第21話 告白
「私は……」
決意を口にしようとした。その時、障子越しに中村さんの声がして、枡屋さんは私にぎこちなく微笑みながら、ゆっくりと障子を開けた。次いで、片手でうなじを押さえながら、照れ臭そうに部屋へ入って来る中村さんを迎え入れる。
「伝え忘れたことがあったので、急ぎ戻って参りました」
そう言いながら、中村さんは枡屋さんの前に改めて、腰かけ直した。
「生まれて来る子の名を、
「わてで良ければ……」
「お願いしますね。それと、寺島さん」
不意に、こちらに向けられるにこやかな視線。
「少し伺いたいことがあるのですが、宜しいですか?」
それから、私は枡屋さんに気持ちを伝えられないまま、中村さんと共に自分たちの部屋へと向かった。
中村さんは私に座るように促すと、部屋の隅に置かれた荷物を手に、私の目前に腰を下ろした。
「つかぬ事をお伺いしますが、寺島さんは、生まれた日にお祝いをすることがありますか?」
中村さんは、そう言って厳かに瞳を細めた。
(生まれた日にお祝いするのは当たり前だと思うんだけど……)
疑問に思いつつも一つ頷き返すと、中村さんは「やっぱりな」と、今度は溜息交じりに呟く。
言っている意味が分からなかったので、どういうことなのかを尋ねた結果、私は彼の口から衝撃的な事実を知らされることになるのだった。
*
*
*
壬生寺 本堂裏
「えぇぇ?! そんなことって……」
思いっきり驚愕する慎一郎さんに、私は苦笑を返した。
「私も激白された時は、もう吃驚したなんてもんじゃなかったですよぉ」
私に話し終えた後も、平然とした顔で今度こそ枡屋を後にした中村さん。じつは、彼も私達と同じように、現代からタイムスリップしてきた人だということが判明したのだ。
『ええー! それ、本当ですか?!』
『そんなに驚かなくても……』
『いや、誰でもこうなりますって!』
中村さんが幕末時代にタイムスリップしたのは、今から14年前の春。家族旅行で京都を訪れた時だった。
三条大橋あたりで迷子になってしまった中村さんは、私たちと同じように突然の雷に見舞われ、近くに落ちたと思った。次の瞬間、江戸時代にタイムスリップしたらしい。
その後、現代へ戻りたいと思っていろいろ試してみたものの、全てが無に帰して今に至るといっていた。
「それだけでも、十分信じることが出来たんですけど……」
解いた風呂敷の中から現れたのは、当時、中村さんが着ていたとされる洋服一式と、ズボンのポケットに入れていたという、その時に流行っていたアニメの缶バッジだった。
「それで、思わず懐かしいってことになって、お互いのこれまでの
続く私の話を慎一郎さんは、ずっと相槌を打ちながら聞いてくれている。
そもそも、どうして中村さんが私にそんな大事なことを打ち明ける気になったのかというと、それは私の喋り方や言葉がこの時代にそぐわないと感じたからだそうで、誕生日の過ごし方などを聞けば、自分と同じ境遇かを確認出来ると考えたらしい。
「これも初耳だったんですけど、この時代では年明けと共にみんなでお祝いするそうで、まだ自分の誕生日に祝うという習慣が無いらしいんです」
「なるほど」
と、慎一郎さんは表情を引き締めた。
しかも、戻って来た時、中村さんは先程の私と枡屋さんとの会話を聞いていたらしく、迷っている様子の私を気遣い、わざと足音を立てて近づき、助け舟を出してくれたのだった。
たった七歳で、しかも独りきりで全く知らない時代へやって来てしまった中村さんだったが、京都へやって来ていた枡屋さんや、ある大店の奉公人だった春乃さんやお遥さんと出会い、半ば引き取られるように、古高家に身を置くようになってからは、徐々にこの時代のしきたりなどを受け入れていったのだそうだ。
その後は、枡屋に身を置くことになる古高俊太郎の下で奉公するようになり、もともとお父さまが忠臣蔵のファンだったことから、中村さんもその影響を受けていた。だから、剣術を習う際は赤穂の流派を究めたいと思ったという。
いつだったか、私達が枡屋さんと出会ったばかりの頃。
小野派一刀流を学ぶことになったのは、ある人の影響を受けたからだと言っていたのを思い出した。
『泣きながら、わけの分からないことを言い続ける俺を見捨てずにいてくれたのは、
『……そうだったんですね』
『だから、これからこの世がどうなっていくのか、知り得る限りの歴史を教えて欲しい』
ふと、中村さんの切なげな表情を思い浮かべて、もう一つ伝えようとしていた大事なことを告げなければという思いでいっぱいになる。
「中村さんは、枡屋さんから影響を受けてから、これまでに沢山の人と出会い、尊王攘夷派として活動してきたそうです。本拠地は下関で、高杉さんたちとも仲が良いと言っていました」
「じゃあ」
慎一郎さんの、少し躊躇うような視線を受け止める。私は頷いて、
「高杉さんや龍馬さんたちのことも、自分の家族のように思っていると……」
そう中村さんが言っていたのをそのまま伝え、枡屋さんから選択を迫られたことを告げる。と、慎一郎さんはいっそう険しく顔を歪め言った。
「それで、京香さんはどうすることにしたんですか?」
「私は……」
一瞬、言葉を詰まらせてしまう。それでも、私は中村さんから話を聞いて、ますます気持ちが固まったことを慎一郎さんに伝えた。
「いっぱい考えて悩んだ結果、このまま枡屋に残ることにしました。出会ってしまった以上、見て見ない振りは出来ないから」
寺田屋さんへ行くその日まで、今まで通り、枡屋さんに働きかけていくということ。もう屯所へは行けなくなることなど。とうとう口にしてしまってから、私は慎一郎さんと目を合わせることが出来ずにいる。
沈黙が流れる。いつもの爽やかな声がして初めて、私は顔を上げた。
「そう言うと思っていました。京香さんに、枡屋さんたちを置いてこちら側へつくことなんて出来ないだろうと。勝手に枡屋を出たのは僕らですから、京香さんにだけ無理はいえない。でも、僕らが壬生浪士となったのは、ただ習得した天然理心流を活かせるだけでなく、大切な人を守れるからで……幕府に属することが一番だと判断したからなんですけどね」
慎一郎さんは、泣き笑いのような表情でそう言うと、今度はこれまで抱いて来た想いを話してくれた。
ただ、新選組に憧れていただけではなくて、やがて手を結ぶことになる薩摩と長州のやり方に納得出来ないからだという。
「僕はよく知らなかったんだけれど、土方さんから後の幕府の顛末を聞いて、微かな怒りを覚えたんです。それが、だんだんと大きくなり、今では自分の選択が間違っていなかったと思える」
(このまま、中立の立場で居られたらいいのに……)
こんな時、市中見廻りで留守だった明仁さんがいたら何て言うだろう。ふと、そんなことを考えて俯いた。その時、人の気配を感じて私達は自然と身を寄せ合いそちらを窺う。
と、やって来たのは明仁さんと、まさかの沖田さんだった。
呆気に取られたような慎一郎さんに、沖田さんは「今度はどんな内緒話をしていたんです?」と、言って微笑する。
「え、えっと……その……」
狼狽える私の隣、慎一郎さんが険しい顔で明仁さんを睨み付けている。何となく、“ どういうつもりですか? ” と、目で訴えている慎一郎さんに対して、沖田さんより少し後ろにいる明仁さんが、“ しょうがないだろ ” とでも言いたげに、こちらも怒り顔で大きく目で訴えている。
私はというと、気まずい沈黙に俯くほかなかった。
と、それを破ったのは、沖田さんだった。
「久しぶりに壬生寺へ行こうと思ったら、偶然、明仁さんと会ってね」
と、いう沖田さんの眼が一瞬、冷ややかに細められるのを見逃さなかった。
もしかしたら、間者だと疑われているのだろうか?不安が頭を過り、私はそんな想いを込めてお二人に目配せをした。
と、ぎこちない様子の私達を交互に見ながら、沖田さんはまた薄く微笑む。
「二人で何を話していたんですか?」
「え、えっと……」
対して、返答出来ずに戸惑う慎一郎さん。
明仁さんは、“ しょうがないな ” とでも言いたげに眉を顰めると、沖田さんを見ながら溜息交じりに呟いた。
「じつは、慎一郎は寺島に惚れてるんだよ」
「え!?」
私と、慎一郎さんと、沖田さんの突拍子もない驚愕の声が綺麗に重なる。同時に、明仁さんは片手で顔を覆い尽くしながら大きく溜息をついた。
次いで、慎一郎さんが真っ赤になりながら、明仁さんと沖田さんを交互に見遣る。
「そ、そういうわけじゃ……まったくの誤解ですから!」
と、慎一郎さんは強硬に主張した。けれど、そんな慎一郎さんに、沖田さんは「むきになっているのがその証」と、言って苦笑する。
何となく、この場を乗り切ろうと明仁さんが咄嗟についた嘘なのだということは分かっていた。でも、どうしてそんなことを言ったのかまでは分からずに、私はやっぱりその場を見守ることしか出来ずにいる。
すると、今度は明仁さんが慎一郎さんにぐっと近寄り、「この際だから言っちまえって」と、言いながらまた例の目配せをした。
それを受けた慎一郎さんが、隣にいる私を見下ろし、諦めたように小さく息をつく。
「じつは、出会った時からずっと、京香さんのことが……気になっていました」
すぐに逸らされる視線。演技だと思いながらも、告白されたことに否が応でも意識してしまう。そして、呆気に取られたままの沖田さんに、慎一郎さんは私との件で明仁さんに相談していたのだと伝える。
それにより、沖田さんはどこか腑に落ちない様子ながらも「納得しました」と、頷いてくれた。
「京香さんも、沖田くんのことを好いているのですか?」
「あ、あの……」
三人の視線をいっぺんに受けて、私はそれぞれに視線を遣りながら、沖田さんからの問いかけに何て答えればいいのか考えあぐねてしまう。
(慎一郎さんのことは好きだけれど、沖田さんが尋ねている好きなのかどうかは分からない。それに私がここで頷けば、逆に慎一郎さんに悪い気もする。どうしよう……)
やっぱり、何も言えずに俯いてしまう私の目前。沖田さんの妙に明るい声に視線を上げた。
「お互いに想い合っている、ということですか」
何となく、そう言われたことが心苦しくて黙り込むしかなかった。と、そこへ斎藤さんの声がして、沖田さんはそれに答えるように声を張り上げる。
「ここですよー」
しばらくしてからやって来た斎藤さんが、私達を交互に見ながら訝しげに眉を顰めた。
「やっぱりここにいたか。土方副長から話があるそうだ」
「今度は何だろう」
「いよいよ、
沖田さんは、すぐに先を歩き始める斎藤さんを横目に、私に一礼し、明仁さんと慎一郎さんにもなるべく早く戻るように言って、その場を後にした。
私は、沖田さんたちが完全に壬生寺を去ったことを確認し、改めて、明仁さんに文句を言ってる慎一郎さんに頭を下げた。
「なんか、すみませんでした。あんなこと言わせてしまって……」
「いや、何もかも土方さんのせいですから。さっきのどうしようもない嘘のせいで、沖田さんに誤解させてしまった」
(……っ……)
慎一郎さんの呆れたような眼が明仁さんに向けられる。と、たちまち明仁さんは不貞腐れたように言い返した。
「しょうがないだろ。あの場合は」
「まったく……」
「しかし、思っていた以上に寺島とお前のことが気になっているようだったな」
意味が分からずキョトンとする私に、今度は明仁さんがこれまでのことを話してくれた。
沖田さんから、何かと私のことを尋ねられるようになったことで、その想いが私にあるのではないかと思うようになったらしい。
「それだけは絶対に無いですよ。だって、あの新選組の沖田総司ですよ! 私なんかを好きになるなんてことは……」
「慎一郎との間柄を尋ねられたこともあったからな。まず、好意を持っていると思って間違いないだろう」
もしも、明仁さんが言うように沖田さんが私を想ってくれているとしたら、こんなに嬉しいことはない。はずなのに、なぜか心に靄がかかったようにスッキリとしない。
それよりも、“ 沖田さんに誤解させてしまった ” と、いう慎一郎さんの、後悔にも似た呟きを聞いて、ブルーになっている自分がいる。
(なんでだろう、なんか寂しいような……虚しいような)
そんなふうに思いながらも、明仁さんにも枡屋さんから究極の選択を迫られたことを伝える。
「私はもう少し枡屋に留まりますが、またどこかで、こうして会ってお互いの近況報告が出来ればと思います」
「このままじゃ、俺達まで敵対することになり兼ねないからな」
腕組みしながら一点を見つめている明仁さんに頷き、続いて中村さんとのことも伝え始めて間もなく、みるみる目を見開いてゆく明仁さんの、唖然とした視線を受け止める。
「マジか……」
「まだ、お二人が壬生浪士だということは話していないんですけど、中村さんなら分かってくれるんじゃないかと思うんです」
それに、もしかしたら枡屋さんを説得して貰えるかもしれない。
私は、裏目に出る可能性も考慮しながら、中村さんに賭けてみたいと思っていた。
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