第15話 羊の皮を被った狼

 鈴木が取り押さえられ、手首に手錠がかけられるまで10秒もかからなかった。

 この場合、彼は非戦闘要員のため、飛び道具か何かない時はただ遠くで突っ立ているしかないのだが白谷をはじめとした刑事の身体能力には目を見張るものがあった。

 思い出せば白谷に関しては佐倉洋子を銃撃しようとした際、驚きながらも彼が銃口を合わせやすくなるよう、できるだけバイクが横にぶれないように運転している。

 白谷は頭脳は普通だが身体能力はずば抜けて高い。

 他の刑事局の面々も警視庁という治安維持組織の最高機関に勤めているだけの能力はあった。


 その後、付近のパトカーが応援として到着し、(刑事局の刑事たちは尾行がバレないようにパトカーは使用していなかった)捕縛した鈴木を警視庁まで連行することとなった。

 鈴木はパトカーに乗せられる間際、彼と話がしたいと言っていたが却下された。

それでも鈴木は彼を睨み続けていたが、彼はそれをただ空虚な目で見つめていた。



 鈴木が逮捕されたことによって刑事局のすべきことはただ一つとなる。

 ――鈴木の共犯者の逮捕だった。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ここからは後日談となる。


 鈴木が逮捕された3日後、彼は東京拘置所に足を運んだ。

 理由は言わずもがな、鈴木との面会である。


 彼と顔を合わせた鈴木は、一般人と犯罪者を隔てる一枚の分厚い境界線が無ければ殴りかかってきそうなほど彼を睨み続けていた。


 埒が明かないと彼が話を始めようとした矢先、睨み続けながらも思いのほか理性的に話ができるらしい鈴木が聞いてきた。


「どこから仕組んでいやがった?」

 特に隠すこともないので彼は質問に答える。

「少なくとも、大津さんと白谷さんがカフェに行ったあたりですね。一つトリックが分かれば後は連鎖的に解けていく。あの中で犯罪が現実的だったのが生活安全局もしくは公安局だったわけですが、生活安全局か公安局どちらが人々を理解しているかは聞かなくてもわかるでしょう?」


 公安局は国の裏方の仕事を担当しているため人々の目に留まることは一切ない。その反面、生活安全局はが人々と寄り添うことが仕事となる。そのため、生活安全局は知らず知らずのうちにそこに住む人々を理解することになる。今回、鈴木はそれを利用して犯罪に及んだのだ。


「そして、あなたが逮捕された日、生活安全局の佐伯さんていう刑事さんと刑事局の全員に真相を話して、協力をこぎつけた。あとは貴方が身をもって知っているはずですよ」

「だから、あいつあんなにキレてたのか……。狙いがばれないようにするのと俺たちをあの部屋から出すために……」

「そういうことです」彼は頷いた。


「ただ、俺が犯人という確証はなんだ?」

「ああ、それは貴方の電話の回数。決まって会議が始まる前と終わった後に電話していたのでそこでお仲間さんと打ち合わせをしていたのかなと。他の生活安全局の刑事さんたちは不審な動きが無かったので。あとはですね」


「結果?なんの結果だ?」


「あれ、尾行には気づいておられたようでしたが?」



 彼はやたらと後ろを気にしていた鈴木の様子を思い出す。あの時の鈴木は闇が後ろまで迫っているといったような感じだった。

「やっぱりつけられていたんだな」

「ええ、そこであっていたお仲間の顔もばっちり把握しています。今頃、顔写真は刑事さんたちに届けられていますよ」

「……なるほど、なら少なくとも俺を尾行していたのはお前ではないな」

「ご明察。流石に警察を相手に尾行するのは僕のような素人ではすぐにばれますよ」

 彼は不敵にほほ笑む。

「僕の銃やらなんやら護身用の道具も作ってくれる人たちですよ。若干、影の方にいる人たちですが……。まあお仲間が捕まるのもそう時間はかからないでしょう」

「高飛びしているとは思わないのか?」

「はい。そのルートはもうある程度調べ上げているようなので。もし、しようとしてもできませんよ」

「俺が捕まってから、まだ3日しかたっていないのに動きが速いな」

「ああ、一応言っておきますが警察の目が届きにくい場所……例えば国の暗部に逃がしたとしても、また、表層に引っ張り出されることになる。あくまで犯人を捕まえるのは警察ですから」

「なるほど。俺のようなこそ泥はすぐにつかまるわけだ。大金欲しさにこんなバカみてえなことしちまったがな」







「……あんまり俺を舐めるなよ、鈴木」







 空気が一変した。彼にとって鈴木を取調を受ける犯人という立場から、友釣りの餌に変えるにはこの一言だけで十分だった。

「この事件、まだもう一つ裏がありますよね?」

 言葉遣いはいつもの彼に戻ったが、鈴木は彼に銃口を向けられているような威圧感を感じた。

「裏だと?」

「ええ、鏡恭弥の存在ですよ」

 鏡恭弥――その人物は彼にとっての宿敵、いうなればシャーロックホームズのジャームズ・モリアーティーのような存在だった。


「鏡が介入しているとなぜわかる?」鈴木が聞く。顔からは尋常ではない量の冷や汗が噴き出ている。

「今回の事件で得たお金の行方がまだ知れません。どこかの銀行に預けられたという話もまだ聞いていない。恐らく貴方は鏡たちの資金集めをする役割だったのではないでしょうか?」

「……」

「それにあなたのお仲間さんたちの行方がまだ知れません。警察だけでなく彼らの力を使っても見つけられないとなると相当です。これはあくまでも推測です。介入していないならいいえと答えても構わない。その時は貴方たちが鏡の力を持っていたとそう判断します」

 この言葉を聞いた鈴木の体がピクッと震える。

「俺たちが鏡以上だと……?」

 




「そんなわけねえ」




 彼は鈴木が今までにないほどの熱を帯びたことをガラス越しでも感じることができた。

「誰もあの人には勝てねえんだ。俺たちがあの人以上だと? おこがましいにもほどがある。俺はあの人のおかげで犯罪者としての俺を知った!! 今までにない程楽しかった!!」

 そう熱弁する鈴木はもはや刑事でも犯罪者でもなく崇拝者となっていた。ろれつが回っていない。

「その鏡にあったことがあるのですか?」

「ない。ただメールとあの人の腹心かなんかと電話しただけだ」


 彼はその電話の記録はとうに鏡によって消されているとそう判断した。

 そしてなにより、メールと鏡の腹心を通じてのやり取りだけで洗脳の領域だけで人を変える鏡の人心掌握力とカリスマ性はもはや異次元の物だろう。


 彼は黙って出口まで歩き出した。


「あの人に挑もうってんなら辞めた方がいい。あの人は日本の警察組織が束になっても勝てない」

 

彼は立ちどまりこう返した。


「この世に絶対の悪が存在するならそれを倒す悪の敵が存在しないといけない。

僕は、いや俺はその存在になるためなら悪にだってなる。命以外ならなにもかも捨てて見せる。それになにより奴を倒さないとあの人が報われませんから」


 部屋を出た彼は出口を見ながら

「多分鈴木の仲間はもう生きていないかもな」とつぶやいた。

 その呟きを聞くものは誰一人としておらず無機質な床と壁に溶けていくばかりだった。















 日が沈んで夜が来る。その夜は月の浮かばない新月の夜だった。

「俺たちをこんなところに連れてきて何の用だ?まあそんなことはどうでもいい鈴木が捕まった。お前ならなんとかできるんだろ?頼むよ、警察となんかよくわからない連中に追われているんだ。助けてくれ!!」一人の男の焦燥を込めた声が響き渡る。


 その建物の最上階の部屋は東京の都市景観を一望できる高さにあった。中は明かりをつけなくても外からの明かりでどこに誰がいるかは確認できるほどには明るかった。


「なるほど、奴らが動いたか」

 その全身ガラス張りの部屋には人影が4つ。もしこの部屋に意思があって普段使っている者に好意的に接するならば、この部屋にとっての異分子は2人だった。


 その中の一人が異分子に近づく。

「ほかに……何か知らないかな?」

 何故だろうか、この異分子2人はこの声を聴いた瞬間心の奥底にまで入り込まれているような感覚を味わった。目の前の人物からはそういう言い知れぬ気配がある。

「すべてばれたって……中学生がどうのこうのって……いいから助けてください!!」

「中学生? ああ、最近僕が手を貸した事件に介入してくるっていう子か。なんだまあ気にしていなかったけどそこそこの能力はあるんじゃないかな」


 異分子であった2人はその人物を見た瞬間息が詰まった。


……美しいのだ。姿や佇まい、雰囲気その全てが。まるで白蓮と真珠が混ざってできたような存在に感じる。


「君たち、本は読むかな?」その人物はなおも聞いてくる。

「本? いや全く読まない……」

「そうか、ならミステリーとかを読んだ方がいい。人の心の機微を知れる。あのジャンルは探偵役だったり警察が注目されるが、悪役が実は重要だ。だって犯人が一流でないと物語がつまらないからね」

「なにを言って……」


「君たちが悪党としてミステリーに登場したらどうなるんだろうか。……僕が思うに多分探偵優位の駄作になってしまうだろうね」



 この挑発の言葉を聞いた異分子のうち一人が激昂する。

「さっきからなにぐだぐだぬかしてんだてめはぁぁぁぁぁぁ!!!!!??」と叫びながらこぶしをその人物に向けて振りかぶる。その男との体格差からして当たればダウンは容易だろう。


 拳がその人物の顔に迫る。


 しかし、危うく、その顔面に拳が突き刺さろうかという瞬間、その人物は顔を左にそらして拳を避け、男の脇に手刀を入れる。そして間髪入れずに肘で鳩尾を殴打した。

「コフッ」という声とともにその男の体は膝から崩れ落ちる。



 その人物は男の後ろに回り、ナイフを取り出す。




 そして、そのナイフを男の首に突き刺した。そうするのが自然だと言わんばかりに、普通に。



 血しぶきをあげ男の体だったものは顔から床に突っ伏しそのまま動かなくなった。鉄のようなにおいが立ち込め始めた。


 

「僕はね、人の一生は本のようなものだと思っているんだ。人が悩み決断し織りなすものに価値を置く。君たちみたいな人の本は1ページ読んだだけで破り捨ててしまいそうだよ」

 そう言ってただ茫然としているもう一人の胸にナイフを突き立てた。

「あ?」という声とともにその男もさっきの男と同じように崩れ落ちた。


 この一連の動きを脇で見ていた男が一言。

「お見事です。鏡さん」


「ああ、ありがとう。死体の処理は頼んだ」

 そう言って出口の方へと向かおうとして、「そうだ、返り血落とさなきゃ」と思い出したように呟き、別室へと向かっていった。




「その中学生相手にしたらそこそこ面白くなりそうだ」とただ一言残して。



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