動かないほうがいい。そう判断し、俺たちはなるべく通常通りに過ごしていた。

 問題は、古高俊太郎が、本当に史実通りの人間であるかどうか、だ。

「はい」

 その涼やかな声と共に、火照ったうなじに手拭いの冷たさを感じて顔を上げる。と、総司が少しおどけたような表情かおで俺を見下ろしていた。

「おっと、落とさないで下さいよ」

 俺が顔を上げたことで、うなじから落ちかけた手拭いを総司が受け止めた。俺はそれを奪い取り、改めて、うなじにあてがう。

「複雑ですよねぇ。以前、お世話になった恩人を捕らえる事になってしまったんですから」


(これでも、悪気はないんだろうな。たぶん……)


 何も言い返さない俺に、総司は蔵の中の様子を簡潔に話し始めた。枡屋は、未だに土方さんからの拷問に耐え続けているらしい。

「いやぁ、しかし。敵ながら天晴れですよ。逆さずりにされても、口を割ろうとしないんですから」

「…………」

「山南さんが止めていなければ、死んでいたかもしれないなぁ」

 暑さも手伝って、想像しただけで軽く吐き気を催した。詳しくは知らないが、かなり辛いものであることだけは分かっている。

「で、古高は……?」

 俺が尋ねると、総司はその場に胡座をかき、楽しげに呟いた。

「やはり、気になりますか?」

 気にならない訳がない。それが分かっていて、わざと尋ねているのだろうか。

「大丈夫ですよ。殺めたりはしません」

 冷ややかな眼。それは、こう言っている気がした。『貴方たちを信じている。だからこそ、裏切りは許さない。』と。

 これまで、何度も歴史に抗って来たけれど、そのどれもが失敗に終わっていることから、あらかたこうなる事は予測していた。どうにかして助け出したいが、だからと言って、今の俺たちにはどうする事も出来ない。

 溢れだしそうな想いを、何とか押し留めているが、それもいつまで保てるか分からない。


(……くそっ)


 うなじに置いてある手拭いで、今度は額の汗を拭う俺に、総司がおもむろに立ち上がり言った。

「土方さんからの言伝ことづてなんですが、暇が出来たら蔵に顔を出すように。とのことです」

「俺に……?」

「はい。詳しいことは分かりませんが」

 ちゃんと伝えましたよ。と、言ってその場を後にする総司を目で追いながら、改めて、頭を巡らせた。


(俺に説得させるつもりだろうか。それとも……)


 いずれにせよ、古高あいつに会うことが出来る。そこで、どうもっていけるか。

 一世一代の大勝負をするかのような緊迫感に苛まれながらも、俺は覚悟を新たに前川亭へと急いだ。


 *

 *

 *


 *京香 side*


 寺田屋


「お食事をお持ちしました」

 とある部屋へと、早めの夕餉を持って尋ねる。と、襖を開けたその先で待っていたのは、さっき出会った男女で、目が合った途端、女性が「あれー?!」と、歓喜の声をあげた。

「さっきの親切なお姉さんじゃない! こんな所でまた会えるなんてね」

「ほんとですね! あれから、大丈夫でしたか?」

 私が尋ねると、女性はにこやかに頷いた。

「ええ、全然大丈夫でした。ほんとに助かったわ!」

 その隣では、先程の男性が美味しそうに煙草を吹かしている。

 さっきも思ったのだけれど、女性と違ってマイペースで、少し取っ付きにくそうな印象を受けた。

「ちょっと、そろそろ煙草それ消してくれない? せっかく、寺田屋さんの夕飯を食べられるんだから」

 そう言うと、女性は男性の左手から煙管を奪った。途端、男性は不機嫌そうに顔を歪める。

現代あっちで、これでもかってくらい泊まってただろ……」

 それにしても、やっぱり気のせいではないのかもしれない。恋人同士だろうか、交わされる会話がどうも、現代っぽさを感じさせる。

「なぁに言っちゃってんのよ! 幕末時代こっちは本物なんだからね。それに、あの時は素泊まりだったから、夕飯も楽しみだったの!」

「……アホくさ」

「いーから、煙草これは後にして! ご飯がマズくなるからぁー」

 と、言って煙管の火を消していく女性に、私は笑いを堪えるようにして一声かけ、部屋を後にした。

 痴話喧嘩は、襖を閉めてからも続いている。何かにつけ、枡屋さんのことが気になって仕方がなかったのだけれど、初めて会ったわりには親しみの持てるお二人の会話に、ほんの少しだけれど、救われた気がしていた。


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