十六夜の月 ~想い果てなく~

Choco

#1 出会い 【佐幕派(京香 慎一郎 明仁)編】

第1話 十六夜

 ──令和元年九月二十八日


 清々しく爽やかな風が、秋の香りを運んでくれる頃。

「おぉ~、やっとだぁ」

 柔らかな日差しが降り注ぐ昼下がり。見えて来た壬生寺みぶでらに、思わず感嘆の息を零してしまう。雑誌やテレビなどで目にして以来、ずっと訪れたいと思っていた。

 友達の愛紗美から勧められたある乙女ゲームが切っ掛けで、幕末志士たちを知り、いつの間にか誰よりも夢中になって、彼らの軌跡を辿ってみたくなったのだ。

 一緒に来るはずだった愛紗美が風邪でダウンしたことで、今回初の一人旅となったのだけれど、京都に着いた途端、寂しさは半減していた。

 高校を卒業後、実家の甘味処を継ぐことになったものの、ここ京都で幕末志士たちの息吹きを感じながら働けたら、という夢もある。

 第15代将軍・徳川慶喜や、長州の風雲児・高杉晋作。そして、幕末の英雄・坂本龍馬や、勤王志士である古高俊太郎。何より、最後まで徳川幕府の下で戦い続けた新選組にも魅了された。勿論、私が知っている彼らは、小説家や脚本家たちが史実を基に描いた理想の人であり、本物の史実を知ることは、この先、一生無いだろう。

 会うことも、触れて貰うことも出来ない人たちだと知りながら、それでも、こうして足を運んでしまいたくなる。そんな魅力が、彼らにはあるのだ。

 特に私の心を掴み、憧れてやまないのは新選組一番隊組長である、沖田総司だ。この人ほど素性が分からないというのも珍しいと思う。

 その容姿も、性格もはっきりとしたことは伝えられていないのだけれど、何故か私には沖田総司がどんな人だったのか分かる気がした。

 神様の悪戯なのか、好意なのか。

 この後、私は運命的な出逢いを果たすことになるのだった。



 壬生寺の門をくぐると、手前に壬生塚がある。まずは、沖田総司がよく子供たちと遊んでいたとされている本堂へと向かった。

 新選組が剣術などの稽古をしたり、相撲の興行などを開催していたという場所で、境内は思っていた以上に広く、心地良い風に身を任せながら、新選組の軌跡を辿っているという喜びでいっぱいになっていた。その時、背後から私を呼び止める爽やかで優しい声がして、ゆっくりと振り返った。

「……?」

「あの、これ……」

 柔和な笑顔で、こちらに差し出している青年の手のひらの上にあるのは、紛れもなく私のキーホルダーで、すぐにトートバッグの持ち手部分から落ちたのだと理解する。

「いつの間に……ありがとうございます」

「いえいえ」

 受け取ったキーホルダーをバッグの中にしまって、改めてお礼を言うと、彼は、「それじゃあ」と、微笑みゆっくりと踵を返した。

 壬生塚がある方へと向かう彼を見送り、自分も本堂へと行こうとして、ふと、足が止まる。

 どういう訳か、このシチュエーションを懐かしく感じて、胸をドキドキさせながら、私は彼の方へと歩みを進めた。

 この縁を無駄にしたくない。そんな思いがこみ上げてきていたからだ。

 辿り着いた壬生塚には、彼の他に数名の観光客がいて、私はそれらを避けるように端へ体を寄せながら、改めて、近藤勇の銅像の前で佇んでいる彼を見遣った。

 同い年くらいだろうか。長身で、ネイビーのワインレッドステッチストレートデニムパンツを履きこなし、白いロゴ入りTシャツの上から黒いフード付きのトレーナーコートを羽織っていて、エスニック風な紐ネックレスが時折、胸元で小さく揺れている。軽やかな風が程好い長さの前髪を浚う度、少し中性的な横顔がイケメン俳優並みに格好良い。などと思いながらも、やっぱり本堂の方へ引き返そうとして、再び彼に呼び止められた。

「本堂はもうご覧になったんですか?」

「え、あ……はい」


(って、まだだけど……)


「今日は土曜日だから混んでいますね」

「私、今日初めて来たんです。壬生寺ここ……」

「そうだったんですか。どちらから?」

「東京から」

「奇遇ですね。僕も昨日、連れと一緒に東京から来ました」

 そう言うと、彼は小さめの黒いレッグポーチからスマホを取り出し、何かを確認してから、「もうじき、その連れがここへやって来るはずなんですが」と、呟いた。

 彼女かもしれない。そう思って、挨拶をして奥へ進もうとする私に、彼は照れたように微笑み、また何かを言おうとした。その時、後方から、「悪ぃ、待たせた」と、少し鼻にかかったような、低くて厳かな声に振り返った。

 彼とは真逆に大人格好良い、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせている男性の、冷めたような瞳と目が合う。

「遅いですよ、土方さん」


(ヒジカタさん……?)


 こちらも長身で容姿端麗。少し長めの黒髪を遊ばせ、黒ブーツにブルージーンズ。白いVネックTシャツの上に、留紺色のカジュアルニットウェアカーディガンで決めている。

「珍しいな。お前が女に声をかけるなんて」

「ち、違いますよ! 彼女はその、今さっき偶然知り合って……」

 そうですよね。と、私に同意を求めて来る彼に小さく頷いた。同時に、彼の言っていた連れというのが同性だったことに安堵している自分に気づく。

 続いた、彼の「もし良ければ、僕らが京都を案内しましょうか?」と、いう一言に唖然としながらも、私は即答した。

「一人なので、そう言って貰えると心強いです。でも、いいんですか?」

 彼の隣、さっきから黙ったまま、腕組みをしながら明後日の方向を見遣っている土方さんが気になり、なんとなく躊躇してしまう。

 そんな私を気遣ってか、彼はまた優しく微笑み、「この人はすぐに単独行動してしまうんで、全然問題無いと思いますよ」と、言って自らを沖田慎一郎と、名乗った。

「お、沖田って言うんですか?」

 土方に、沖田。しかも、よく見るとどことなくゲームに登場した沖田総司と土方歳三に雰囲気が似ている気がして、嬉しくなりすぎて思わず俯いた。

 続いて、「やっぱり、そう思いますよね」と、今度は困ったように微笑わらう沖田さんに頷いて、私も自己紹介を済ませた。その途端、彼らは顔を見合わせ、私の名前を呟きながら、何かを思い出すかのように眉を顰めた。

「あの、何か?」

「い、いえ。どこか行きたい場所はありますか?」

 沖田さんは、すぐに何かを取り繕うように微笑んだ。促され、私はこれまでの経緯を簡潔に説明して、新選組所縁の地を巡りたいという希望を伝えると、お二人は、納得したうえで、いろいろな場所へ案内すると言ってくれたのだった。




 午後8時25分 京都内某ホテルの一室


 予約していたホテルへ戻ってすぐ、ベッドに横になりながら、愛紗美からのLINEに何度目かの返信をする。

土方明仁ひじかたあきひとさんに、沖田慎一郎おきたしんいちろうさん、か」

 こんな出会いは、ドラマや小説の中だけだと思っていた。初めて、沖田さんの笑顔を見た時に感じた、懐しさのようなものが何なのかは分からないし、土方さんも同様に、まるで以前まえから知っていたような。

 ある “ 想い ” が込み上げて来た。

 初対面のはずなのに、凄く親しみを持てたことなど。愛紗美に送信して間もなく、『イケメンと一緒で、マジ羨ましいんだけどぉー』と、いう彼女らしい返信が届く。

 壬生寺を堪能した後、その近辺にある、八木邸へと向かい、そこで、お二人が京都を訪れた理由を尋ねたところ、いろいろな話を聞くことが出来た。

 沖田さんがまだ幼少の頃、土方さんのいる日野へ引っ越したことが切っ掛けで、お付き合いが始まったこと。そして、お二人は天然理心流の流派の下、師範代を務めていて、地方で稽古が行われる際には、必ずと言っていいほど声を掛けられると言うこと。

 京都の道場でも門人を指導する為に、昨日から訪れていて、明日はその稽古があるという。あと、どういう訳か、八木邸や壬生寺を訪れる度に、いろいろな感情を抱くらしい。

 偶然なんだろうけれど、史実の沖田総司と土方歳三も、確か同じように知り合い、仲良くなっていた気がする。

 旅行最終日までに訪れようと思っていた場所は数多い。それでも、全ての予定を変更して、お二人の稽古を見学する。と、いう事に、何の迷いもなかった。

「うわ、満月……かな」

 ふと、見遣った小窓から顔を覗かせている月に気づき、枕元にスマホを置いて窓辺へと歩み寄る。

 十五夜お月様はよく耳にするけれど、秋は十六夜月いざよいづきとも言える。

 満月の晩以降は、月の出が遅くなることから、月が躊躇ためらっている。そんな例えまであるほど、何となく神秘的な雰囲気がある。


(早く明日にならないかなぁ……)


 新選組や坂本龍馬らに想いを馳せながら、じっくり名所巡りをしたいと思っていたはずなのに、気が付けば、お二人に会いたい気持ちの方が優っていた。

 別れ際、沖田さんから場所と時間を教えて貰っている時から、明日が楽しみで仕方がなかったのだった。


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