第9話 険悪と信頼

 丸の内線に揺られ、霞ヶ関駅に着いた時はもう夕方だった。警視庁は夕陽を受け、悠然とただそこにある。

 彼にとっては初めて一人で入る警視庁、一体どう映ったのだろうか。

彼は警視庁の玄関をくぐり、刑事局の方へと足を進める。中には沢山の刑事がおり、入ってきた子供を無遠慮に見る。

 刑事局につくと、この間の事件の時にはいなかった刑事達が居た。数にして10人ほど。今回は詐欺事件ということなので恐らく生活安全局だろうと推測した。


 彼は会釈をし、中に入った。

「ああ、匠くん。ご足労願って悪かったね。とりあえず座って」と白谷に勧められ、とりあえず彼は席についた。

「とりあえず、自己紹介からだ。こちら生活安全局主任刑事、鈴木涼だ。それから生活安全局の刑事達」

 鈴木涼と紹介された男はまだ年若く20代後半に見えた。優しそうだが、この年で主任刑事になったのだから相当な食わせ者なのだろう。

「よろしく頼むよ。匠くん。君の活躍を期待する」と握手を求めてきた。彼はその手を握り、「できるだけ、力になれるよう頑張ります」と返した。

 ただ、鈴木も他の生活安全局の刑事も少し訝しげな眼で彼を見る。やはり、警察組織の中枢付近に中学生が立ち入るのはまだいい顔をされないらしい。


 一同席につき、生活安全局の刑事の一人が今回の事件の概要を説明した。

「大体のことはみなさん知っているだろうから説明は簡単にしようと思います。まあ、3件で約8000万円の被害が出ている大規模詐欺事件です。これだけの金額は近頃の詐欺事件では類を見ない。被害者の話だと銀行から多額のお金が引き出されているという連絡があり、そこで初めて気づいたそうです。それまで、不審な電話がかかってきたり人物が訪ねてくることはなく、家も誰かが侵入した形跡はないようです」


 なるほど。これは確かに不思議な事件だと彼は思った。銀行からお金を引き出すには口座番号が必須だ。これが無いと銀行で厳重に管理されているお金を引き出すことが不可能。だから詐欺グループは息子や弁護士と偽ったりして、口座番号を聞き出すという警察に見つかるリスクの高い方法を取らざるを得ないのだ。


 だから、犯人はどこで、どうやって口座番号を知ったのか。それが疑問だ。

「次に被害者の共通点ですが、三人ともその時間は家にいなかったようです」

「家にいなかった?」と大津が疑問を投げる。

「はい。一人は中野駅近くのファミレス。もう一人は電車の中。止まっていた駅は代々木、もう一人は新宿駅構内にいたようです」

「次に口座をスマホで管理していたという共通点があります」

 すると鈴木涼が

「まあ今の時代、口座をスマホで管理するということなんてザラですからね。偶然と見ていいのではないでしょうか?」と主張。これには同意したのか、周りの刑事達が首肯する。



「あと、もう一つ。この被害者の三人は過去にストーカーの被害に遭っているようです」これには場の空気が凍りついた。

「三人とも現在はそういうこともないようですが、かなりしつこく付き纏われたようで、被害者の1人ーああこの方は女性なのですが、ノイローゼにまでなったようです」

 すると、大津が立ち上がり

「それで、生活安全局はそのことで何かしたのかな? 例えば、送り迎えとか、そういうこと」と明らかに怒気を含んだ声で言った。隣に座っていた刑事局唯一の女性刑事が慌てて諫める。

「ええ、生活安全局に連絡があり、パトロールを強化しました」

「それじゃ足りんだろうに」

「ですが……」

「まあ、落ち着いてください。大津刑事」と今にも争いが始まりそうな雰囲気になった所で彼が口を挟んだ。


「でも、もし三人が外出している所を狙ったとしたら、ストーカーと関連があるのではないですか?それに、狙われた3人がピンポイントで1000 万円以上の貯金があるなんて偶然にしては少し出来過ぎな気はしますけど」

 待ってましたとばかりに白谷が

「なんで3人全員が1000 万円以上の貯金があると分かるんだ。1人の人間から大量に取ったかもしれないだろう?」と聞いてきた。いい加減この雰囲気に耐えられなかったのだろう。

「ああ、それは銀行からの連絡があったということから分かります。1000 万円以上の貯金がないと、引き出した時に連絡はありませんからね。そこの刑事さんはあえて被害者という言葉を使い、区別しなかったですから」

 この2人の掛け合いで場の険悪な雰囲気は一気に沈静化した。

「まあ、落ち着きましょう。この中で最も落ち着いているのが中学生でどうするのです。できる大人の余裕を持ちましょう」

と鈴木が言った。この一言で、大津と生活安全局の刑事は罰の悪そうな顔をして、両者席に戻った。


 その後、大津は家族に電話、生活安全局の刑事のうち数人が事実確認に被害者宅へと向かったことで、とりあえずお開きとなった。


 彼と白谷は帰るために警視庁の廊下を歩いていた。

「さっき、場の雰囲気が険悪になった時、それを落ち着けるために発言したんだろう? 流石だね」

「え? いや別にそんな意図はありませんけど。ただ忘れてしまう前に言ったまだです」

 この事を聞いた白谷は漫画のずっこけそうになったが、彼が何事もなかったかのように歩いているのを見て決まりが悪いような気持ちになった。


 傍から見れば、その2人は少し、年と背が離れた友達のように見えるのだった。




 その後、この大規模詐欺事件の波はさらに、多くの人間を巻き込んでいく事になるのだが、この時、誰一人としてその事に気が付かなかった。

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