第36話 無意味な時間

「俺は6年前に娘を殺されている。社会人になって結婚を控えていた、大切な一人娘を。鏡恭弥が本格的に介入した6年前の連続殺人事件でな。……当時俺は刑事局の主任刑事だった」

 その赤神の呟きはまだ少し暖かい11月の風に乗って流されていく。

「え……?」

「まあ、本当に鏡恭弥が介入したかはわからん。ただ、事件の流れを見るにどこかしらで鏡が介入したことは確実だと思っている。奴は無色透明な至って普通の事件に色を加え、一枚の絵にしていくように事件を、犯人を動かしていく。それでいてこっちから見れば真っ白なカンバスでかえって何も見えない。6年前の連続殺人事件はまさにそれだった」

 赤神は電波塔の扉の方へと歩いていく。その扉の向こうはくぐればいまも刑事達と犯人逮捕へと奮闘する戦場だ。


「俺は……俺は必ず鏡恭弥を、6年前の連続殺人事件の犯人を捕まえる。その首を娘の墓の前に供えるためにな。俺はそのためだったらなんだってする。刑事達を、A級協力者たちを駒として動かすことも、どんな犠牲が出ても関係ない……!!」

 今までの赤神が積み上げてきた慟哭、嘆き、そして決意はあの世の娘の元へと届いているだろうか? 赤神は届いていてほしいと思うだろうか?

 ……否、赤神はその決意が娘に届いてほしいなどとは一切思っていない。赤神の、娘のための決意、願いは実際に聞かせるにはあまりにも血生臭すぎる。


「人はみな誰かの代理人とはよく言ったものだな」

 赤神は、扉をくぐり戦場の陣形の奥深く、大将席へと戻っていった。



「本当に、あの人は焚きつけるだけ焚きつけて、冷却するということをしない。冷却を疎かにすると良い刀は出来上がらないのに」

「……匠君」

 灰色のコートをたなびかせながら、彼が歩いてきた。

「……さっきはごめん!」

 白谷は午前中の彼への言動を詫びる。その時の白谷にとって煩わしいものであったとしても、彼が白谷を元気づけようとしてくれたことは変わらない。

「いいんですよ。俺よりも国本さんに謝った方がいい」

 彼は笑った。そして、そのまま白谷の隣まで歩いてきて屋上のフェンスにもたれかかる。

                                     

「先ほど警視総監はあなたに猟犬になれと言いましたよね?」

「聞いてたのか」

「警視総監殿の言ったことは正しい。貪欲に獲物を追うということは人間に必要な事でもある。実際この言葉に貴方は勇気づけられた」

 彼の二人称が白谷さんから「貴方」に変わる。それと同時に彼の存在の雰囲気、匂い、密度、なんて言ったらよいのか白谷には分からないが、この場の彼の存在が白谷にとって大きなものへと変わっていく。この場が支配されていく、と言い換えてもいいかもしれない。

「でも、一つ忘れないで欲しいことがあります」

「忘れないで欲しいこと?」

 彼が白谷に顔を向ける。無表情で何を思っているのか分からなかったが、その黒々と光る瞳に吸い込まれそうになる。



「正義とは麻薬みたいなものだ、ということです」



「麻薬……?」

「正義というのは人を助ける強い力になりえるものですが、人は一度正義を成すことに快楽を覚えたら止まらなくなる。自分にとっての正義を成し続け、そしてその正義があくまでだと分かった時は自分も周りもボロボロになっている。怖いことにこの状態になるまで、人はそれが周りのためになっていると信じて疑わない。まさしく麻薬です」

「……」

「貴方は身近な人を、大切な人を殺された。お姉さんの敵討ちという正義を成す資格は十二分にある。ですが拘束され、手錠をはめられた無力な犯人を前にしてあなたは自身の姉を殺された怒りを、流れ出るを抑え込むことができるでしょうか?」

 この問いに白谷は明確な答えを出すことはできなかった

「……分からない」

「僕はあなたに模倣犯風情の虫けらと同じことをしてほしくないのです。もし犯人を殺してしまえば世間はあなたを姉の仇を取ったヒーローともてはやすかもしれません。それでも人を殺したという事実は変わらないし、それが正しいとは限らない。復讐するのもいいですけど何も殺しまではしない方がいい。相手からすれば殺されたらそれで終わりです。なら生き地獄を見せてやればいい」

 彼は白谷に背を向け、扉の方へと歩き出す。

「さあ、捜査に戻りましょう」

 そう言って彼は戦場へと戻っていった。



 




「全部、お前の師匠の受け売りじゃないか。薄っぺらい」

「あはは……」

「……お前が白谷にかけたあの言葉、のお前に全部跳ね返って来るぞ」

「いいんですよ。少なくとも白谷刑事には俺たちのようになってほしくないですし。それでは僕はこれで」

 彼はそのまま正面口の方へと向かって行った。足音が遠のいていく。それを見送ったのち、赤神はこう呟いた。

「………………やっぱりお前が一番狂ってるよ。お前は師匠に、憧れていたものに憑りつかれすぎだ」



 彼の鏡恭弥への復讐はいったいどこへと向かっているのか。そして果たして、鏡恭弥を逮捕して、彼の「自分にとっての正義」は終わりを迎えるのだろうか。

 それは誰にも分からなかった。












『……本当にお馬鹿さんね、匠は。熱中すると周りが見えなくなるんだから』

 追憶からの声に、彼は耳を傾けることができなかった。

 





(作者より)

この回は作品を乗っける前から構想してた回で、その段階で10回以上はゆうに書き直しました。いま掲載ているのはその中でも読んで一番わかりやすかったものなのですがそれでも少し読みにくいかなあと思います。自分の語彙力と文章力の無さです。申し訳ありません。この回はちょくちょく改稿していくことになると思います。





 


 

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