黄昏

 駅前の本屋によった帰り道、目につく金髪を見つけた。同じ高校の制服を来た彼は鳥喰生悟とりくい しょうご。校内では知らない人のいない有名人である。


 僕も当然存在は知っていたが良い印象は持っていない。生まれつきだという金髪に赤い瞳はなんだか不気味だし、そんな容姿をしていながら人の輪の中に入っているのも気に食わない。平均的な黒髪黒目で生まれた僕が人と打ち解けられないのが馬鹿みたいに思えるから。


 同い年といってもクラスも違うし話したことはない。挨拶だってまともにしたことがないから向こうは横を通り過ぎたって気づかないだろう。そう思って僕は買ったばかりの漫画が入った紙袋をかかえて横を通り過ぎようとした。


 鳥喰はそんな僕に一切視線を向けることなく、なぜかビルの屋上を見つめている。それにも苛立ちが湧き上がる。お前にとって僕は心底どうでもいいモブなのかと理不尽な怒りが湧いた。


「なに見てんの」


 気づけば僕は鳥喰に声をかけていた。初めての会話とは思えない随分高圧的で、刺々しい口調だった。自分から出た声に驚いたが、声をかけたら引くことはできないと鳥喰をにらみつける。自分の動揺を相手に悟らせたくはなかったのだ。


 鳥喰は僕の言葉に驚くこともなく視線だけ動かした。鳥喰の背後に夕日が見えて僕は目を細める。金色の髪が夕日を反射して輝き、眩しさで鳥喰の顔はよく見えない。それでも人間らしくない、ガラス玉みたいな赤色はよく見えた。


「ちょっと気になることがあって」


 鳥喰は初めて話しかけられたとは思えない、昔から知り合いみたいな調子で答えた。不快をあらわにされるかもと身構えていた僕は鳥喰の様子にホッとしたものの、次第にムカムカしてきた。すぐに僕から視線をそらし屋上を見上げ始めたのが、お前なんてどうでもいいと言われているみたいで。


「そういえば、鳥喰って幽霊みえるんだっけ? 見えるの?」


 僕はなおも意地悪く声をかけた。何でもいいから鳥喰から反応が欲しかった。いつも教室の中央にいる人気者からいないみたいな扱いをされるのは我慢がならなかった。


 鳥喰家の人間は幽霊が見える。それは夜鳴市では常識だ。幽霊なんて信じていない僕からするとおかしな話だが、それを真実だとみんな思っている。そこも僕が鳥喰を嫌う理由の一つだ。


 普通、幽霊が見えるなんていったら引かれるか遠巻きにされるものだろう。しかし、鳥喰はいつだって輪の中心だった。少しのマイナスなイメージなど関係ないとばかりに、いつだって誰かと笑っていた。それでいて、そんなのどうでもいいとばかりに、相棒だという一つ下の後輩とさっさと消えてしまうのだ。


「前々から思ってたんだけど、本当に見えるの? 嘘なんじゃないの?」


 性格の悪い聞き方だなと思った。それなのに口は止まらない。後から後から嫉妬だとか妬みだとか負の感情が湧き上がる。お腹の中でグツグツと煮込まれた醜い感情が口から吐き出されるようで、僕はだんだん気持ちが悪くなってきた。


「あー、そっか。共鳴しちゃったか。なるほど、似たタイプね」


 胸を抑えて黙り込んでいると鳥喰が急にそんなことをいった。屋上と僕を交互に見比べて眉を寄せる。浄化は俺苦手なんだけどなあ。とつぶやくのを聞いて、なんの話だと僕は鳥喰を睨みつけた。


「このままだと危ないから、さっさと帰った方がいいよ。夕暮れ時は手を繋げっていうだろ」


 夜鳴市には夕暮れ時、誰かと手を繋いで帰るという風習が残っている。一人でいると神隠しにあうとか、変なものに取り憑かれるとかいろいろ言われているが僕は信じていない。今まで一人で行動して変なものに遭遇したこともない。


「神隠しにあうとか本気で信じてんの?」


 バカにした口調でいっても鳥喰は肩をすくめるだけだった。駄々っ子を相手にするような雰囲気に苛立ちが膨れ上がる。目の前の生意気な存在に自分を認めさせなければいけない。そう思った。


 その瞬間、鳥喰が空を見上げる。まずい。と口が動く。その言葉の意味を理解する前につられて顔を上げた僕は空から降ってくる男をみた。


 とっさのことに叫び声も出ない。男はまっすぐに僕に向かって降ってきた。魚みたいに付き出した瞳がぎょろぎょろと動きながら僕を見る。空中に四肢を投げ出しているのにその男は愉快そうに口角をあげた。


 ぶつかる。そう思ったとき、男の体が不自然な方向に曲がった。鳥喰に殴られたのだと遅れて気づく。

 恐怖のあまりへたり込んだ僕は男を探して視線をさまよわせた。しかし男の姿はどこにもない。あるのは先程と変わらない見慣れた町並みだけ。見間違いにして生々しい映像に僕は理解ができずに固まった。

 そんな僕を無視して鳥喰は僕の横を通り過ぎ、中途半端な所で足を止めると振り返る。


「なにもないところで転ぶほど疲れてるなら帰って寝た方がいい」


 なにもないところで転んだ。本当にそうか。いや、そんなわけが……。そうは思っても先程見た光景を説明する気もならず、投げ出していた紙袋を抱えて逃げるようにその場を後にした。


 ふと振り返ると鳥喰は変わらずそこにいた。今度は地面をじっと見つめている。そして大きく足を振り上げ、なにもないところを踏みしめた。その瞬間、人の断末魔が聞こえた気がしたのはきっと幻聴だ。

 僕は今度こそその場から逃げた。



 後日、鳥喰が見上げていた屋上から、男性が飛び降り自殺していたことを知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る