第22話 警察諸君へ

 2件目の殺人が発覚してから約4時間後、全体での捜査会議が始まった。

 今まで被害者について調査を進めていたであろう刑事たちが司法解剖の結果を受け取りながら話す。

 

 ……そこから分かった今回の被害者は

・武井なお

23歳

新宿歌舞伎町においてキャバ嬢をしていた

〈遺体の状況〉

死因は1件目と同様、頸動脈を深く損傷したことによる失血死

子宮が取り出されていた

→この際、周辺臓器への損傷が見られなかったため、バラバラに切り刻んだ後でメスなどを使い、取り出したものとみられる。


 彼が報告された以上の事柄を自前の手帳にメモしていると、管理官から質問が投げかけられた。

「刑事局。まだ何もわからないのか?」その声には少し、怒気が混じっているように感じられる。

 この質問に白谷は手を握りしめる。確かに犯人が捕まっていないのは刑事局の力不足もある。ただ、こちらは一生懸命に捜査しているのに、ただ、椅子にふんぞり返って夜になればそそくさと帰っている管理官にこんな調子で質問はされたくないという思いからだった。

 それに気づいた国本は「透」と白谷の手を抑えながら諫めようとした。


  それを横目に見ながら大津が質問に答えるべく立ち上がる。

「これまで、被害者の周辺人物や近隣住民、前科者など約130名近くの人たちにを聞いてきたのですが、まだ何もわかっていません」

「性別もか?」

「はい。ただ、犯行に要する力を考えれば、まあ男が妥当でしょう」

 管理官は不機嫌に頷き、「外国組織対策局は?」と隈が陰険に影を落とす瞳を向ける。

「少なくとも、猟奇殺人の前科を持つ者が入国したという話はありません」と中村が返した。

「サイバー犯罪対策局は?」とその後も質問が飛ぶが、彼の関心は別のところにあった。

 彼は隣に座る色堂にそっと話しかける。

「あのー公安局ってどこにいるんでしょうか?」

 彼の視線と色堂の視線が交錯する。この間に色堂は彼の聞きたいことの全てを悟った。

「公安局は基本裏方の仕事だから、ここにはいないわよ。何をしているかは私たちにも分からない。まあ、ただおまけとしての情報ならかなりの激務と主任刑事のスパルタのせいで無断欠勤が多いって聞くわね~」と小声で答えた。その様子は「はあ~やだやだ」と言った感じの事を心の中で言っているのが丸わかりだ。

 

 その様子を見た彼は色堂に小さくお礼を言い、思考の海に潜っていく。

 

 結局、彼は白谷に肩をゆすられるまで、浮上してくることはなかったのだった。


 

 ――事態が急変を見せたのはその日の昼下がりのことだった。


 刑事たちはお弁当を食べ終え、少ない休憩時間を過ごしていた。眠る者や談笑する者、家族がいるものは連絡しに行ったりなど、その光景は無秩序に絡まった糸のように感じられる。彼は『月と六ペンス』を読みながらも、今の会議室の光景をそう例えた。

 すると、一人の刑事が息を切らしながら走ってきたのが分かる。その刑事は息を少し整え、叫んだ。その内容で、会議室の空気がピンと伸ばされた1本の糸のように張り詰める。

 

 曰く、今回の犯人らしき人物から手紙が届いたと。


 件のその手紙はスクリーンに大きく映し出され、一番最後尾にいる彼の目にも見えるようになった。全て赤字で殴り書きされた文字が狂気と理性の2つを感じさせる、少し異常な手紙だった。


『親愛なる警察諸君

俺にたどり着くための手掛かりは見つかったかい?聞けば諸君は200名近い人々を連行しているらしいじゃないか。こっちは諸君の無能さに呆れかえっているよ。まだ諸君はなんにもわかっちゃいない。俺の髪の毛一本だって掴めちゃいないんだからな。俺は商売女どもが大嫌いだ。捕まるまで―永遠にそんなことはないんだろうが―殺しはやめない。特に最近の仕事は我ながら天晴だったよ。武井って女、俺にのこのこ期待したような目でついてきて、抱いて口を塞いでナイフを見せた瞬間、少し体を震わせてんだが、俺は叫ぶ間も与えなかった。この仕事は楽しい。またやるよ。さあ、ゲームはまだここからだ。次の仕事の時は女の耳を切り取っておいてやる。

P.S.俺は俺なりの正義とやらを持って動いているよ』


「これは……宣戦布告のつもりか」といつの間にか隣に来ていた大津が呟いた。

「ええ宣戦布告と捉えて間違えないでしょう。多分、犯人は改行する暇もないほどの興奮状態にいたか、それとも危機的状況にいたかのどちらかですね。まあ、前者でしょう。それに所々、赤インクが丸く滲んでいるところがある。これは紙にペンを置いて少し放置するとできるものです。恐らく、なにかを写しながら書いた、もしくはその都度内容を考えながら書いたかのどちらか……」と推測を口にする。

「まあ、写しながら書いたとすればそれは切り裂きジャックがセントラル・ニュース・エージェンシーに送った手紙でしょう」

 

「そこまでわかるのか」と大津が彼を見つめ、静かに驚きながら言った。

 先代の審美眼をそのまま受け継いだにちがいないなと大津は思った。

 

 すると、彼は急に笑みを見せる。褒められてうれしいという喜びからの笑みではない。

「でも、この手紙のおかげでを使えるまでには犯人の分析が可能になりました」

 大津はその意図を察したのか目を少し見開く。それを見て彼は言葉をつづけた。

「ああ、正確さを求めるのはやめて下さい。あれは師匠が異常なだけです。俺の場合、大体の精度は6~7割がいいとこです」

 大津は前に表示されているスクリーンの中の手紙に視線を戻しながら

「でもいいのか?俺が見たとこ、奴の行動は無秩序に見えるぞ」と彼に聞く。

 

 彼はそれに

「無秩序の中に秩序をもたらすのは師匠の得意技ですよ」と少し獰猛に見える笑みを見せながら答えたのだった。

 

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