第7話 権力と首輪を君に

 ここからは後日談となる。


 佐倉洋子を確保し、やってきた応援に預け、警視庁へと帰る道で白谷は彼に問いかけた。

「なんだったんだ?さっきの銃は?」

「もう答え出てるじゃないですか」

 ちょっと笑いながら答えると

「茶化すな」と一喝された。

 まあ、もう隠すことはないと彼は白谷に銃を見せた。その銃を見た白谷は

「本物、じゃない?」

「ええ、球はパチンコ玉と同じサイズの金属の玉です。普通のエアガンよりも強力で当たりどころが悪ければ危ないですが、実弾の銃には遠く及ばない。銃声はこれで」

と彼はライターを大きくしたようなものを見せた。

「言ってしまえば、運動会とかで使うあれです」

 白谷は困ったような顔で鼻頭を指で揉んだ。

「銃刀法違反は……どうなるんだこれ? まあいい。一応取り上げて置く」と白谷は彼の持つ銃を取り上げる。

「ええ、そんなあ……あ、着きましたよ」と残念そうに喚いた後、彼は白谷に告げる。

 白谷は、笑顔を取り戻し、彼に言った。

「とりあえず今回は本当にありがとう。君がいなければ今回の犯人を捕まえることができなかった。報酬とかそういうのはまた後で連絡しよう」


 彼は無言で、しかし笑顔で頷いた。





 その1時間後、白谷は警視総監の部屋に呼び出された。中はこざっぱりしていて奥の机には白髪混じりの60代の割には筋骨隆々の男が座っていた。言ってしまえばそれだけだがその男を見たとき、白谷は少し恐怖を覚えた。目が只者ではない鋭さを帯びて白谷を見つめていたからだ。まるで肉食動物に狙いをつけられた草食動物のような心境になった。

「なにか御用でしょうか?警視総監」

 警視総監は若干表情を柔らげて、話し始めた。

「呼び立ててすまなかった。後処理もあるだろから、単刀直入に言おう。今回の事件で介入が見られた嘉村匠という名の子供だが………彼を警視庁刑事局のA級協力者にしようと思う」

 

 それを聞いた白谷は驚き咄嗟に言い返した。本来であればあっていいことではない。

「しかし、まだ彼は子供です! それにA級協力者って警視庁に自由に出入りする権利を持つ協力者の頂点に立つ立場じゃないですか!」

「君はまだ彼をただの子供だと思うのか? 君も見ただろう、彼の事件の幕引きを。彼はただの子供じゃない。人が人生で得る2倍以上の知識量を持ち、鋭い観察眼、広い視野で事件を別角度から解決する。人は彼をこう言った。『半月の探偵』と」

「半月の……探偵?」

「そうだ。まあ、このあだ名は彼の持つ二面性に由来する。彼は年相応に子供っぽいところもあるが、今回のようなケースではまるで別人のようにもなるというわけだ」

 しかし、白谷は府に落ちないところがあった。

「しかし、そんなに強力な人物ならもっと警視庁内で知られていてもいいはずでは?」

 警視総監は返答する。

「確かに、知られてはいない。ただ彼は知られていないだけで16件の事件を解決に導いている。それも計画的にトリックが組まれたであろう殺人事件をな。多くは現場を見にいってそこでうろつき、警察の関心を引き声をかけてきた刑事からうまく情報を引き出す。そして、その刑事を掌握し、手のひらで操り、事件を解決する。操られた刑事は自分が彼の掌の上で動かされていたことなど分からない。だから彼の名前が出ないだけであって事件には介入していることがよくあるんだ。」

 

 日本では、そもそも事件などそうそう起きない上に計画的に人を殺す、物を盗むそういうことが極端に少ない。だが、その分複雑に計画された殺人事件や詐欺事件、盗難事件などは青ゲットの殺人事件や3億円事件のように未だに未解決ということが少なくない。その事件を彼の短い人生で16件も解決したとなるとその異次元さがわかるだろう。


「ちなみに彼は先代の刑事局A級協力者――その弟子にあたる。」

「先代のA級協力者って、確か史上最高と呼ばれた女性探偵のことですよね?」と白谷は驚きの声を上げる。

 こくんと警視総監は頷いた。

「 それに彼をA級協力者として迎えるのは何も有能すぎるからという理由だけではない。あと2つほど目的がある。

一つは監視。あれほど強力な力を持っている分、敵に回ったら非常に厄介だ。事実他の局や歴代のA級協力者が敵に回った場合、日本の治安は崩壊するだろう。だったらいっそ手元に置いて監視するついでに有用に使ってしまおうという話だ。

二つ目、これが一番重要だ。それは鏡恭弥を逮捕する上で大きな力になり得るからだ」


–––鏡恭弥かがみきょうや。その人物は今の日本の治安維持組織に置いて、最大の天敵と呼ばれており、日本、特に東京で起こる事件の6割に介入しているという者。性別も本名も何一つとして分からない。

 ただ、鏡が介入した事件は複雑化することが多い上に犯人が捕まったとしても鏡だけは捕まらず、その犯人も事件を起こす上で協力してくれだが、会ったこともないということが多かった。唯一、鏡恭弥にあったことがあるという犯人がいたが(鏡恭弥という名前もこの犯人から出た)が取り調べの後、留置所の歯ブラシを使い自殺してしまった。

「鏡恭弥を捕まえる上で、彼はなくてはならないピースだ。」

「しかし、先代の協力者でも捕まえることは不可能だったのに、彼にできるのですか?」

「先代の協力者は、鏡を追い詰めるまでは行ったが、最終的には殺されてしまっているからな。だから――それを利用する。」

 白谷は目を見開いた。

「利用するって……彼の師匠への思いを……ですか……」

「それが一番合理的だ。大切に思っていた師匠の敵討ち、彼が本気にならないはずがない。あと、知っていたかい?その先代の師匠の遺体を最初に発見したのは彼だ。彼曰く―アクリル標本のようになっていたようだ。目撃者という観点でも彼は鏡に最も近い存在だ」

「アクリル……ひょう ほん?」

 アクリル標本とは昆虫の標本を液体プラスチックの中で包み込み、固め、標本にする技法だ。空気に触れないため、色褪せない。

 

 鏡は最も自分を追い詰めた者への礼儀として綺麗なまま永劫そこにあるようにしたのだ。


「狂ってる……そんな最期が」

 警視総監–––赤神宗谷あかがみそうやも頷いた。

「だからこそ、彼に、半月の探偵に鏡を捕まえて欲しいのだ。ああ、彼から銃を取り上げただろう? それを見せてくれ」

「はい?」と白谷は疑問に思いながらも警視総監にその銃を手渡す。

 銃を受け取った警視総監はその銃をまじまじと観察する。すると、その銃のグリップの部分を見て驚いたように目を見開いた。


「まさか……これは……八咫……烏だと? いつの間に……」


「え? どうしたんですか?」いつも氷のように冷静沈着な姿しか見たことが無い警視総監の突然の豹変ぶりに白谷は呆気にとられる。本当にこんなに驚いた姿を見たという刑事はいないのではないだろうか。

「いや……。でもまあこんなこともあり得るか……。この銃、彼に返却しろ。なに、彼ならばその銃をむやみには使わない。彼の半月の探偵としての能力はほとんどが後天的なものだが、射撃だけは天賦の才を持っている。決して無辜の民を傷つけはしない。彼がそのを向けるのは、犯人だけだとも」

 

 そう言った赤神宗谷の顔は少し面白そうに笑っていた。







 正式にA級協力者にするというメールを受け取った彼は怨嗟まじりの声で言った。




「ようやくだ、ようやくようやくあいつを……。師匠の近くに行ける。俺はやつに勝ち、師匠の仇のためならなんでもする。…………最悪、道連れにしてでも」


 そして、スマホから離れ、クッションの方に向かう。

 ぼふん、という音を立てながら彼は無機質な弾力の中に沈んでいく。


『ね、匠。夢ってなんだと思う?』

 頭の中からそう懐かしい声がした。この声も泡沫の夢と言えるかもしれないが、多分2つの夢の意味を聞いていたのだろう。このことを聞かれた時はあいまいな答えしかできなかったが、今なら断言できる。


「夢は現実を投影した上での理想でしかない」


 どんなに頑張っても、彼は自分の師匠という現実には勝てないのだ

 彼はここまで考えて、相変わらずつまらない答えだと、自嘲的に笑った。

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