第5話 夢幻の図書館
……佐倉洋子は犯人には間違いない。
ただ、まだ逮捕するには証拠が足りない。
警察の調べだと、ミネラルウォーターには毒が入っていて、それを飲んで、夫の佐倉健は死に至った。
そしてその時、妻は買い物に出ていた。もう一度家に戻ってから殺すこともできるがリスクが大きい。
彼は家に帰ってからもこの事件の全てが書かれた手帳を見ながらずっと考え続けた。
時計の単針は数字を二つまたぐ。
その手帳を見た時に夫の部屋の本を思い出した。確か、あの作者の書いた本なら3冊は持っていたはずだと。自分の家の本棚から本を引っ張り出し、何となく読んでいると、あるページが目に入った。
森を飛び回っている小さな昆虫を捕まえる方法だ。衝突板を使った罠で、森にプラスチックの板を設置し、飛び回っている昆虫がその板に衝突し、下にある箱の中に落ちる。その箱にはエタノールが入っているのだ。
それを見た瞬間、彼は目を見開いた。
誰もいない時に毒を飲ませる方法、恐らくそれは……。
「違う、毒はミネラルウォーターに入っていたんじゃない」
それに気付いた時、目の前に黒い霧のようなものがあるのがわかった。その霧は彼の意識を飲み込んだ。
次に目を見開いた瞬間、それが鍵となったかのように轟音を立てながら、そして金色の光を出しながら、本棚が形成されていき、本も形作られた。横を見ると机や椅子、彼の万年筆まで形成されていた。それを確認し、彼は推理を開始した。この感覚を味わうのも久しぶりだった。
「多分、毒が仕掛けられた場所ミネラルウォーターじゃない。加湿器だ。犯人はフグの肝臓を手袋やマスクをしたうえでミキサーにかけた。フグ毒レベルの強い毒だったら水に入れて薄まることも考えて2~3匹用意すれば十分なはず。それに加湿器だったとしたら水槽の中のめだかが全滅したことも納得できる。餌の消費期限は、3日後になっていたから世話はしっかりされていた。だけど加湿器から飛んだテトロドトキシンは、水槽の中に落ち、全滅したんだ」
彼の周りには本が飛び交い、そして推理を助けるであろうページを自動的にめくってくれた。万年筆も自動的に動き、紙に文字を刻む。
「テトロドトキシンの毒の効果が出るのは摂取してから4~6時間なはず。まず、部屋の天井以外をビニールシートで覆い、加湿器のタイマーをセットして、自分が買い物に行っている間に加湿器を動かし毒を散布する。この時、加湿器の風向きを上に設定して、エアコンを同時に作動させておけば蒸気は、天井を塗装している被害者の方へと飛んでいくはず。部屋いっぱいに充満したら片付けは面倒だからな。……だとしたらエアコンと加湿器から見て正面の方に衝突板の罠、と言ってもただ斜めにブルーシートをかけただけだろうけど、それを設置しておけば効率的に毒を含んだ蒸気の回収ができる。蒸気は水だから斜めに設置させておけば下に落ちるはずだからな。その後、夫をどこかに行かせている間に罠と壁の周りのブルーシートを片付け、加湿器も洗浄する。あの壁の跡はブルーシートを剥がした時にできたものだったんだ! 後は毒が効いて瀕死になる少し前を見計らってもう一度買い物に戻ればいい」
だから、あんなに沢山ビニールシートが捨てられていたのだ。これが日常生活であれば、被害者は怪しむだろうが、生憎壁の塗装中だ。疑問はあるだろうが怪しむまでには至らない。
「犯人が先に壁から塗り、夫に天井をやらせたのも、加湿器とエアコンから衝突板までの間に被害者が100%いるようにしたからだろうな」
その間も万年筆は彼の推理を書き留め続ける。
「ゴミ収集の作業員が死んだのはブルーシートに付着していたテトロトドキシンを吸ってしまったからだろうな。大きめのフグ1匹だけでも10人は殺せるような猛毒だからな。そして、ミネラルウォーターに毒を入れて捜査を撹乱した。多分毒は被害者の服にも付着しただろうけどテトロトドキシンの性質を考えたらミネラルウォーターを被害者の服にかければ問題ない」
毒の強さが今回の殺人を助けたのだ。
ただ、分からないことが一つあった。
――それは毒の入手先だった。警察のサイバー犯罪対策局はそこも調べただろうが、結局証拠は出なかったらしい。
彼はその点を徹底的に考えることにした。
そして、取調室の一幕、そこで覚えた違和感を思い出す。
すると、彼の推理を助けるが如く、一つの本が飛んできた。
その本を読んだとき、彼は一つの核心――真実へとたどり着く。
「そうか、だからあの時……。これなら簡単に毒を手に入れることができる」
全てが分かった時、万年筆によって紙に刻まれた文字が浮かび上がり、回転しながら一つの形を形作った。
それは黄金色に光る鍵だった。
彼はそれを指先で持って回した。まるで家のドアの鍵を回すかのように普通に。
部屋のドアが音を立てながら開き、背後の図書館も塵が風に吹かれるが如く消えていく。
この事件はここに解決した。
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