第27話 信じるべき道

 *京香 side*


 用意されていたお茶とお菓子を持って、お登勢さんから聞いていた二階の部屋を目指すと、そこで待っていてくれた明仁さんに迎え入れられた。

 大人っぼく見えるのは、藍色の着流し姿のせいだろうか。以前よりも男らしくなったような気がする。

「お久しぶりです。元気そうで良かった」

「枡屋にいるうちに会いに行けなくてすまなかった」

「心細かったですけど、それどころじゃなかったのも分かっていますから」

 少し気まずそうな視線をこちらへ向ける明仁さんに、私はぎこちなく微笑み返した。

 大まかな史実しか知らないけれど、きっと新選組隊士として生きることは、私の想像以上に大変に違いない。

 お茶とお菓子を明仁さんの前に置き、すぐ隣に腰を下ろしながら、私は気になっていた全てのことを尋ねてみた。すると、明仁さんは簡潔ながらも分かりやすく教えてくれた。

 御所を守っていた時のことや、壬生浪士組から新選組へ改名された時のこと。そして、いよいよ、局中法度が作られたことなど。私は、その一つ一つに引き込まれていった。

「土方さんによって作られたと伝えられている『局中法度』って、じつは、近藤さんと芹沢さんたちとで作られたものだったんですね……」

「ああ。明日から実行することになった。で、枡屋は何だって?」

「ただ、寺田屋へ行った方が良いと言われただけでした」

「……そうか」

 ここで初めて、明仁さんたちが話し合った時の内容の全てを知った。

 その時、枡屋さんは明仁さんの説得に対して、やや不審に思いながらも、最後は一つうなづいてくれたという。

「早くも、枡屋が疑われ始めている」

「……っ…」

「枡屋の姓を捨て、店を離れさせるか。池田屋事件に繋がってしまう物的証拠を別の場所に移させるか。俺なりに、勘ぐられないように訴え続けたつもりだが、枡屋あいつが実行してくれなければ全てが無駄になる」

 どこまで自分の話を真剣に受け止めてくれたのか不安だ。という明仁さんに、私はいつものように明るく接する。

「枡屋さんからしたら、頭を捻ることばかりですもんね。きっと、私を店から遠ざけたということは、順調に事が進んでいるのでしょう」

「……だろうな」

「枡屋さんも、命を投げ出す覚悟は出来ているのかもしれない。でも、やっぱり出来るなら誰一人として死なせたくないって、思ってしまうんですよね」

 明仁さんは、お茶を飲み干し湯呑を受皿に戻すと、おもむろに片膝を立てながら外を見遣った。

「だが、俺達の手で過激攘夷派を捕らえることになったとしたら」

 短くも長い沈黙。

 私は鼓動の乱れを感じながらも、次の言葉を待った。

 視線はそのままに、「捕らえたら最後、幕府に仕える身として手加減出来ないだろう」と、いう明仁さんに、私は何も言い返せなかった。

 本当に、現代で伝えられているところの、『法度』が出来てしまった以上、明仁さんと慎一郎さんは隊士として従うしかないのだから。


(いつだったか、慎一郎さんからも同じことを言われたことがあったっけ。)


『……もしかしたら、時がくれば枡屋さんのことも……』

『その時、京香さんはどうしますか?』


 余程沈んだ顔をしていたのだろう。そんな私の気持ちを察してくれたのか、明仁さんは少しその場の雰囲気を和らげるかのように微笑んで、最後までそうならないように努力していくつもりだ。と、言ってくれたのだった。

「それと、もう一つ聞きたいことがあるんだが……」

 明仁さんは、私を見ながらそう言うと、厳かに瞳を細めた。

 それは中村さんについてと、現在、屯所内に潜入しているであろう間者についてだった。

 前もって、誰が間者なのか分かれば事を荒立てずに済むかもしれない。という、明仁さんの想いに応える為にも、私は必死に頭を働かせた。

「まずは中村さんについてなんですけれど、彼は、私達のことを理解してくれていました。ただ、もしもの時は、剣を交えることになるかもしれないと。それだけは承知しておいて欲しいと、言っていました」

 明仁さんは、黙ったまま小さく頷き、

「そいつも、枡屋に似て頑固なんだろうな」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 七歳の頃からこの時代で生活していたことにより、多少現代人らしさを残しながらも、しっかりと “ 国の為に尽力する ” 事を学んできた中村さんは、半分以上この時代の人間だといえるだろう。

「あと、高杉さん率いる奇兵隊に属していると言っていました。萩というところにいる奥さんと、これから生まれて来る子供の為にも、戦争の無い平和な世の中にしたいと……」

 戦争の無い時代に生まれ育った私達にとって、想像もつかない現状にも耐え忍んできた中村さん。生まれは東京ながらも、長州を第二の故郷だと思い、守り切ろうとしている事に対して、私自身もかなり感化されたことを伝えると、明仁さんはほんの少し微笑み、何かを考えているかのように一点を見つめ厳かに瞳を細めた。

「私と年も近いのに、もう結婚して自立している。素直に凄いなって思うんですよね」

 中村さんから “ 枡屋さんのことをよろしく頼む ” と、言われた時のことを思い出し、改めて、この時代の人達の器の大きさを知る。

「なんていうか、枡屋さんと出会っていなければ、私も明仁さんたちと新選組を見守っていたかもしれないんだよなって。でも、私は……」

 そう、静かに口にして、明仁さんの優しい声に遮られた。

「分かっている。お前は今まで通り、ここにいて俺達を迎えてくれたらそれでいい」

 現代と違って、連絡手段が直接会うか手紙しかないことは難だけれど、なるべく手紙を書いたり足を運ぶようにする。と、言ってくれる明仁さんに、私は無理のないようにと、微笑み返した。

「あと、長州間者であったとされる人の名前ですけど、思い出せたのは楠小十郎くすのきこじゅうろうくらいです」

あいつか」

「あとは、分かりません。でも、楠小十郎に関しては、本当に間者目的で入隊したのか疑問視されていました」

「それはどういうことだ?」

 私は、眉を顰め首を傾ける明仁さんに、覚えている限りのことを説明した。

 楠小十郎は、通説では長州から送り込まれた間者であるとされているけれど、発足して間もない新選組に、間者を送り込んで探らなければならないような機密があったとは、とうてい思えない。との記事を見つけたことがあった。

 新選組は、尊王攘夷を標榜ひょうぼうする剣客集団であり、攘夷を奉勅ほうちょくした幕府の命によってさきがけとなって働いたとされている。

 朝廷と幕府が一体となることにより、新しい強力国家体制のもと、幕府や諸藩を維持し、強化させるというのが、両局長の目指していたところだったという。

 だから、いわゆる尊王攘夷を唱えるいろいろな脱藩浪士が新選組に入隊することで、京都守護職へ就任して以降、京を闊歩する浪士たちを自らの指揮に従わせ、攘夷の尖兵にしようとしていた松平容保の考えも矛盾しなかったのだという。

 攘夷といっても、当初から反幕的な要素が存在していたわけではなく、このような事情により、入隊した浪士もいたかもしれないとのことだった。

「なるほど」

「それに、新選組には近藤さんたちと、芹沢さんたちとの確執もあるでしょう?」

「それもあるが、何度も老中に訴えかけるも未だに受け入れて貰えないままだ。攘夷への期待と、それを幕府側がなかなか決断しないという現実にも頭を抱えている」

 と、明仁さんが溜息交じりに言う。

 特に、攘夷の火付け役となった長州藩を京都から追い出した「八月十八日の政変」以降は、新選組に失望して、浪士たちの脱退も相次いだと伝えられている。

 そんななか、新選組内部に留まり、枡屋さんたちのように京都に潜伏している長州の過激攘夷派たちと連絡を取る人もいたとか。

「それが、楠小十郎なのかもしれません。あとは……名前、なんて言ったかな」

 思い出せそうで、やっぱり思い出せない。と、逆に明仁さんに、間者だと思う人の名前をあげていって貰った結果、新たに二人の名前が浮上した。

「近藤さんが、今一番怪しいと思っている奴らをあげてみたが」

「その、松永主計まつながかずえと松井竜三郎なら聞いたことがあるような」

「松永と松井だな。分かった」

 もしかしたら、枡屋とも繋がっていたりしてな。と、少し寂しそうに呟く明仁さんに、私はその可能性が高いことを伝えた。

 なんといっても、枡屋さんは、あの桂小五郎や宮部鼎蔵たちから信頼されている大物であると、されているのだから。

「これから先、何が待ち受けているのかわからないですけど、私はずっと、明仁さんと慎一郎さんを信じていますから」

 そんな私に、明仁さんは視線を逸らしながら囁くように言う。

「ただの烏合の衆だった新選組が、京一の剣客集団と言われるまでに成り上がれたのは、誠の武士になろうと、ひたすら剣の腕を磨き、励んできた結果だといえる。同じ剣の道を歩んで来た男にとって、こんなにも生き甲斐を感じる居場所はない」

「その気持ち、少しだけど分かります」

「だから、俺は敵になることもいとわず枡屋を離れた。何度も言うが、勝手なことをしたと思っている。だが、この時代を自分らしく生き抜く為にはそうせざるおえなかった」

 そう言うと、明仁さんは少し躊躇いながらも、私と同じ名前の女性のことを打ち明けてくれた。

「初めて名前を聞いた時、正直動揺した。を思い出させるその目にもな。だから、という訳ではないんだが、もう二度と “ きょうか ” と、名乗る女を無くしたくない。そう、俺も慎一郎も思っている」

 再び厳かな視線を受けて、私はまたぎこちなく微笑み返した。

「いつだったか、慎一郎さんが “ 僕らには守りたい人がいる ” って、言っていたんですけど……そっか、そういうことだったんですね」

 その守りたい人というのが、私のことだと理解して嬉しく思う。その反面、今もなお、お二人の心の中で生き続けている、さんへの想いを考えると、何故か複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。

 と、俯いた。その時、吐息交じりに言う明仁さんの物柔らかな声に顔を上げた。

「どうした」

「え……?」

「落ち込んでいるように見えるが」

「そ、そんなことないですよ!」

 空元気なのが見え見えだった。

 明仁さんは、不意打ちにあったように怯んでしまっている私に、「今度は、総司と慎一郎も連れて来る」といって、柔和な笑みを浮かべた。

 明仁さんだけではなくて、慎一郎さんや沖田さんとも会って話が出来るかもしれない。そう思っただけで、嬉しさが込み上げて来る。

「何か、慎一郎に伝えることはあるか?」

「伝えたいこと、ですか……」

 伝えて貰いたいことは沢山あった。でも、一番は怪我も病気もしないで、死番とかで突入した時でも、絶対に無理だけはしないでほしいと、いうこと。

 そんな素直な想いを伝えると、明仁さんは「分かった」と、言って今度は苦笑を漏らした。

「明仁さんも、無理だけは絶対にしないで下さいね。一緒に現代へ戻れる、その日まで……」

 切に訴える私に、明仁さんは無言のまま頷く。

「約束は出来ないが、俺なりの攘夷ってやつを果たすまで死ぬつもりはない」

 そう言って一点を見つめる真剣な眼が、既に新選組の行く末を見据えているような気がした。



 *死番⇒敵地にて、真っ先に突っ込む役どころの事。

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