第28話 法度に背き者
文久三年九月七日 京都祇園
*京香 side*
お登勢さんから、贔屓にして頂いているという呉服屋へ届け物を頼まれた私は、用事を済ませた後、久しぶりに祇園界隈を散策している。
なんとなく小腹が空いて、お団子でも食べていこうかと甘味処を探していた。その時、向かって左側、一軒先のとある料亭らしき店から出て来る、土方さんと藤堂さんの姿を見留めた。途端、土方さんの険しい視線と目が合い、その隣にいる藤堂さんの表情も硬く、歩み寄り何かあったのかと理由を尋ねようとして、はたと気づく。
もしかしたら、もしかするのではないかと。
「久しいな。達者にしていましたか?」
と、少しぎこちない笑顔を浮かべながら、こちらに近づいてくる藤堂さんに歩み寄り、私は無言で一つ頷いて、動揺を悟られないように平静を装った。
「こんなところで会えるなんて思わなかったです。この辺で捕り物でもあったのですか?」
「ま、そんなところだ」
と、今度は土方さんが当たりを見回しながら厳粛に答えてくれた。次いで、店の暖簾を軽く翻して出て来た斎藤さんもまた、私の存在に少し驚愕しながらも、土方さんに耳打ちしてまた店の中へと戻ってゆく。
(確か、新見さんが切腹させられたのはどこかの料亭だったはず。と、いうことは……)
まさに今、新見さん切腹の場に立ち会ってしまっているということになるのだろうか。
藤堂さんは、店の中へと向かう土方さんを気に掛けながらも、お店を背に私と向き合い、うっすらと微笑む。
「沖田さんから聞いたのだが、寺田屋に移ったそうですね」
「はい……」
自然と鼓動は速まるけれど、その理由を簡潔に伝えると、藤堂さんは、「いつか伺わせて頂きます」と、言って私の後方へと視線を向けた。
なんとなく、気まずくて早々に立ち去ろうと考えていた。その時、
「京香さん! なぜここに?!」
聞き慣れた声に振り返る。と、慎一郎さんの、怒ったような顔がすぐ傍にあった。
「えっと、あの、お使いを頼まれて町を散策していたら、偶然、ここで藤堂さんたちに会ったというか」
私が慎一郎さんに答えた。途端、藤堂さんが心配そうな顔で慎一郎さんを見つめた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい」
「まだ本調子ではなさそうだな。後は我らに任せて、寺島さんを伏見まで送ってやってくれ」
「承知しました」
藤堂さんは、頷く慎一郎さんを横目に料亭の中へと戻っていく。私は、それを見送ってすぐ、ぎこちなく微笑みながら歩き出す慎一郎さんに続いた。
「とりあえず、行きますか」
促されるままに慎一郎さんの隣を歩く。その顔色は、少し青白くやつれたよう。
躊躇いながらも、疑問に思っていることを尋ねると、慎一郎さんは、浮かない顔で眉を顰めるようにして重い口を開いた。
「どうしようもなかった……」
じつは、新見さんは手が付けられないほどの酒乱だったらしく、不穏な動きを見せていた近藤一派に注意を払っていた慎一郎さんと明仁さんは、新見さんが金銭トラブルを犯した罪として、切腹を申付けられたことを知ったという。
しかも、数々の不祥事の末、局長から副長へ。その後も降格を繰り返し、なんと新見さんは平隊士になっていたのだそうだ。
明仁さんと一緒に、行いを改めるように言い聞かせる度に、無下にされ続けていたらしい。そして、とうとう破ってしまった法度に対しても、新見さんは最後まで納得がいかない様子だったという。
「結局、新見さんを救うことは出来なかった……」
言いながら、路地裏に入った途端、慎一郎さんは民家の壁を背に項垂れた。
「なんか、改めて、自分の無力さを思い知らされたというか」
切なげな吐息を耳にして、私は悲しさと悔しさが綯交ぜになったような表情の慎一郎さんの隣に寄り添った。
「しかも、初めて切腹の場面を目の当たりにして、一気に血の気が引いていって……無意識のうちに外へ……」
ふと、触れ合った互いの指先。私は少し躊躇いながらも、指を絡ませ、もう片方の手でその大きな手をそっと包み込んだ。
「少しですけど、パワーをお裾分けしますね」
私がぎこちないながらもおどけたように微笑むと、慎一郎さんはきょとんとした後、柔らかく表情を緩め始める。
「ありがとう」
「なんて、私が温もり不足なだけなんですけど」
何気なく思い出した幼い頃の記憶。
不安な時、眠れない時などによくお母さんから温もりを貰っていた。抱きしめられている間は、守られているという安心感に包まれ、心から穏やかな気持ちになれた。
こんな時、なんて声をかけたらいいのか。気の利いた言葉なんて浮かばなかった。だから、せめて、私の持っている限りの気を分けてあげられたらと、思っていた。
「無理し過ぎていませんか?」
私が上目づかいに尋ねた。次の瞬間、慎一郎さんのもう片方の手の平が、私の手の上に重なった。
「京香さんの方こそ」
「慎一郎さんや、明仁さんの苦労と比べたら私なんて全然です。ただ、離れているから心配で……」
「それは、僕らも同じです。もしも、京香さんの身に何かあったらと思うと……傍にいられないのが、なんていうか。もどかしいと、いうか」
熱を帯びたような切なげな視線とかち合い、一瞬だけどトクンッと心臓が跳ねた。
すぐに逸らした視線と同時に、絡めていた指を解かれる。
「パワー、補充出来ました」
「良かったです」
「本当はもっと話していたいんだけれど、またいつか……」
そう言って路地裏から大通りへと顔を出し、辺りを見回す慎一郎さんの背中を見つめながら、自分たちが公の場で顔を合わせていてはいけない関係であることを思い知らされる。
新選組隊士と接しているところを倒幕派論者に見られたら、お互いの立場を悪くするだけでなく、二度と会えなくなる可能性もある。
「つい、慎一郎さんが新選組隊士だってことを忘れてしまうんですよね」
こちらを振り返った慎一郎さんの、少し寂しげな眼。私は、無理に笑おうとして、逆に泣きそうになってしまう。
自分で選んだ道だし、後悔はしていないけれど、堂々と話すことも出来なくなってしまったことに対して、自然と寂しさが込み上げて来るのは…
───やっぱり好きなんだ。この人のことが。
手を離された時に感じた微かな胸の痛みがその証拠───
「あの、慎一郎さん」
「はい」
「その、なんていうか……」
今度こそ、自分の本当の想いに気付いてしまったからか、羞恥心から上手く言葉が出て来ない。それでも、優しい微笑で私の、次の言葉を待ってくれている慎一郎さんを見つめながら声を振り絞った。
「もっと話したいことがあるので、一日も早く会いに来て下さい」
その言葉に、精一杯の愛しさを込めた。すると、慎一郎さんは照れたように微笑う。
「今月中には必ず。近いうちに、明仁さんと沖田さんと非番を貰える予定なんで」
「ほんとですか?!」
「沖田さんだけは、絶対に行かせるようにしますから」
真顔で言われて、何て返したら良いか考えあぐねてしまう。
(私が一番会いたいのは……)
と、そう思った。途端、もう一つの思考回路とでもいうべきか、不確かな記憶のようなものが断片的に甦ってきて、私はまた軽い頭痛を伴いながらも、心の目を研ぎ澄ました。
(これは……あの時と同じ……)
それは、初めてこの時代へ飛ばされて熱を出してしまった晩のこと。慎一郎さんに抱えられた時に感じた、不思議な感覚───
「じゃあ、今度こそ寺田屋まで送りますので。案内して下さい」
私達は、一定の距離を保ちながら無言で寺田屋を目指した。
これからも続くであろう、隊内でのいざこざのなかで、慎一郎さんと明仁さんが無事に過ごしていけますようにと願いながら。
*
*
*
壬生屯所内
*慎一郎 side*
偶然、見廻り中の永倉隊に同伴していた明仁さんと会ったのは、京香さんと別れ、壬生界隈へ入った頃だった。その時、既に見廻りを終えて屯所へ戻る途中だった彼らに同伴し、明仁さんの部屋でこれまでの経緯を簡潔に伝えた。
「それは大変だったな」
「大変だったなんてもんじゃ。おまけに京香さんまで巻き込んでしまった」
「俺達の再三の注意も、
もう一人の運命も変えられないかもな。と、顔を曇らせる明仁さんに、僕は頷くことしか出来ない。
これ以上、誰も死んで欲しくないと思う。その反面、心のどこかで “ こうなることは仕方のないこと ” と、割り切っている自分がいた。
「初めて本物の……と、いうのは変かもしれないけれど、切腹の場に立ち会って吐きそうになってしまいました」
思っていた以上に血が迸り、血液の鉄の匂いだけではなく、消化器官が傷つけられたことによる腐臭も伴ったことによって、その恐怖感は半端なかった。
「逆に目が逸らせなくなって……斎藤さんから介錯されるまでの、新見さんの苦し気な顔が」
また胃がむかついてくる。新見さんの最期の言葉を思い出し、尚更。
「小刀を抜きはらった時の、覚悟の眼が……」
『お前は、己の道を見誤るなよ』
薄笑いを浮かべながらそう言うと、新見さんは大きく息をついて刀の先を自身の腹に突き刺し、苦し気にくぐもった声を漏らしながら自害したのだった。
「新見さんは、どうして
ふと、素直な思いを声にする。
と、明仁さんはおもむろに立ち上がり、僕を見下ろし呟いた。
「間者だったんじゃねぇか」
「え?」
僕は、まさかの言葉に耳を疑った。
「新見さんが?」
「奴は根っからの攘夷派だったからな。これは俺の憶測だが、長州のリーダー的な人物と絡んでいた可能性も無いとは限らない」
倒幕派に寝返ったものの上手く行かず、また元の鞘に収まろうとして、それも失敗したのではないかという明仁さんに、僕は首を捻った。
同郷である芹沢さんと共に接するなか、これまでの新見さんの言動を思い返してみる。と、確かに芹沢さん以外の仲間とつるんでいる姿を見たことがなかったことに気付く。
「まぁ、確かに謎が多い人だったけど」
「だろ?」
「でも、間者だったっていうのは……」
稽古でも始めるつもりなのか、箪笥から手拭いを取り出し、肩を回し始める明仁さんに苦笑を返した。
「今となっては、
「……なるほど」
(こうなることを想定して、法度を作ったということか。)
おもむろに障子を開け、縁側に出て伸びをする明仁さんを見遣る。すると、明仁さんはこちらに背を向けたまま言った。
「今月だったよな。寺島の誕生日」
「はい」
「確か、18日だったか」
「20日ですよ」
よく覚えていたな。と、こちらを振り返る明仁さんに、僕は呆れ顔を返した。
京香さんの22回目の誕生日。当日は無理でも、今月中にお祝い出来たらと考えていた。
「プレゼントは何がいいかなぁ……」
「この時代なら、帯か簪あたりが無難なんじゃねぇか」
「やっぱ、そのあたりになってしまうのか」
僕は、含み笑いを残して部屋を後にする明仁さんを見送り、改めて、新選組隊士としての腹構えをしなければならないと思わされた。
(これ以上、後悔しない為にも……)
縁側に舞い落ちて来た一枚の枯葉を見つめ、柔らかく吹き付けて来る風に秋の気配を感じながら、僕は頭を切り替え、稽古場へと向かったであろう明仁さんの元へと急いだのだった。
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