赤い誘惑

「この頃、生悟さんの目を舐めたくなるんだ」


 目の前でコーラを飲んでいた四郎が吹き出した。変なところに入ったのかゲホゲホと咳き込み、恨めしげに朝陽を見つめる。


「こんなところで、しかもコーラ飲んだタイミングで話すことですか?」

「うーん、じゃあどこなら適切?」


 朝陽はそういうと首を傾げ、ちょうど通りかかった店員さんに布巾を頼んだ。四郎が汚してすみませんと大きな体を小さくすると店員さんはかしこまりました。と笑みを浮かべて去っていく。

 その後ろ姿を見送ってから朝陽と四郎は再び見つめ合った。


「どこでも不適切ですけど、少なくともファミレスで昼間からする話ではないです」


 四郎の言葉にたしかに。と朝陽は周囲を見渡した。他の客は好きに食べ、飲み、話に花を咲かせている。朝陽の発言など聞こえていないだろうが、万が一もある。

 朝陽としては聞かれてもなにも恥ずかしくないのだが、目の前にいる四郎は気まずいだろう。


「それじゃあ四郎の部屋に行こうか」

「待ってください。その話続けるんですか!? しかも俺の部屋で!?」

「だって四郎、俺の部屋に来るの嫌がるし」

「朝陽さんの部屋というか、あなたたちの家は生活感が生々しいんですよ!!」


 意味がわからずに首を傾げると四郎は頭を抱えた。先輩が彼女、いや彼氏と同棲している家に上がり込める度胸は俺にはないんです。という声が聞こえるが、朝陽と一緒に住んでいるのは生悟なので今更な気がする。


「じゃあ、四郎の部屋で」

「朝陽さんと二人っきりの自室でマニアックな性癖について聞けと?」

「やっぱりマニアック? 薄々まずいかなあとは思ってた」

「薄々じゃなくハッキリ自覚してください。だいぶ末期です」


 真顔の四郎をみて朝陽は少し考えた。


「でもさ、四郎もルリさんの目、綺麗だなって思うでしょ」

「それはまあ……紫の目なんて犬狩様くらいですし」

「見ていたら、美味しそう、舐めたいって思うでしょ?」

「それはないです」


 食い気味できっぱり言い切られて朝陽は眉を寄せた。自分でもおかしいとは思っていたので、やっぱりか。という気持ちもある。しかし力いっぱい否定されるのは納得がいかない。


「四郎ならわかってくれると思ったのに……」

「わかりませんよ」


 四郎は呆れた顔で朝陽を見た。


「……四郎に理解されないってことは生悟さんに言ったら引かれるかな……。四郎に引かれても別にいいけど、生悟さんに引かれるのは嫌だなあ……」

「いや、俺に引かれるのも気にしてくださいよ。朝陽さんの告白をどう受け止めればいいんですか」

「忘れていいよ」

「忘れられますか」


 再びため息をついた四郎は額をおさえ、ソファに寄りかかった。そこまでダメージの入るようなことを言っただろうかと朝陽は考える。

 見ず知らずの男に目が綺麗だから舐めたいと言われた自分を想像し、朝陽は頭を左右にふった。


「四郎……ごめん。俺は相当頭がいかれていた」

「やっと自覚しましたか」


 四郎がそれみたことか。という顔をする。言い返そうと思ったタイミングで店員が戻ってきた。

 ありがとう。とお礼をいうと店員は嬉しそうに笑う。その様子を見ていた四郎は目を細めた。


「なんでそんなに生悟さんが好きなんですか。朝陽さんモテるでしょうに」

「生悟さん以外に好かれても」


 机を拭きながら真顔で答えると四郎が再び呆れた顔をした。残ったコーラを口に運ぶが眉間にシワが寄っている。


「生悟さん以外がどうでもいいなら、俺なんかに聞いてないで生悟さんに聞いてくださいよ。生悟さんなら朝陽さんがなにいっても笑っていいよっていいますよ」

「ほんとにそう思う?」


 生悟は朝陽に甘い。朝陽のお願いは何でも聞いてくれる。だが、眼球を舐めたいという願いはどうだろう。さすがの生悟でも戸惑う気がする。


「……気持ち悪いっていわれないかな……」

「朝陽さんを気持ち悪いっていう生悟さん、俺には全く想像できないので、たぶん大丈夫じゃないですか」


 四郎は真面目に聞くのが面倒くさくなったのか、ポケットからスマートフォンを取り出して適当なことをいう。朝陽が不満げに見つめても画面から目が離れない。

 話は終わり。もう付き合いません。という四郎の合図に朝陽は眉をしかめたが、四郎はやはり顔をあげない。


「朝陽さんが生悟さん以外どうでもいいように、生悟さんも朝陽さん以外どうでもいいですよ」


 それでも朝陽の不安を取り除くような言葉を四郎は口にした。図体はでかいし、態度もでかいし、可愛げがない。それでも、こういうところが愛らしいから可愛がってしまうのだと朝陽は笑みをうかべた。


 背伸びして頭を撫でると四郎はスマートフォンから視線を外し、思いっきり嫌そうな顔をする。


「この現場、生悟さんに見られると色々うるさいのでやめてください」

「生悟さんは今日、学校近くのゲーセンで友達と遊んでるから大丈夫」

「……そうですか」


 四郎は朝陽の言葉で諦めたらしくスマートフォンに視線を戻した。だから朝陽は四郎の見た目にそぐわず柔らかい髪を堪能する。


 ファミレスにいる客、店員の視線が自分たちに集まっていることなど、見られることになれた二人はまるで気づかなかった。



※※※



「生悟さんの目を舐めたいって言ったら引きますか?」


 布団を敷いて、あとは寝るだけとなったところで飛び出した朝陽の言葉に生悟は目を見開いた。

 真っ赤な、宝石みたいな瞳が見開かれることで大きくなる。自室の蛍光灯に照らされて、赤色がキラキラと輝いたように見えた。


 それを見ると綺麗だなといつも思う。美しいからずっと見ていたいし、美しいから自分だけのものにしてしまいたい。

 ああ、食べてしまいたい。


「引きはしないけど理由は気になるな」


 見開かれた目が細められる。笑みを浮かべた生悟は朝陽に近づいた。さあ、どうぞ。と言わんばかりに無防備に近づいてくる生悟の姿に自然と喉がなる。


「生悟さんの目、美味しそうなんです」

「そうか?」


 意味がわからないらしく生悟は眉を寄せ首をかしげた。

 おろした金髪がさらりと揺れる。それだけで体の奥が熱くなるのだから四郎の言うとおり末期だ。


「真っ赤で綺麗で、ずっと見ていたくなるし、美味しそうに見えるんです」

「うーん、俺にはよくわからない感覚だな」


 生悟はそういいながらさらに朝陽に近づいて、じっと朝陽の瞳を覗き込んだ。至近距離に生悟の顔がある。真っ赤な瞳に自分が写っている。それに朝陽はたまらない気持ちになった。


「朝陽の瞳の方が俺は好き。だけど、朝陽は俺の瞳が好きなんだな?」


 うなずくと生悟は満足そうに微笑んだ。


「いいよ。舐めて。朝陽がそうしたいならいくらでも」


 そういうと生悟は朝陽の腰に手を回した。どうぞというように顔を朝陽に近づける。鼻がくっつきそう。少し近づいたらキスできる。生悟の呼吸が肌にかかる。


 朝陽はそっと生悟の頬に触れた。生悟の体がかすかにこわばる。それを隠すように生悟は笑みを浮かべた。


 目は柔らかい。潰されたら取り返しがつかない。鍛えることも出来ない。

 朝陽が生悟を傷つけることなんてありえないけれど、本能的に怖いと思ってしまうのはどうにもできない。それでも生悟は朝陽に差し出そうとする。朝陽が望んだ。それだけで。


 赤い瞳が目の前にある。舌を伸ばせば触れられる。

 それでも朝陽は生悟の額にキスをした。


「……目、舐めたかったんじゃなかったの?」

「いつでも舐められると思ったらもったいなくなりました」


 生悟の頭を抱えるようにして抱きしめた。金色の髪がサラサラと揺れる。昼間に触った四郎の柔らかい髪とは違う。

 朝陽にとって触っていて一番落ち着く髪だ。


「舐めて減っちゃったら困ります」

「それは俺も困るなあ」


 生悟はそういいながら朝陽の背中に手を回す。朝陽の胸にあった頭を動かして、肩に額を乗せるとほうっと息を吐く。顔に出さないようにしていたが、朝陽の突拍子もない言葉に相当驚いたようだ。


「生悟さん、俺以外に目を舐めたいっていわれたらどうします?」

「警察に突き出す」


 迷いない言葉に朝陽は笑った。

 自分だけだ。捧げてくれるのも、許してくれるのも。それだけで満ち足りる。


「俺は生悟さんの全部欲しいみたいです」

「あげるっていってるし、実際あげてるのにまだ足りないか」


 顔をあげた生悟が唇を尖らせて朝陽を見上げた。不満です。と書いてる顔を見て朝陽は笑みを深めた。


「俺、欲張りなので」

「仕方ないなー、朝陽は」


 そういいながら生悟は力いっぱい朝陽を抱きしめる。痛いですと朝陽は笑って、まだまだと生悟は朝陽を押し倒して、それを朝陽がひっくりかえして、布団の上で気が済むまでじゃれつく。


 その間ずっと真っ赤な瞳は宝石みたいに輝いていた。美味しそうだなと朝陽は思う。でも食べてしまうのはもったいないから、代わりに生悟の唇に噛み付いた。

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