第三夜 伝説の贋作

第16話 狂気の復活

 その男は飢えていた。


 それなりに高い給料をもらう仕事についているし、いい友達だっている。最近に至っては結婚の予定もある。

 順風満帆、と周りの人間はその男の人生をこの一言で表すことが多い。



『またそんなくだらないことして。いい加減にしなさい!! さっさと部屋に戻って勉強しなさいよ!! あなたはお父さんの後を継ぐんでしょ!!?』



『お前、もうあの子とは付き合うな。子どもが下らん庶民の犬と付き合ってると知れたら、私の評判まで悪くなる』




『なあ、お前ってさあ、ずっと思ってたけど……なんなの? お高く留まりやがって気持ちわりい。親が友達になれって言って今まで付き合ってたけど、もううんざりだわ』





 ただ、その男は周りのイメージと違いスリルと狂気に飢えていた。まるで自分が拘束台の上に縛り付けられているような気さえする。


 足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りないと思いながら必死に拘束を解こうともがくが自分を縛る鎖はなかなか取れない。


 だが、そんな男に一匹の獣が味方をした。誰の心にでも巣食い、普段は理性が押さえつけているはずの獣が。その獣は自分を縛っていた理性をぐちゃぐちゃに噛み千切り、飲み込んでしまった。


 ……だから、今の男はとても満ち足りていた。

 今の男を縛るものは何一つとしてないからだ。


 空には三日月が浮かび、路地を淡く不気味に照らす。


 照らし出された男の顔は血と狂気に歪んでいた。

 傍にはもはや原形を留めていない女だったなにかが転がっている。


 ……だから、今の男は満ち足りていた。

 自分が最も興味を惹かれ、そして魅了された伝説とも呼べる者と全く同じことができたから。



 傍にある女の体だった物を見ながら、その男は嗤っていた。

 普段周りの人間に見せる偽物の笑みではなく、心の底から泉のように絶えず湧き出る嗤いだった。


 そのまま、男は暗闇に溶けていく。





 ―――近代イギリス、その首都ロンドンを恐怖の渦に陥れ、世界で1,2を争うシリアルキラーがここに贋作として復活した。


















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 この章は連載前からやろうと思って企画していましたが、文章、続編の調整や予定などの影響で今まで以上にペースが遅くなるかもしれません。



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