第4話 枡屋喜右衛門という男②

 道場を出てすぐに草履と、ある程度必要な物を買い揃えた私達は、まず最初にお世話になった道場へ借りていた草履を返却に行った。この時代の貨幣単位が分からないから、勘定するのに手こずってしまったけれど、何とかそれらを購入することが出来た。

 やがて、辿り着いた屋敷の中へ案内されるままに足を踏み入れた。その途端、疑問が確信へと変わっていった。


(古道具や、馬具があるということは……やっぱりここは……)


「なんぞ気になることでもあるんやろか?」

「え?」

 私が真剣な顔で隅々まで店内を見遣っていたからか、少し訝しげな表情で尋ねて来る枡屋さんに慌てて何でもないことを伝える。と、私の隣、土方さんもまた辺りを見回している。

「商いを営んでいるのか」

「ある事情により、知り合いからここを任されましてな」

 枡屋さんがそう言うと、土方さんは訝しげに瞳を細めた。

「何だ、そのある事情ってのは」

「じつは、この店を継ぐ筈どした御子息が急にお亡くなりにならはって……」

 枡屋さんは、ほんの少し俯くようにして、自らがこの店を継ぐことになった経緯を簡潔に話してくれた。

 古高俊太郎は、父親が山科毘沙門堂門跡に仕えることになった際、共に京都へ移住するようになり、尊王攘夷を唱えるって人に弟子入りした。元々、父親が勤王志士だった為、子供の頃から攘夷に慣れ親しんでいたらしいが、その攘夷を貫く為に枡屋を継ぎ、枡屋喜右衛門を名乗るようになったのだとか。確か、宮部鼎蔵みやべていぞう達とも交流し、どこかの偉い人との間を繋ぐ長州の大元締めとして、情報収集活動と武器調達に勤しんでいたと伝えられている。

 全てではないけれど、それはまさにゲームの脚本通りの内容で、枡屋さんの言っていることが真実ならば、確実にこの男性は枡屋喜右衛門であり、あの有名な『池田屋事件』の発端となったとされる、古高俊太郎だということになる。


(もっと、ちゃんと本人の自画像を観ておけば良かった)


「と、まぁ。そないな理由わけがありますのや」

「そうだったんですか。大変でしたね」

 ずっと話を聞いていた沖田さんも、悲痛な面持ちで枡屋さんに労いの言葉をかけた。土方さんも、納得した様子で小さく頷いている。

 未だ確証するものは何も無いけれど、もしもこの人が古高俊太郎だとしたら、この家には沢山の武器弾薬が隠されていて、いずれは、新選組がここへ踏み込んで来ることになるのだ。

 次いで、玄関から少し奥へと案内される。

「ここが、土方はんと沖田はんの部屋。京香はんは、あちらの部屋を使うて下さい」

 沖田さん達には、目の前の八畳ほどの部屋を。私には、その隣の六畳くらいの部屋を割り当てられて有難い反面、薄っぺらい襖一枚隔てられただけということに不安を抱いた。

 そんな私の憂心ゆうしんが伝わってしまったのか、枡屋さんが小首を傾げながら言う。

「やっぱし、なんぞ問題でも?」

「いや、十分だ。いろいろとすまない」

 土方さんが、平然と返答する。

「ほな、着替えを持って来るさかい。ちいとここで待っといやす」

 足早にその場を後にする枡屋さんを見送ってすぐ、案の定、土方さんからあれこれ尋ねられた。もしかしたら、枡屋さんがあの有名な池田屋事件に関わった古高俊太郎かもしれないこと。他にも、私の知り得る限りの史実を話して聞かせると、土方さんは少し困ったような表情で私を見つめた。

「名前を聞いた時、俺も同じことを考えていた」

「そうかもしれない。と、いうだけで証拠も何も無いんですけどね」

「どっちにしろ、なるべく早く次の居場所を確保した方が良さそうだな」

 土方さんが、厳かに言う。と、沖田さんも不安そうに口を開いた。

「そうしたいですけど、いったいどこへ行けばいいのか。そう簡単に現代へ戻れるなんてことも期待出来そうにないし……」

「もう、一生このままかもしれないしな」


(……っ……)


 ──もう、一生このままかもしれない。


 土方さんの一言に、一瞬、眩暈を覚え呼吸が乱れるのを感じた。同時に、考えないようにしていた事柄を思い描いて憂鬱な気持ちになる。

 よくドラマやゲームでは、いつの日か必ず何かの切っ掛けで現代へ戻れるように構成されているけれど、あれは作者が勝手に描いた願望であり、実際にタイムスリップを経験した人などいない。いたとしても、無事に現代へ戻ることは叶わなかったに違いない。


(どうしよう、もしもこのまま戻れなかったら……)


 そんな風に思って泣きそうになった。その時、沖田さんの明るい声に私はゆっくりと顔を上げた。

「そうだとしても、土方さんと一緒で良かった。土方さんがいれば、どんな時代でも生きて行けそうだから」

「なんだそれ……」

 にっこり微笑みながら言う沖田さんに向けられる土方さんの、またもや呆れたような表情かお

「落ち込んでいてもしょうがないから、頭を切り替えて、この時代を楽しむことにしませんか?」

「「楽しむ?!」」

 ふと、返した言葉が、土方さんと見事に重なった。沖田さんは、呆気に取られたままの私達を交互に見ながら、「すごい合ってましたね、今」と、言って笑う。

 なんて楽観的なのだろう。と、思わされる反面、つられて笑ってしまっている自分がいた。

「さっきのお前の言葉、そっくりそのまま返す。お前がいれば何とかなりそうだ」

 土方さんが呆れ顔のまま呟いた。

 そこへ、三人分の着物や襦袢などを持参して戻って来た枡屋さんを迎え入れる。

 早速、それらを受け取り、自分達の部屋で着替えることになったのだけれど、大きな白い梅の花が描かれた、藍色の高そうな着物を前にして、どうやって着たら良いのか分からず、途方に暮れてしまう。


(こんなことなら、お母さんに着方を習っておくんだったなぁ……)


 ゲームの主人公と同じように困惑してしまっていることに、苦笑してしまう。

 着方が分からなくて困っていた主人公に、私は同情しながらも、“ 着物くらい着られないとね ” なんて、突っ込みを入れていたのにと。自分も同じ思いをして、初めて知る着付けの難しさ。

 それでも、ヘアゴムの代わりに、文七元結ふんしちもっといという髪の毛を結わえる紐でお団子ヘアにし、湯文字という、現代でいうところの腰撒きが下着代わりになるそうで、それを巻き付け、何とか襦袢と着物を羽織ったところまでやり切った。その後は、恥を忍んで、枡屋さんに帯を仕上げて貰ったのだった。

 それ以上に恥ずかしく思ったのは、沖田さんと土方さんが、自分で着物を着こなしていたということ。きっと、子供の頃から嗜んでいたのかもしれないけれど、女の私が全く着られないという現実に落ち込まずにはいられない。

 そんなどんよりとした私の顔を覗き込むようにして、枡屋さんは少し困ったように微笑んだ。

「ちぃと、あんさんには大人っぽい柄やけど、今はこれしかあらへんさかい」

「ありがとう、枡屋さん。本当に助かりました」

「それにしても、どうしてこんな上等な着物が。女中のものではなさそうだが」

 私がお礼を言った。途端、隣にいた土方さんが私の襟元を見つめながら呟いた。枡屋さんは、涼しげに微笑み、小さく首を横に振る。

「たまたま、人に贈る為に新調したものがあった。ただ、それだけどす」

「その相手というのは」

「土方さん……」

 丁寧に答える枡屋さんに、また間髪入れずに質問する土方さんの隣で、沖田さんが窘めるように言う。

「初対面なのに失礼ですよ」

 バツが悪そうに明後日の方向へと視線を遣る土方さんに、枡屋さんは苦笑しながらも、その続きを話し始めた。

「馴染みとなった太夫に贈るつもりどした」

 枡屋さんが口にした名に、思わず驚愕してしまう。

 夕霧太夫。大阪新町の芸鼓さんで、確か何とかという楼主に見初められて、共に島原へやって来たと言われている。吉野、深雪と並ぶ三大太夫の一人として有名だ。

 そう思うと同時に、夕霧太夫へのプレゼントとなる筈だった着物を身につけてしまっているということに、どうしようもないほどの申し訳なさが込み上げて来る。

「そんな大切な着物を。すみません……」

「気にせいでもええ。それよりも、今後のことを話すさかいそこに座っとぉくれやす」

 枡屋さんに促されるまま、私たちはその場に腰を下ろし、ここでの決まり事や仕事についての話を聞くこととなった。

「土方はんと、沖田はんにはその腕を見込んで店の用心棒を。京香はんには、この向かいの茶屋で働いて貰いたい、思うてますのや」

「向かいの茶屋で、ですか?」

「実は、先日そこの一人娘が大阪の呉服屋へ嫁いでしもてな」

 気落ちしている旦那さんと女将さんと共に、そのお店を盛り上げて欲しい。と言われ、私は一も二もなく飛びついた。

「そういうことなら任せて下さい! 実家が甘味処なんで」

「そうどしたか。ほなら、京香はんは決まりやね」

 今度は、まだ何となく腑に落ちない様子の土方さんが重い口を開いた。

「用心棒ねぇ。で、幾ら貰えるんだ」

「そうどすなぁ。賄い付きでお一人、日当五匁銀四分ではどないどっしゃろ?」

「ご、ごもんめぎん……」

 土方さんの、いかにも “ ごもんめぎんって、幾らだよ ” と、でも言いたげな瞳と目が合う。私と沖田さんは、そんな土方さんを横目に再び苦笑し合った。

 現代のお金に例えると幾らくらいなのだろうか。返答出来ずにいる私達に、枡屋さんは、「足りひんやろか」と、言って眉を顰めた。

「いいえ、それで十分です。ね、土方さん」

 その場を取り繕うように明るく返答する沖田さん。逆に、土方さんは腕組みをしながら溜息を零した。

 こればかりは、自分である程度の買い物をしてみないと分かり得ないことなので、私も沖田さんと同じように土方さんを宥めると、まだ不服そうな表情ながらも、納得してくれた。

「ほな、今日はゆっくり休んで。明日からよろしゅう頼みます」

 こうして私達は、とりあえずの住居と仕事を確保することが出来た。そして、現代へ戻れる切っ掛けを掴めるまで、何とかしてこの時代を生き抜いていこうと励まし合ったのだった。



 その晩のこと。女中さんたちと夕飯作りをしていた時から感じていた悪寒が、震えを伴うようになったのは就寝間際だった。自分の部屋で襦袢に袖を通した時、軽い眩暈も手伝って敷かれた布団の上にゆっくりと腰を下ろした。

 これくらいなら、寝ていれば大丈夫だろう。そんなふうに思いながら、胸元を軽く閉じ、腰紐を結わえただけで早々に布団の中へと潜り込んだ。


(気合で治してやる!)


 けれど、そんな思いも虚しく明らかな高熱と激しい頭痛に見舞われた。とうとうギブアップして、もう寝ているかもしれないお二人を起こさないように自分の部屋を後にする。

 ふらつく足を何とか踏ん張って、壁伝いに廊下を歩き始めて間もなく、背後から「大丈夫ですか?」と、いう声がして振り返る。と、あの優しい眼差しがすぐ側にあった。

「お、沖田さん?! いつからそこに……」

「ちょっと前から」

「起こしちゃいましたね。すみません」

「そんなことより」

 より近づいた沖田さんの大きな手の平を額に受け止め、私はそっと目蓋を閉じた。

「凄い熱じゃないですか」

「沖田さん、ごめんなさい。枡屋さんの部屋まで一緒に行って貰ってもいいですか?」

 顔を上げると、沖田さんは私を支えながらゆっくりと立ち上がった。

「と、いうよりも僕が行って薬を貰って来ますから、京香さんは部屋で待っていて下さい」

「すみません……」

「歩けますか?」

「少しずつなら」

 答えてすぐ、「それなら」と、いう沖田さんの声を間近に聞いた。途端、体がふわりと宙に浮いて、思わず傍にある沖田さんの襟元にしがみ付いた。

 沖田さんに抱き抱えられていることに恥ずかしさを感じるものの、今は息苦しさの方が優ってしまい、ただ謝ることしか出来ずにいる。

「ごめんなさい。重いでしょう?」

「全然。それより、これからは遠慮しないで言って下さいね。無理して悪化させたら大変なんで」

「……はい」

 沖田さんはまた柔和に微笑み、部屋の方へと歩みを進めた。すぐ傍にある端整な横顔を目にして、違う熱を感じてしまう。


(なんだろう、この気持ち。それにとても安心する)


 初めて出会った時から感じていたあの “ 想い ” が、また込み上げて来る。どういう訳か、一瞬にしていつかの記憶の欠片みたいなものが脳裏に甦った。


(……以前も、こんなことがあった? ううん、そんなことある訳ないよね。)


 デジャヴとでもいうのだろうか。記憶の断片の中で微笑むその男性は、沖田さんのようであって、沖田さんではない。それらの全ては熱のせいなのだと思いながら辿り着いた部屋の、布団の上にゆっくりと下ろされる。

「すぐに戻って来ますから」

「……はい」

 沖田さんを見送ってすぐ、冷えた布団にくるまれながら肩を震わせる。


(寒い……)


 現代だったらこんな時、即効性のある薬と冷却ジェルシートとかで熱なんてすぐに下げることが出来る。でも、ここではそんなものなどある訳がなく、この時代の人達はどのようにしてやり過ごしているのだろうと、そんなふうに思っていた。その時、襖の向こうから土方さんのくぐもった声がして私は、横になったまま答えた。

「開けてもいいか」

「……どうぞ」

 すーっという微かな音と共に襖が開いて、羽織を肩にかけた土方さんを迎え入れる。と、土方さんは襖を開けたまま枕元に胡坐をかいて “ しょうがないな ” と、でも言いたげな眼差しで私を見下ろしている。

「……すみませんでした」

「何で謝る」

「起こしちゃったから……」

 こればかりはしょうがないだろ。と、言いながら今度は優しく微笑んでくれる。ただ、少しでも体調が悪いと思った時点で休んでいれば、こんなに悪化させることは無かった筈だ。との意見に、私は落ち込みながらも素直に頷いた。

「そうですね。これからは気を付けます」

「そうしてくれ」

 短くも長い沈黙。行燈の灯りがつらりと揺れる中、沖田さんが小さめの桶を抱えて戻って来た。

「あれ、土方さん。起きてたんですね」

「どうして起こさなかった」

「鼾かいて寝てたから」

 沖田さんは、土方さんを横目に答えながら早速、桶に浮いたままの手拭いを絞り、私の額の上にのせてくれる。そのヒンヤリ感が気持ち良くて、思わず吐息が零れた。

「薬は、白湯を作ったら一緒に持って来てくれるそうです」

 視線の先にある二つの微笑みと目が合い、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 あとは、薬を貰うだけだったので、お二人には先に休んで貰おうと声をかける。と、沖田さんは視線を泳がせた後、静かに呟いた。

「一人の方がゆっくり眠れるというのなら、僕らは部屋に戻りますけれど」

「居た方がいいと、いうなら遠慮はするな」

 続いた土方さんの一言にも嬉しくなって、思わず笑みが零れてしまう。

 風邪を引いて寝込んでしまった時は、とても人恋しくなって自分の部屋があるにも関わらず、居間の隅に布団を敷いて家族と過ごしていた。何故なら、そういう時に限って怖い夢を見るからだった。今も、隣の部屋にお二人がいてくれるとはいえ、行燈一つしかない薄暗い部屋に独りでいるのは心細いという思いもある。

 しばし考えた後、少しの間、傍にいて欲しいことを伝えると、お二人は顔を見合わせ私に一つ頷いてくれた。



 それから、しばらくしてやって来た枡屋さんから薬と白湯を頂いた。薬は予想以上の苦さで、思わずびっくりして吐き出しそうになってしまうほど不味い。

「うぅ……」

「確かに、これは特に不味い薬やけど。ここまでとは」

 少し呆気に取られたような枡屋さんに、私は苦笑を返した。

 枡屋さんが部屋を去ってすぐ、沖田さんからまた横になるように促され、掛布団をそっと掛けて貰う。と、今度は土方さんが足を組み直しながら言った。

「思ってたより、いい奴かもな」

「僕もそう思います。けど、枡屋さんが京香さんの言っていた人物だとしたら、幕府に刃向う謀反人ということになる」

「俺も少しだが、親父から池田屋事件の話は聞いたことがある。確か、新選組に連判状を発見されたことで発覚した計画は、天皇をさらうというものだったとか……」

 新選組に囚われたことで、吉田稔麿や宮部鼎蔵らが池田屋に集まり、古高俊太郎を奪還しようとしていたと伝えられている。その理由は、これまでの計画が吐露されるのを恐れての行為だと言われているが、ただ単に、古高俊太郎を助け出したい一心だったとも言われている。

「これは私の憶測ですけど、彼らにとって古高俊太郎は、無くてはならない存在だったんじゃないかなって」

 ゲーム内での古高俊太郎と主人公のことを思い出し、胸が締めつけられるように痛んだ。

 新選組に捕えられてから二人は離れ離れになり、共に想いを抱きながらも会えない日々が続いた。その後、屯所から何とかっていう牢屋へ移動させられた古高俊太郎は、どんどん焼けの最中、斬首の刑に処されてしまう。

 彼が亡くなったことを知った主人公は、長州藩士たちと共にその亡骸を引き取り、彼の故郷である近江の古高家の墓へと埋葬した。

 その後の主人公は、古高俊太郎の想いを受け継ぎ、代わりに攘夷を果たそうとする。そんな二人の想いを想像すれば切な過ぎて、命の儚さというものを思い知らされた。

 ゲーム内では、新選組から近藤勇、土方歳三、沖田総司、永倉新八、藤堂平助、原田左之助、山南敬助、斎藤一、山崎丞を。徳川幕府から徳川慶喜、松平容保を。そして、倒幕派から桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、三吉慎蔵、古高俊太郎、坂本龍馬を選択することが出来た。

 とりあえず、全員の本編を読み終えていたし、彼らの生き様を描いた小説やドラマ。ネットや雑誌などから史実を勉強していたから、多少のことなら知っている。

「だけど、小説家以外の、ネットでブログをアップしている人の記事は一種の創作だと思うので、本当のことはどうしたって知り得ないことなんですけどね」

 刹那、足音が近づいて来るのを察知し、私達は互いを見合いながら口を噤んだ。再び迎え入れた枡屋さんの腕には襦袢が下がっていて、お盆の上には湯呑が三つ置かれていた。

「これでも飲んで、元気つけとくれやす」

 そう言って、私の枕元に腰を下ろすと、枡屋さんはお盆ごと沖田さんに手渡した。

 あれから、甘酒を用意してくれていたらしく、襦袢は着替え用に持参してくれたのだった。

「何から何まですみません」

「困った時はお互い様どす。なんやったら、添い寝しまひょか?」

「えッ!?」

 枡屋さんの、色っぽい視線と何気ない一言にドキドキしてしまう。と、枡屋さんはすぐに「冗談や」と、にっこり微笑みながら部屋を後にした。

 それと、ほぼ同時に沖田さんが不貞腐れたように、「さっきの言葉、無かったことにしましょう」と、呟く。

「同感だ。あの口調、相当なたらしかもな」

 続いた土方さんの言葉にも、私は苦笑を漏らさずにはいられなかった。

 何故なら、ゲーム内で特別に催されたイベントに登場した沖田総司と土方歳三が、主人公を口説こうとしていた古高俊太郎に言っていた台詞と似ていたから。

 何となく自分がゲームの主人公になったような展開に勝手に胸を躍らせながら、お二人と一緒に甘酒を頂いたのだった。



 どれくらいの間、眠っていたのだろう。ふと、目を覚ますと襖は開けられたままで、隣の部屋で眠るお二人に、改めて感謝した。

 薬と甘酒とお二人の看病のお蔭か、未だ熱っぽさと目蓋の奥に鈍い痛みは残っているものの、私はいつの間にか深い眠りに誘われていたようだ。

 月明かりの青白い光が僅かに差すだけの真っ暗な部屋で、こちらを向いて眠っている沖田さんの、微かな寝息を耳にしながら、私は沖田さんに抱き上げられていた時の優しい温もりを思い返していた。


(沖田さんのようであって、沖田さんじゃないって……どういうことなんだろう。)


 冴えてしまった目を無理やりにでも閉じて、今だけは何も考えないようにしようとした。でも、そうすればそうするほど余計に眠れなくなり、これからのことを考えてしまう。

 当たり前なのだけれど、トイレは汲み取り式だし、お風呂も五右衛門風呂のような感じで毎日は入れないらしい。一番不安なのは、月に必ずやって来る女性特有の生理現象についてだ。この歳までその経験が無かったとも言えないし、今更、どうやってやり過ごしているのか尋ねるのも恥ずかしい。それでも、もうじきやって来るはずのに備えて明日にでも女中さんに聞いておいたほうがいい。などと、考えればきりがない。

 不安は尽きないけれど、もし枡屋さんがあの古高俊太郎だとしたら、私はもう既に憧れていた幕末志士の一人に出会ったということになる。それに、ずっと疑問に思っていた事柄も、この目で確認することが出来るかもしれないという期待感もある。

 何より、私の大好きな新選組が浪士組としてもうじき京都へやって来るということ。いや、既にもう壬生村に到着しているかもしれないのだ。

 期待と不安が綯交ぜになるなか、再び深い眠りに誘われるまで、私はこれから出会えるかもしれない志士たちに想いを馳せていた。

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