第35話 男子会!?
文久四年一月八日
伏見 寺田屋
*京香 side*
「ほな、行って来ます」
「行ってらっしゃい!気をつけて」
日の傾きからして、午後三時くらいだろうか。勝手口前の枯葉を掃いていた私は、買いものに出かけるというお登勢さんを笑顔で見送った。その後ろ姿が見えなくなると、箒を肩にかけ、両手で口元を覆い息を吹き込むようにして空を見遣る。
「雪でも降って来そう……」
私の誕生日を祝って貰ったあの日から、三ヶ月の歳月が流れた。
つい今しがた、お登勢さんのところへ訪れた呉服屋の若旦那さんから聞いた話なのだけれど、将軍警護の為、総勢二百名ほどの浪士が列をなしていたのを偶然目撃したらしい。当然ながら、新選組も出動し、尽力していたに違いない。
タイムスリップしてから初めての年末年始は、現代とさほど変わらなかった。しいて言うなら、中村さんが教えてくれた通り、年越しと共にこの世に誕生したことに対するお祝い事も兼ねていたということだろうか。お登勢さんたちと近くの神社へ行ったりして、お正月らしい三が日を過ごした。
あれから、クリスマス前後を利用して明仁さんと慎一郎さんの誕生祝いをする為、お互いに手紙で連絡を取り合っていたのだけれど、結局、それぞれの時間が合わずに先延ばしになっている。
沖田さんとも会えず、華厳寺へも行くことが出来ないまま。年末年始だからしょうがないことだと思いつつ、残念な気持ちでいっぱいだった。
なんだかんだと、この時代で生きるようになってから一年が経とうとしており、私は休めていた手を動かしながら、これまでのことを振り返ってみた。
枡屋さんをはじめ、龍馬さんや高杉さん。同じ現代からタイムスリップしていた中村さん。何より、憧れの新選組隊士たちと出会い、明仁さんと慎一郎さんが隊士になってからというもの、全て史実通りに事が運んでいる。
「八月十八日の政変」での働きにより、壬生浪士組は「新選組」と改名し、その後、発足された法度によって多数の粛清が行われた。暗殺も含め、今の時点で何人の隊士たちが死に追いやられたことだろう。私が知っているだけでも、間者を含め軽く十名を超えている。
なかでも、野口健司さんの切腹には驚かされた。芹沢一派でただ一人、隊士として残っていた野口さんは、お悠さんの想い人でもあった。今はまだ、どうして彼が切腹しなければならなかったのかは分からない。でも、きっとそれなりの理由があったからだと、そう信じている。
そして、久坂玄瑞たちと共に邁進し続けているという中村さんからも、手紙で近況報告を受けていた。
年末に長州が外国船だと勘違いし、薩摩の船を攻撃してしまったらしく、何とかお偉いさんたちによる交渉によって紛争は免れたそうなのだけれど、関係は更に悪化したとのこと。そんな大変ななか、中村さんにとっての癒しは、妻である晴乃さんの存在だそうで、ようやく安定期に入り、お腹の中の赤ちゃんも順調に育っているらしい。
嬉しい報せも届いているけれど、体調を崩し始めるであろう沖田さんのことや、寺田屋を訪れてくれたあの日から、なんの音沙汰も無い枡屋さんの行方も気になっている。
明仁さんから、見廻りの最中、枡屋さんに似た男性を目撃したとの報告を受けていたことから、心配になった私は、これまでに何度か枡屋を訪れていた。けれど、その度に会えずじまいで、お遥さんたちも頻繁に店を留守にするようになった枡屋さんに困惑している様子だった。
明仁さんの言う通りにしてくれているのであれば安心なのだけれど、もしも、史実通りに動いてしまっているとしたら、枡屋さんは新選組に捕縛されてしまうかもしれないのだ。
私にとっても、明仁さんや慎一郎さんにとっても、一世一代の大勝負とでもいうか。その日が刻一刻と迫りつつあった。
「池田屋事件だけは……どうにかして変えたい」
思わず呟いてしまってから、私は
「いや、今度こそどんなことがあっても変えなければ……」
*
*
*
大阪花街
*明仁 side*
一方で、俺達は将軍警護の為、大阪へと下っていた。
いつものように大坂城に入る家茂公を警護しながら、天保山から天満橋まで同道するのが目的である。
俺と慎一郎を含め、近藤局長を筆頭に土方副長、山南総長は勿論、井上、沖田、原田、永倉、斎藤という馴染みのメンバーが顔を揃えており。その他にも、監察方の島田や山崎らも同行している。
何故かは分からないが、俺達が先陣をきって警護することになると知った時は、正直、複雑な思いを抱いた。これまでの功績が称えられたことに対しては素直に喜びを感じたが、今後のことを考えれば、どうしても不安の方が先立ってしまう。
「さすがに今回は歩き疲れたなぁ……」
慎一郎は窓際に腰を下ろすと、疲れ切った表情で手にしていた自分の荷物を整理しはじめた。
とある旅籠屋。俺と慎一郎、総司、左之とが同じ部屋となったのだが、襖一枚で仕切られているだけで、両隣には他の隊士たちが同じように寛いでいる。
あれから、俺達は徐々に元の生活を取り戻しつつあった。けれど、慎一郎の中では未だに芹沢暗殺事件が尾を引いているようだ。
芹沢の一件だけでなく、秘かに大阪西町の奉行、内山彦次郎の暗殺計画も持ち上がっていて、この内山が『力士乱闘事件』の火付け役なのではないかという噂が、近藤さんの耳に届いてからというもの、大阪へ出向く度に対立しているのを目にしてきた。
これは俺の勝手な推測だが、その噂が真実だとするならば、誠の人である近藤さんが悪行を繰り返す内山を放っておくはずがない。
繰り返される粛清や暗殺の全てが慎一郎の、“ これ以上、誰の手も汚したくない ” という思いに、よりいっそう拍車をかけているのではないかと思っている。
「もう、腹減って限界です」
総司が胡坐をかき直しながら言うと、その隣で荷物を整理していた左之も、手を休め言った。
「よし、じゃあ何でもいいから食いに行こうぜ。宴会まで一刻ほどあるからよ」
「いいですねぇ! 勿論、左之助さんの奢りですよね?」
満面の笑顔を浮かべる総司に、左之が、「ちゃっかりしてるぜお前は」と、苦い顔をするも、まんざらでもなさそうに微笑む。
「いいぜ。だが、今回だけだぞ」
「やったぁ。言ってみるもんだな」
そんな楽しそうな二人を横目にしながらも、俺は荷物の整理もそこそこに、一点を見つめ何かを考えている様子の慎一郎を気に掛けていた。
なんだかんだと、この時代を生きるようになってから一年が経とうとしている。時に、自分達から志願しておきながら、新選組隊士として生きることに絶望感を抱いたり、現実逃避したくなることもあった。
だが、その度に俺は自分に言い聞かせてきた。
━━━━お前なら大丈夫だと。
そうでなければ、生きて行く自信を失いかねないと思ったからだ。
「おいおい慎一郎、お前また何か考え込んでるのか?」
と、左之の明るい声に微かに反応した慎一郎はゆっくりと視線を上げた。
「え、いや。ただ疲れただけです……」
ぎこちない笑顔で答える慎一郎に、左之はからかうように笑う。
「じゃあ、尚更精のつくもん食わねぇとな。さ、行くぞ」
「え、僕は……」
「いいから付き合え」
立ち上がり、半ば嫌がる慎一郎の腕を強引につかむと、左之は率先して隣の部屋にいる局長たちに声を掛けた。
「ちっとばかし、こいつらと飯食ってきますから」
「日が沈む前に戻るんだぞ」
近藤さんが湯呑を手に微笑む。と、左之に腕を引かれ、総司に背中を押されるようにして、慎一郎はしぶしぶ歩みを進めた。
「あ、明仁さんも来てくれるんですよね?」
俺は、縋るような眼でこちらを振り返る慎一郎に無言で頷くと、慎一郎は “ 良かった ” とでも言いたげに表情を緩め、左之の後を追いかける。
「明仁さんも、早く」
「ああ」
急かしてくる総司にも頷き、俺は何か話し込んでいる様子の近藤さんと土方さんを横目に座敷を後にした。
*
*
*
*慎一郎 side*
原田さんに連れられて向かったのは、とある小料理屋だった。
店内は、よく時代劇などで目にしていたセットのようで、下町の懐かしさを感じさせる。
座敷席に案内され、四角いテーブルをはさんで、僕は、沖田さんや原田さんと向かい合わせになるように明仁さんの隣に腰を下ろした。
注文した品が届くまでの間も、それらを食している時も、どういうわけか半分以上が恋愛話で、なかでも、原田さんの話は興味深かった。
とある名字帯刀の娘さんとの出会いがあり、いつか妻として迎え入れたいのだという。
「菅原まさっつってな、不逞浪士らに絡まれてるところを俺が助けに入ったことが切っ掛けだったんだが、これがかなりの別嬪さんでよぉ」
そう言って、原田さんが助六寿司を頬張りながら嬉しそうに笑った。そんな原田さんに、今度は沖田さんがからかうように言う。
「いつの間にそんなことになっていたんですか」
「そんなもんだぜ。出会いなんていうものは」
(確かに、原田さんのいう通りだな……)
僕は、二人の話を聞きながら、京香さんと出会ったあの日のことを思い出していた。
なぜか、はっきりと覚えている。壬生寺の本堂を見学した後、明仁さんと待ち合わせしていた場所へ移動しようとしていた時だった。なんとなく目に留まり、気になってしまっていた京香さんのバッグからストラップが落ちるのを見て、僕は躊躇いながらもそれを拾い声を掛けていた。
どうして気になってしまったのかは分からない。けれど、暫くしてまた話す機会を得た時にはもう、戸惑いは薄れていて、杏華さんのことを想い出すと同時に、この出会いを手放したらいけないと思うようになっていった。
と、懐かしく過去を振り返っていた。その時、不意に原田さんから問いかけられた。
「慎一郎と明仁はいるのか? お前ら、いつもつるんでるけどよ」
突然振られて、思わず躊躇してしまう。
「僕は……」
沖田さんの手前、素直に答える訳にはいかない。だから、僕はまた苦笑いを浮かべながら言葉を濁した。
「ご想像にお任せします……」
そんな僕を見つめる沖田さんの厳かな眼差しと、隣から感じる明仁さんからの視線も気に掛けながら俯いた。途端、手の平で軽くテーブルを叩く音がして、たちまち原田さんの怒ったような顔が目と鼻の先まで迫ってくる。
「おい、慎一郎」
「な、なんですか……」
「俺ぁな、そういうどっちつかずな態度がでぇっ嫌ぇなんだよ。いるのかいねぇのか、はっきりしやがれ」
男同士、こういう場所でこそ話せることもある。と、今度は呆れながら身を引く原田さんに、僕は仕方なく正直に答えることにした。
「ちょっと前までいましたが、振られたので……今はいません」
苦笑気味に言う僕を見つめたまま、原田さんは微かに顔を歪め囁くようにいう。
「振られちゃったのかよ……」
「はい。その人にはもう既に好きな人がいたようなんで」
「残念だったなぁ」
湯呑を手にしながらしみじみと言うも、原田さんの目が笑っているように見えた。その時、今まで黙ったままだった沖田さんが静かに口を開いた。
「ちゃんと確かめたの?」
一瞬だけれど、またあの厳かな瞳と目が合う。
「私が偉そうに言えることではないけれど、本人から直接想いを聞くまでは分からないじゃないか」
以前も、同じようなことを言われたことがあった。京香さんの好きな人は沖田さんであると、自分でそう決めつけているだけかもしれないと。
次の言葉を考えあぐねている僕に、沖田さんはなおも語り続ける。
「それに、もしもその人が慎一郎くんに想いを寄せていたとしたら、どうするの?」
逃げていても何も始まらない。そう、言われている気がして、僕はこれまで明仁さんから言われたことも含め、原田さんに今度こそ正直な想いを伝えた。
じつは、相手に片思いしていること。告白したいと思っているけれど、自分に自信が持てないことなど、原田さんはいつにない真剣な顔で聞いてくれている。
「なんだよ、勿体ぶりやがって。始めっからそう言やぁ良かったのによぉ」
きっと『事情アリ』だと汲んで貰えたのだろう。原田さんは、またいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、明仁さんに僕と同じ質問をぶつけた。
「で、お前は?」
「いる」
またお茶を飲もうとする原田さんの問いかけに、すんなり答える明仁さん。その即答ぶりに原田さんは湯呑を手にしたまま、拍子抜けした様子で明仁さんを見つめ、
「お前くらいの色男なら、いないわけねぇよな」
と、言ってお茶を飲んだ。
明仁さんにも好きな人がいたのかと、沖田さんも思っているのだろう。それぞれの視線が明仁さんへと集中する。
どこの誰だと、更に話を促す原田さんに告げた明仁さんの、「寺島京香」と、いう言葉に、沖田さんは無意識のうちに驚愕の息を零した。
「明仁さんも、京香さんのことを?」
そう言ってしまってから、沖田さんは、見る見る顔を引き攣らせていく。僕は、そんな沖田さんを気に掛けながらも、隣でくっくと喉を鳴らしながら楽し気に笑う明仁さんと、にんまりとした顔で沖田さんに詰め寄る原田さんに苦笑するしかなかった。
「なんだよ総司、お前の好きな子って、京香ちゃんだったのかぁ~?!」
「ち、違いますよ!」
「じゃ、なんなんだ?もっていうのはそういう意味じゃねぇのかよ」
明仁さんにハメられたということは、すぐに沖田さんも気付いたことだろう。
この沖田さんの何気ない一言が切っ掛けで、この後、僕らは全てを白状させられたのだった。
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